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第1話「くそみてぇな百合のはじまり」
しおりを挟むイヤホンと音楽の障壁を潜り抜けて、ざわざわとした喧騒が耳の奥にやってくる。
大学の授業が始まるまでの休み時間。
巨大な教室には賑やかな喋り声が幾重にも響いていた。
周囲に視線を向けると、男女で仲良くお喋りをしたり、女同士、男同士で盛り上がるグループが目に入る。
それとは対照的に。
私こと藤井玲愛は1人ポツンと後方の席に座り、イヤホン装着でスマホゲームをするというぼっちムーブを完璧にかましていたのだった。
髪型は前髪が長めのウルフカット。
髪色は黒色だけど毛先だけ紫色に染めている。
メイクは一言で言うと地雷系だ。涙袋がっちりの赤アイシャドウをこってり。垂れ目気味に仕上げりゃ可愛く様になる。
右耳ではチェーンピアスが銀色の輝きを放っている。
服装は黒のオーバーサイズパーカーに、下はショートパンツだから素足丸出しって感じ。そして足元はお決まりの厚底ブーツ。
まぁ、見た目からして割と地雷感あるよね。
でも好きな格好なんだから仕方ない。
気怠げに欠伸をしながらゲームをしていた私だったが、誰かが教室に入ってきた気配を感じてそちらへ視線を向けた。
その人物の姿を見た瞬間。
私の心臓はドクンと大きく跳ね上がった。
頬が少しずつ熱を帯び始める。
待って……!
綾乃ちゃん来た……!!
教室の扉に立っていたのは1人の女の子。
明るい茶髪のボブカットが良く似合う美少女だ。
ナチュラルメイクで、人当たりの良さそうな柔らかな表情をしている。
服装は白ブラウスにピンクのカーディガン。ベージュのスカートにconverseのスニーカーが可愛らしい。背中にはピンクのリュックサックを背負っていた。
はぁ~~~~まじでも~~~可愛すぎるって~~!!
なんであんな清楚なコーデが似合うの?
てか顔が良すぎる。
髪型も最高に似合ってる。
まじでかわいい死ぬ。女神降臨。
教室の入り口に立つ清楚な女の子の可愛らしさに、私は息が途絶えそうになりながら悶絶する。
何を隠そう。
私は彼女に猛烈に、ガチで本気で、恋をしているのである。
私の恋愛対象は女性だ。
男の人に興味を持つ事はなく、完全に女性だけを性愛対象としている。
そんなレズの私が恋をしているのは、私が所属する心理学部で一番かわいいと噂の女の子。
七瀬綾乃ちゃん。
私と同じ心理学部で同じ2年生だ。
もはやそれだけで運命を感じてしまう。
ふぁあ……マジで一生見てられる……。
家でも写真を見返してるけどやっぱり生綾乃ちゃんはレベルがちげーわ。
可愛すぎるんよまーじで。
私が綾乃ちゃんを見つめていると彼女も私に気がついたようで。
視線がぱっちりと交錯して。
彼女が私の方へと歩きはじめた。
わっ、ちょい待って!
か、髪の毛整えたい、あぁでもそんな時間ないし、とりあえずイヤホン外さないと!
