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国立魔法兵士学園編
第12話 悪人
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轟く赤光は夜道を照らし、爆煙は夜の世界を一瞬で支配する。もはや視界に化け物の存在を視認できないほどに。 「ハァハァハァハァ。————おいアカネ。大丈夫ッかよ」 地に膝をつけ、息を乱しながら呼びかける。一方アカネは鈴鹿に比べて疲労がその身に蓄積されておらず、余裕の笑みを浮かべていた。 「大丈夫だよ。龍平君こそ」 「俺は平気———あ?テメェまだ行ってなかったのか!さっさと行けやクソが!!」 茫然と立ち尽くしているカナタと目が合うと、鈴鹿は激昂《げきこう》する。同時に先ほどまで覚醒を拒んでいた頭にチリっとした衝撃が走った。 「あ、えっとごめん!今から行くよ!」 まるでアクション映画のワンシーンを見ている気分だった。人間が持つ身体能力では到底不可能な動きを鈴鹿はやってのけた。それは権能ありきのものであるのは承知の上だが、正体不明の化け物に対して一歩も引かぬ攻防に僕は放心していた。 来た道を振り返り、正規ルートで寮に引き返そうとしたその瞬間。光り輝く月光が得体の知れないモノに遮断されると同時に、それは目の前に現れた。 「—————っ」 先程とは。などと比較にならない影の大きさ。それはカナタの体を飲み込むなど造作にないほどの巨体だった。 「どこに行かれるんです?」 ————悲鳴、絶叫、失神。その全てが同時に起きても不自然のない状況だった。故にカナタはただその場に固唾を飲むことしかできない。 「————ッ!ぶちかませ!!」 「———アルマ・ウィンド!!!」 咄嗟の判断で放射した鈴鹿。彼の号令で反射的に権能を行使したアカネ。2人の飛び道具が重なり、化け物向かって射出された。 「やめなさい」 怒るでも笑うでもない。化け物は無感情でそう呟くと、伸ばした長い右手で2人の重ね技を握り潰した。 「そう何度も同じ技を繰り返して何になるんです?あーそれとも。攻撃パターンがこれしかないとか?だとしたら謝ります。ご愁傷様」 言葉尻を終えると、化け物はその巨体を駆動して2人向かって駆け抜ける。無論カナタのことなど一歩目で飛び越えるとそのままスルーした。 「カナタ君————早く!!」 アカネが叫ぶと、僕は思考を停止した状態でその場から逃げるように走り続けた。前に、前に、前に。ただそれだけを考えて、カナタは寮に向かって走り続けた。体力の限界だとか全く考えなかった。鈴鹿とアカネの安否のことだって。ただ少しでも早く、自分が寮に。それだけを考えて両足を運び続けた。 息を切らしながら走り続けること5分弱。口の中が乾燥し、鉄の味が帯び始める。カナタは一度として後ろを振り向かず、体力の限界を超えてもなお走り続けた。一刻も早く2人を助けるためになどという英雄の思考は持ち合わせてはいない。少しでも早く安全が確保される場所にと自身の羞恥を自覚しながら彼は走っているのだ。 そんな中前方に黒い塊が一つ視界に入る。夜のせいではっきりしないが、何かそこにいることだけはわかったのだ。 ありえない。絶対にありえない。黒いというだけであの化け物を連想してしまう。一瞬で僕を追ってきたのか?そんな絶望的で非現実な未来を考えていると。 「———マ、ママ!?」 発せられた言葉に心臓が跳ねる。何故ならそれは少し大きめな石でも、犬や猫といった小動物でもなく。1人の小さな幼女が路上の真ん中で縮こまっていたのだから。 「え?こ、子供!?」 瞳を潤ませ、頬に大粒の涙を垂らしながら少女は見上げる。しかしながらそこにいたのはママではなく、同じく瞳を潤ませている青年だった。 「お、お兄さん‥‥誰?」 声帯を震わせながら少女は問いかけた。 「ぼ、僕はカナタ。カナタ・ガーベラン。き、君は?どうしてこんなところに—————」 そこまで言葉が続くと、数分前の記憶が映像となって脳内で再生される。 ———化け物に頭を握りつぶされた女性 ———お母さんを求めて叫ぶ少女。 ———店の前にいた微笑ましい親子。 パズルのピースが埋まるように記憶と記憶が合致した。この少女は会ったことがある。あの場所で、買い出しに行ったキヨ商店の前で。 「君はあの時の」 「へ?」 少女は困惑した様子でこちらを見上げる。