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国立魔法兵士学園編

第4話 加護と権能

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「席につけお前ら。朝の学会の時間だ」

 教室の騒音が一瞬にして静寂に還ると黒髪ロングでポニーテールに髪を縛った女教官が目の前の教壇に登った。

「全員起立!!」

 日直の男子がキレのいい号令をかけると、俺を含めた30名のクラスメイトが同時に立ち上がった。

「敬礼」

「おはようございます!教官!!」

 これは学生のうちから上の立場にある幹部や隊長への敬意を忘れないよう頭に叩き込ませるための習慣らしい。

「おはよう諸君。まずは座りたまえ」

 座ることに対して許可が入ると再び同時に自分の席へと着席する。

「さて諸君。今日の訓練だが、恒例通り権能応用強化訓練を行う。場所はいつもの大広間だ。今から10分以内に集合しろ。では解散」

 権能強化訓練。そういや今日はその日だったか。すっかり忘れてた。1人で頭を抱え、憂鬱に浸っているとクラスメイトはスタスタと僕の存在など気にかけることなく教室から出て行った。

「僕も行こ」

 そう言えば権能について話しておかないとね。少し話が長くなるけど聞いてほしい。

そもそも権能とはこの世界を創世した神達によって僕たち人間に与えられた力。これは前に授業で習った大昔に起こった歴史の話だ。

 昔この世界は一つだった。何を言っているのかわからないと思うけど本当らしい。約500年前、今の世界になる前にこの世界ともう一つの世界が存在していた。それを文献では現実世界と異世界と言い換えている。現実世界は今の世界と同じように魔法が主流であらゆる文明は魔法によって発展していた。一方異世界では魔法が存在していない。そもそも剣や弓、銃など各地によってはそもそも使用せず戦争がない世界だったらしい。度々紛争などの小さな戦いはあったらしいけど、現実世界のように日々国と国が国民を巻き込んだ大規模な戦争はほぼ起きていなかった。

 そして異世界のすごいところは魔法なしで文明を開花させていたことだった。そこでは鉄の塊が人を乗せて高速で動いたり飛んだりと現実世界では魔法なしではあり得ない超高度な文明と技術を有していた。そして物心がついた幼い子どもでも知っている一つの大事件が勃発する。

 先ほど説明した現実世界と異世界が混ざりあったんだ。どんな状況でどんな仕組みで何故起きたのかは未だにはっきりと解明できていない。ただどの文献にも共通して書かれていることがある。現実世界を支配していた2人の神、”絶対神ゼウス”と”慈愛神ヘラ”が、決して混ざることのない2つの世界を出会わせてしまったのだと。

 現実世界と異世界。なんの前触れもなくいきなり混ざり合った世界は大混乱に陥った。お互いの文明や技術、見たことのない光景にこの世界の住人達はお互いに酷く暴れたらしい。現実世界側の人間からしたら見たことのない格好をした人間に見たことのない色に装飾された建物に圧倒され、異世界側の人間からしたら、頭に耳が生えた獣人に驚き、鱗に尻尾の生えたリザードマンにと酷く怯えては泣き、喚き、気分を害した現実世界側の人間は異世界の人間を多く殺したと書かれている。

 ここから約200年間。現実世界側の人間達と異世界側の人間達は二分し、争いを続けた。そしてそれは神が住む地、天界でも変わらなかったという。

 夫婦の関係にあったゼウスとヘラは何かの理由で仲違いをし、ここでも勢力が二分に分かれた。ゼウスに忠誠を誓った天使達とヘラに心酔する悪魔達。戦いは下界の人間達の戦争と変わらず同期間行われ、戦争が始まって約200年後に終結した。勝者はゼウス率いる天使軍だった。勝敗の決め手は深傷を負い、戦闘不能となったヘラをゼウスが封印したことらしい。だがゼウス率いる天使軍も200年をも起きた大戦に力尽き、500もいた天使たちは僅か6名に、悪魔達もヘラを失い700いた軍も3名に。そして戦いを制したゼウスは下界におり、こう宣言した。

