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【第八話】ほんとうに幸せな世界
68.ほんとうに幸せな世界(4)
しおりを挟む「明日が来ないって……あはは、■■■は冗談がうまいわね」
「冗談じゃないですよ、でも良いじゃないですか。こうやって毎日を繰り返すことで、愛に溺れることもできます」
「ひゃっ、耳の後ろは……」
「本当に、貴方は可愛らしい声でなきますね」
彼のキスは麻薬だ。
頭をぼーっとさせ、何も考えなくさせる。
「薬の研究だってしてもしなくてもいいんです。お金があっても、使っても、明日にはお金は手元に戻っているんですから」
彼はにこにこと笑っていう。
「でも……」
私は何か言わないといけないと思った。でも、言葉が出なかった。
「この世界にいれば、何も失うことはありません。この世界には明日が無いから、誰かと別れることも、誰かを亡くすことも、看取ることもありません。貴方が寂しがることもなく、永遠に幸せな一日を過ごすことが出来ます」
私は600年の間、彷徨って、たくさんの人と出会って看取った。
出会う時は楽しい。でも、別れの瞬間は辛い。
いつか、カンパネラと別れる日が来る。
いつか、ホーエンハイムと別れる日が来る。
いつか、ファウストと別れる日が来る。
いつか、お父様とお母様とも、ダリアともリリィともカーチェとも別れる日が来る。
人は変わる。今のままではいられない。
確かに永遠の一日は幸せな世界だ。誰も何も失わない。理想の世界。
「確かに、ここは幸せな世界だわ。たくさんの人がこの世界を求めると思う」
「そうでしょう」
■■■が微笑む。
「でも、私は嬉しくない」
私ははっきりと言い放った。
「だって、ここは何も得ることが出来ない世界だわ。新しい友達も作れない。もうすぐ生まれてくる私の弟を見ることもできない。別れは辛いけれど、明日にはまたなにか良いことが起こるかもしれない。そんな新鮮な気持ちで、一日一日を噛みしめるように毎日を私は送りたいわ」
私がはっきり言い放つと、隣にいた男は砂のように消えてしまった。
そして先程まで閉まっていた窓が開いていた。
私は窓の棧に足をかけた。
なんとなく、この窓を越えたら元の世界に戻れるような気がした。
「まぁ、落下死しても、また同じ毎日に戻るんでしょう?」
私は自分に言い聞かせて、窓から外へ飛んだ。
落ちた先は先程訪れた花畑だった。
まんまるな月が白く光っている。
その光を吸って、足元の花が輝いている。この花は日中太陽の光を吸い、夜に光る花だから、私は勝手に夜光花と私は名付けた。
この花を自分の屋敷に持って帰って植えたけれど、すぐに枯れてしまった。どうやらここでしか咲けない花のようだ。
「……ご満足いただけませんでしたか?」
目の前に男が居た。
ルチフェル・マクスウェル。
「貴方は600年前、私のせいで不老になってしまった。だから償いのために、エネルギーを外から集め、別世界を作ったのです。エネルギーを調整して、一日を永遠に繰り返す永久機関を作ったんです。貴方は人と別れるのが辛いと言っていたから……」
「……ありがとう。私のために考えてくれたのね」
私がお礼を言うと、彼は破顔した。
「貴方にお礼を言ってもらえる日が来るとは思えませんでした」
「離別は悲しいわ。でも、生きていたら、別れだけじゃなくて、出会いもたくさんあるの。たくさんの人に私は色々と教えてもらって、なんだかんだでこの600年、楽しく毎日過ごしていたのかもしれないわ」
「どうしたら、貴方は幸せになってくれますか?」
マクスウェルの声は、震えていた。
きっと私のために、この永遠に続く一日の世界を作ってくれたのだろう。
スイッチひとつでできる簡単なものじゃない。
ひとつの世界を、彼は私のために作ってくれた。
「私は――自分の幸せは自分で掴み取る性分なの」
そう言って、立ち上がり、黄金色の果実を手にとった。
「それを食べてしまったら――」
「また不死になるかしら?」
「はい。また王子とキスをしてはいけないという誓約がついてしまいます」
「そう」
私は躊躇いなく果実を齧った。
「アナスタシア――!?」
「……これで、また私は不死の身体になったのね」
マクスウェルは呆然としていた。
やっと600年の人生に終止符を打つことができたのに、また自分から地獄に飛び込んでしまった私の行動に、驚いているのだろう。
私だって、本当は魔法が解けたらそれでいいと思ってた。
でも――あの子がいるから。
――確かに同朋がいないのは寂しいですけど、俺は最後の竜として生きていこうと思います。
――俺も、できることならアーさんと一生一緒に生きていたかったです。 だって、アーさんのことを俺は世界で一番大好きですから。
――……アーさんが幸せになるために、呪いを解いてあげたかったんです。俺がアーさんを愛しているという証明のために。
――だって、目が覚めた時、一人だったら寂しいじゃないですか。
「私はカンパネラと一緒に生きたい。彼が好き。彼が愛おしい。私を愛してくれた彼を、私も愛したい。……だから、私はもう少し生きることを選ぶわ」
どうかあの子が目覚めた時、隣にいれますように。
目覚めてた時、寂しいなんて思わせないように。
私は、あの子の傍にずっといたい。
いくら竜の命が長くても、この呪いなら私も同じ分長く生きることができる。
「……ひとつだけ、聞いてほしいことがあります」
マクスウェルはそう言って、私の前で膝をついた。
「貴方が好きです。どうか、結婚してください」
彼は答えがもうわかっているだろう。
「ごめんなさい。私、もう好きな人がいるの」
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