私は大慌てでイヤホンを外し、サッと前髪を整える。
それとほぼ同時。
彼女が私の目の前に到着した。
「玲愛ちゃんおはよ~っ」
「あ、おはよ!」
挨拶をしてくれた綾乃ちゃんに、私は緊張しながらも精一杯の笑顔を返した。
私の返事を受けて、彼女は柔らかく微笑んで見せる。
あぁ、なんて可愛い笑顔なんだろうか。
一瞬、本当に花が咲いたのではないかと思った。
この可憐で可愛らしい笑顔に、私は何度心を撃ち抜かれただろう。本当に殺人的な威力だ。
綾乃ちゃんが言う。
「今回は課題やったん?」
「あー……やってない……忘れちゃってた」
「も~玲愛ちゃんいつもやる気なさすぎやって~。うちのノート見せよか?」
「え!? いや、それはなんか悪いから大丈夫! 今から急ピッチで終わらせる!」
「ほんまに? やばそうになったら、いつでも頼ってくれて大丈夫やからね?」
綾乃ちゃんまじ優しすぎて神なんですけど。
ほんと天使っつーか女神っていうか。
てか綾乃ちゃんの京都弁が今日も最高にかわいい。
彼女の魅力はそのビジュアル、性格はもちろんの事、この方言にもあるのだ。
綾乃ちゃんの出身地は京都府だ。
東京にあるこの大学に通うために、彼女は上京して一人暮らしをしているのだという。
だが彼女は周囲に合わせて標準語を使うでもなく、自分の個性の一つとして京都弁を使い続けている。
私は彼女のゆったりとした、でも明るげな、この京都弁がたまらなく好きなのだ。
「うち知ってるんやで。玲愛ちゃんの単位が密かにやばいこと」
「うぇ……いやぁ……バイトに明け暮れちゃって…………決してだらけてる訳では……」
「も~そんなんばっか言って。こないだバイトないのに授業サボってたやん。ほんまはめんどいだけなんやろ~? うちは玲愛ちゃんの事ちゃんと分かってるんやからっ。うちを騙したら大したもんよ」
「ふふっ、それミルクボーイじゃん」
「あ、気付いた? さすがやなぁ」
綾乃ちゃんが「あはは」と楽しげに笑う。
その笑顔に、その声に触れていると、胸の奥が温かくなる心地がした。
本当に彼女の声を聞いているだけで、こんなにも幸せな気持ちになる。
一生ずっと。
このまま永遠に綾乃ちゃんと喋っていたいな。
この淡くて甘い幸せに心を浸していたい。
だけど幸せなんて長くは続かないもの。
綾乃ちゃんが何かに気付いたように顔を上げた。
「じゃあ、うち行くね。またね玲愛ちゃんっ」
彼女の視線の先には3人の女子。
綾乃ちゃんが所属している女子グループだ。
瞬間、胸の奥がキュッと締め付けられるみたいに苦しくなった。
「う、うん……またね……」
その苦しさを彼女に悟られぬようにしながら、私は綾乃ちゃんの事を笑顔で送り出す。
嫌だ。
もっとお喋りしていたい。
行かないで。
私のところにいてよ。
だけど綾乃ちゃんは行ってしまう。
離れていくその背中を私はただ見守ることしかできない。
やがて綾乃ちゃんはいつもの女子グループと迎合する。
私ではない。
綾乃ちゃんにとって大事なのは私よりもあの女たち。
あの子にとっての私は、顔を合わせりゃ少し言葉を交わすだけの挨拶友達なのだから。
心臓がズキズキとして痛い。
脳がなんだか焼けるような心地がする。
スマホを握る手に強い力がこもった。
ムカつく。
どうして?
あんな量産型女子どもの何がいいの?
大して可愛くもないし。ブスばっかじゃん。
そいつら綾乃ちゃんの価値を下げてるよ。
私の方が可愛いのに、どうして私よりも。
「…………」
私はTwitterの裏垢を起動して、文字を高速で入力し始める。
『マジで意味分からない。
てかあの子と仲良く話してる奴ら全員死ね。
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね。
ほんとうざい。死んじまえゴミカス共』
……入力完了。
ツイートを送信して、私はすぐにTwitterを閉じる。
心の鬱憤を文字にして吐き出すと、少しだけ胸の奥が軽くなる。
だけどそんなものはただの誤魔化しで、なんの解決にもならない悪循環だ。
知っている。
知っているのに、止めることができない。
私は小さく頭を抱えながら、綾乃ちゃんの方へと視線を向ける。
綾乃ちゃんと3人の女友達は楽しそうに笑顔を弾けさせていた。
私以外の人間に向ける彼女の笑顔。
私には見せてくれない彼女の表情。
綾乃ちゃんの笑顔を見るたびに、憤懣と嫉妬で心が壊れそうになる。
綾乃ちゃんと仲良くしてる女子達が、羨ましくて、妬ましくて、憎らしくて仕方がない。
どうして。
どうして私じゃないの……。
そんな奴らの、そんなブス共の何が、どうして。
あぁ……まじでしんどい。
もう無理。
今日は絶対にリスカする。
綾乃ちゃんは今もなお笑顔を咲かせていた。
「…………」
嫌な現実から目を閉じるために。
私はイヤホンを装着して机へと突っ伏したのだった。
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