落ちこぼれ兵士の僕が女子高生の幽霊に助けてもらうのはダメですか?

エリーゼ

文字の大きさ
13 / 18
国立魔法兵士学園編

第13話 善人

しおりを挟む
何回謝罪の言葉を綴っただろう。白い世界の中で僕は「ごめんなさい」を言い続けた。今も、あの2人は戦い続けている。僕が助けを呼ぶことを信じて。僕の、帰りを信じて。

 もう全てを捨ててしまった方が。楽なのだろうか。

「お顔を上げてよお兄ちゃん」

「—————へ?」

 拍子の抜けた間抜け声を晒した。こんな状況で声を掛けてくれるなんて思わなかったから。

「何か悲しいことがあったの?私全然わからないけど。けど、そんなお顔していたら幸せが逃げちゃうよ?」

 幸せ。そんなものがこれから自分に訪れてくれるのだろうか。友を見捨て、自分だけが助かる道を選んだこんな人でなしに。

「お兄ちゃんってさ、まほうへいしがくえんの生徒さんでしょ?」

「え‥‥どうしてわかるの?」

「だってそれって剣じゃないの?」

 少女が指を指したのは腰に備え付けられた木刀。指摘されるまで忘れていた。そういえば寮を出る前に護身用だと言われてエリサに渡されていたことを。

「ママ言ってたよ!まほうへいしがくえんに通う生徒さんたちはみんな強くて!将来立派なお国を守る兵士さんになるんでしょ!?わたしの学校でもみんな憧れてるんだ!」

 絶対の期待と全幅の信頼を寄せ、目を輝かせている少女の言葉に強い焦燥感を覚える。

「僕は、僕は何をしているんだ‥‥‥」

 兵士。そう、僕は兵士を目指している。それは弱き者を助け困っている人に手を差し伸べる存在。なのに、今僕がやっていることはなんだ。醜い本心を曝《さら》け出し、挙句の果てには友人を、真実を知らない少女を裏切る始末。これがどうして皆んなを守る兵士になるという台詞が吐ける?

 違う——違うだろカナタ・ガーベラン。何を立ち止まる必要がある。これはお前が選択したことだろ。周りがどうなっても自分さえ助かればいい、自分が嫌いになっても、身勝手に少女を振り回しても、一刻も早く安全な場所に逃げられればいい。それだけだったろ。

なのに———どうして今になって。

「お兄ちゃん。私ね、前にママに言われたの。たくさん泣く人は優しい人なんだって。涙を流さない人って何かを悲しむ優しさを持ってないから泣かないんだって。きっとお兄ちゃんは、優しい人なんだね」

 何かが剥がれ落ちていく。偽りの自分が、皮を被った自分が。今の今まで溜め込んできた全ての嘘が剥がれていく。

 あぁ、そうか。僕は心の底から悪人になることができなかったんだ。友を見捨て、これから先平然と生きられるほど強い人間じゃなかった。今この瞬間に少女を騙して逃亡への一歩を踏み出せるほど肝も据《すわ》わってない。

 時と場合に応じて善人にも悪人にもなる。いや違う。どちらにもならない僕は中途半端な人間だ。そんな奴がこれからの元に行ったところで何か意味があるのだろうか。

「お兄ちゃん?」

 もういいうんざりだ。これ以上言い訳をして自分を嫌いにさせるなカナタ。取り返しがつかないことになっていたとしても。今、目の前にいるこの子だけは守ろう。この子は間違いなくあの化け物の標的になっていたんだ。

なら———この命を賭して。彼女を守ろう。それが‥それが出来損ないの兵士にできる最後の役目だ。

「ううん。ごめんね、もう大丈夫」

「ほんと?」

 純粋な黒瞳で見つめる少女。カナタはそっとその小さな頭に手を添えた。

「ごめんな。お兄ちゃんこれなら行かなきゃいけないところがあるんだ————っ、君1人にさせてしまうけど、大丈夫かな?」

 話し途中に震える声を抑えながら少女に提案する。それは酷く残酷で、ここまで一緒だった少女を突き放すものだ。

「え?お兄ちゃん、どこ行くの?」

「それは————友達のところにかな」

「お友達?あ!もしかして、仲直りしに行くの!?」 

「仲直り———そうだね。仲直り、してくるよ」

 すると少女はパッと顔が明るくなると、「大丈夫!」と声を張り上げた。最後に、痛む胸を抑えながら僕は少女に語りかける。

「これから君に向かってほしいところは———」

「お役所でしょ!」

「だったけど。ちょっと変えてもいいかな?」

 役所に行っても少女の母親は待っていない。そもそもどこを探しても、どれだけ待っても少女の母親は帰ってこない。少女は首を傾げると僕の話に耳を傾ける。

 もし、僕に何かあった時。役所の人間が少女を守り切れるとは考えられない。なら確実に少女を守ってくれる場所。僕はに向かうよう指示し、最後に伝言をお願いすると彼女は頷き、ゆっくりと小さな歩幅で歩き出した。





 間に合え———間に合え———間に合えッ!!