そりゃそうだ。この子にとって僕はここで始めて会った人間なのだから。 「な、何でもないよ!驚かせちゃってごめんね!」 今すべき事は泣き出してしまいそうなこの子を宥めることだ。大声を出されて化け物に居場所を特定されてはたまったものではない。不思議なことにこの少女はあの化け物に怖がるよりも母親とはぐれたことに対して涙を流している。 「ま、ママ‥‥ママがいないの——知らない?」 「ママ‥‥‥。ご、ごめん。知らない、かな」 「う、う~~~ママぁ」 言えるわけがない。目の前で。どこの誰かもわからない得体の知れない化け物に頭を捻り飛ばされていたなんて。そんな残酷な現実をこんな幼子に突きつけられるわけが。だがこうしてウダウダとしているわけには居られない。一刻も早く寮に逃げなければ。 「もしかしたらさ。この先の役所にお母さんが君を待っているかも知れないよ。一緒に行ってみない?」 役所は寮に向かう途中にある。だからこの子を預けた後、寮に逃げ込めばいい。それに、そこまで行けば流石にあの化け物も追ってはこないだろう。 「ほんと?————わかった。うん、行く!」 僕は一度その子の頭を撫でると手を繋いでゆっくりと歩き出した。本当は駆け足でもしたいところなのだが、流石にこの子がそのスピードについてこられるはずがない。できる範囲の最高速度で目的地に向かう。 ———— ——— —— — どれくらい歩いただろうか。通い慣れた道なのに。頻繁に通っている道なのに。いつもより長く時間が感じる。それでいて心臓の拍も早い。 僕は。僕は無事に寮まで辿り着くことができるのだろうか。 「お、お兄ちゃん」 すると再び彼女が発する声に心臓が跳ね上がる。とてつもない緊張の極地にいるからだろうか、些細な物音にさえ敏感になってしまう。 「どうしたの?」 「私ね。今日お誕生日なの。それでね、この後ママとパパと一緒においしいお菓子を食べるんだ」 少しだけ心に余裕が生まれたのか。少女の顔は先ほどより青みが薄れ、進む歩幅も僅かだが早くなっている。ただそれは残酷で冷徹な嘘が引き起こしている一時のドーピングに過ぎない。それがとてつもない罪悪感と羞恥心となって僕の良心を侵す。 「そうなんだ、ならはやく、いえに帰らないとね」 そんな嘘を吐いたところで、結局は絶望を味わうのを先延ばししていることに過ぎない。きっとこの少女は後で僕を恨むのだろう。ほんの僅かに生じた希望から、絶望に叩き落とす僕のことを。 路地の入り口。少女を引き連れ街頭路に出ると、昼間に比べて少ないが馬車や牛車が軽快な音を鳴らして通っていた。 「着いた‥‥大通りに—————ッ!」 つい表情筋を緩ませてしまう。あとはここを真っ直ぐ進むだけ、その事実に心の底から安堵する。 ようやく。あの化け物から逃げられるのだから。 「あと少しだよ!」 そう言って、先ほどより大きめに歩幅を広げて踏み出すと。どうしたものか、少女はその場に踏み留まった。 「ありがとうお兄ちゃん。私、すごい怖かったんだ。すっごい暗い道の中一人ぼっちで。でも!お兄ちゃんが来てくれたおかげで私。ママに会える!ほんとに、本当にありがとね!!」 その瞬間。何度も何度も堪えていた涙腺が崩壊し、カナタは泣き崩れた。曇りのない瞳で感謝する少女を目の前にして、通りゆく人々を前にして、おめおめと大粒の涙を溢した。 すると醜態を晒す男を励まそうと少女はポケットから白いハンカチを差し出した。 「大丈夫?お兄ちゃん」 両手両膝を地につけ、四つん這いになったカナタの涙を少女は拭う。 「どうして?どうして泣いてるの?」 理由を尋ねられてどうして答えられようか。これは自分が蒔いた種だ。素性もわからない男に、母親を目の前で見殺しにした男に、この少女は手を差し伸べるのだ。しかしそれは彼女の行動言動がカナタの良心を抉《えぐ》りとり、精神を破壊する。 そんな中、悪人カナタ・ガーベランが出来ることなど限られてくる。 「—————ごめん」 「え?」 「ごめん‥‥ごめ———ごめんなさい‥‥ごめんなさいッ!」 何度も謝罪を連呼する。困惑する少女を無視して。許されるわけがないのにただひたすらに謝罪を続けた。 その時僕は思った。人は取り返しのつかないことをしてしまったら、誰かに許しを乞うとか以前に。 ———自分自身に絶望することを。
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