“異世界も現実も元を制せば同じ世界。同じく清い命を持つ者同士が争い、これ以上命を落とすのであれば、私の命を行使してでもこの世界を無に還す”

 お互いの世界の主格達はゼウスの意見を尊重し、後に天魔大戦と文献に刻まれる戦いに終止符が打たれた。だがゼウスもヘラとの長きに渡る戦いに力を使い果たしていた。自身の死を悟ると、ゼウスは生き残った天使と悪魔の9名に等しく自身の力を分け与え、この世界を統制せよと遺言を残してこの世を去った。

 そしてゼウスより力を授かった9名は戦火によって醜く荒れた世界を人間達と協力し、新たな文明を開花させると共に二つの世界が共存できる新世界を創世した。そのことから下界の人間達からは”創世の九神官”と称えられ、今もこの世界を見守り続けているのだという。

 前置きがかなり長くなったが、ここからが権能と加護の話に関わってくる。権能とは神より与えられし力と言ってくるけど、実際には少し違う。先ほどの話に出てきた創世の九神官は自分達がゼウスに力を授かったように自分達も人間たちに力を与えようと決めたんだ。ただ神官達の力は強大だから自分達から派生した存在、天使や悪魔を生み出して人間達に力を与えた。火を放出させたり、空気上の酸素を水に形成したりなど様々だ。 

 天使や悪魔が加護を与えた人間は権能が扱えるようになり、そいつらを権能者と呼ぶ。まぁ長くなったけどこれが権能と加護の全容だ。

 と、そんなこと話してたら大広間に着いてしまった。門を開けるとそこには仁王立ちしてこちらを睨む教官の姿が真っ先に映る。

「貴様、何をしていた」

「え?」

「もう訓練開始5分前だぞ。何事も5分前行動は軍の基本だといつも口うるさく言っているはずだが?」

「あ、えと。ごめんなさ———」

「もっと声を張り上げろ!!!」

「は、はい~~~!」

俺は反射的に走り出すと、咄嗟にみんなが並ぶ列に入りこんだ。

「よし。規律を守れん貴様には今日の模範訓練を受けてもらおう」

 模範訓練とは訓練が始まる前に教官によって指名された生徒がみんなの前で教官と模擬試合を行い、日頃の訓練の成果を示すというものだ。なのだが‥‥

「え、えっと教官。よろしいのですか?」

「何がだ?」

1人の男子生徒が教官に尋ねると、思わぬ返答に周りがざわついている。女子生徒からは怪訝な視線ですら向けられる。

「コイツも1人の兵士希望だ。個人の能力に限らず平等にチャンスを与えるのは教官として当たり前だが?それとも貴様は学校の方針に対して何か異議があるとでもいうのか?」

「い、いえ!ありません!」

 その場でお手本となるような敬礼を決めると、それ以上そいつは何かを言うことはなかった。

「よろしい。ではカナタ・ガーベラン前に出ろ」

「はい」

 こうなったらもう誰にも止められない。俺は観念し、静かにみんなの前へと出た。それはもう胸張って堂々と。

「では、行くぞ!」

 教官は腰に携えた竹刀を抜き、振り上げながらこちらへと向かってくる。

「はぁぁぁぁ!」

 俺は突進して右手に握った竹刀を振り上げながら、突っ込んでくる教官に立ち向かった。

 最後に、歴史の真実からは目を背けてはいけない。起きてしまったことは起きたこと、起きていないことは起きていない。過去に何かを嘆いても帰ってくるのは虚しさだけ。だから、どんな過酷な真実でも目を背けてはいけないんだ。

例え————

グッシャァァァァァア!!!

頭に教官の竹刀がめり込もうとも、自分には権能がないことも、全て自分の身に起きた真実。

決して、背くことは許されないのだ。
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