 ここまで来た道は鮮明に覚えてる。正確に、そして真っ直ぐに暗く、不気味すぎる路地をただひたすらに駆け抜けていく。あの場から逃げてきたと同じくらい頭の中はからっぽだ。正直血迷っていると思う。今更殺されに向かうなんて。

 足を止めて引き返すなら今だ。そんなことを片足片足を踏み出すと同時に考えている。ただ今足を止めてしまえば、一度走り出したこの足を止めてしまえば、僕はもう2度と前に進むことができなくなる。それが何よりも怖い。決心した覚悟が瓦解《がかい》しそうで恐ろしい。
 
 そしてとうとう、視界に入る死の曲がり角。ここを曲がればアイツが、あの化け物がいる。そして鈴鹿が、アカネが奮闘しているはずだ。

 そうして身を翻しながらカーブする。住宅街の路地から抜けて、一度は逃げ出した地に再び。

 謝ろう。まずは謝って、それから邪魔にならないように戦いに————

「え?」

 視界に入ったのは、鈴鹿やアカネの姿でも、化け物の姿でもない。誰もいないいつもの路地の一角だった。もはやあれら全て夢だと言われた方が合点がいくほどに。

「一体どうなって————」

「何しに帰ってきたんです?君」

 重々しく、脳天を貫くその声を忘れるわけがない。体が硬直するこの感覚も、ただ息を呑むことしかできないこの無力さも。

「仲間を見捨てて一度逃げ出した君が。どうしてまたここに?」

 一度味わっているからか。動かなかったのは今の一瞬だけだった。カナタは後方に急いで飛ぶと、化け物と正面向かって見合わせた。

「お前————ッ!アカネたちをどうした!」

「アカネ?あー。あの子たちのことですか。おかしいですね。てっきりお迎えにきたと思ったのですが、違いましたか?」

「なに?」

 言っている意味が理解できず。その場で混乱していると、化け物はすぐまた口を開いた。

「あーそっか。ごめんなさいごめんなさい。今、見えるようにしますね」

 組んでいた腕を解くと、巨大な腕を天に掲げて指を鳴らした。すると途端に夜道でただ暗いだけだと思っていたあらゆる黒色が晴れていく。暗かったからじゃない。今立っているこの地面も黒いなにかで染め上げられていただけで、本当ははっきりと見ることができたんだ。

 暗黒の世界がフェードアウトしていくと、とてつもない吐き気と悪辣が僕を襲った。住宅街の壁は一面に真っ赤な血が飛び散っており、惨《むご》たらしい引っ掻き傷や血痕がこの場を地獄に飾り付けていた。

 自然に視界は足元へと移ると、眼球が抉られるほどの衝撃を受ける。

「え————これは、まさか」

 信じられない、これが——なのか。とてもじゃないがこれを、現実を直視することができなかった。

「よく見てあげなさいよ。大事なお友達なのでしょ?確か‥‥その体型から察するに。アカネちゃん?でしたっけ?」

 脳内で処理するよりも早く、化け物が現実を僕に突き抜けた。腕や脚は不規則な方向に曲がり、傷口からは大量の血を噴き出している。

「どうして、こんなことに‥‥‥」

「どうしても何も。君が選んだ選択違いますの?2人を見捨て、自分だけ助かる道を君は選んだんです。こうなることも分かりきっていたでしょう?」

 背後で化け物が軽蔑の眼差しを向け、罵倒する中僕は血の池で動かなくなったアカネをそっと抱きかかえた。

「———ッ!ごめん。ほんとに‥‥ごめんなさい」

「謝罪なら本人と面に向かってお話し下さい。あの世で」

 鋭く光る銀製の槍をその手に宿すと、項垂れ戦意を喪失したカナタに向けて突き刺した。しかしその場に響いたのは人肉を貫いた音とは程遠く、甲高い金属音。強烈な一撃はコンクリートを木っ端微塵にさせた。

「この期に及んでまだ生きられますか?」

 心臓を貫かれる刹那。ありったけの力を足裏に振り絞り、カナタはアカネを抱えたまま化け物から距離を取った。

「ごめんアカネ、君をこんな風にした僕が言える台詞じゃないけど。僕に、勇気を—————ッ」

 そっとアカネを鉄壁に寄り掛からせるようその場に降ろすと、化け物に向けて抜刀する。

「まったく救いようのない‥‥開き直りだとは思わないのですか?まぁ、おめおめと命乞いされるよりはマシか」

「責任なら取るさ。僕がここでお前を倒して、アカネも、鈴鹿君も全員救い出す」

「————なるほど。気づいていましたか」

 アカネの息は続いている。

 まだ僅かながら心臓が動いている。

 今すぐ手当てをすれば、もしかしたら助けられるかもしれない。

 雲を掴むような望み薄の可能性。それだけが、今の僕を突き動かす原動力になっていた。

「君がここに来たタイミングもなんとも絶妙でね。丁度息の根を止める直前に現れたものだから、損ねたんですよ」

「鈴鹿君はどこだ」

「さぁどこでしょう?うっかり消し炭にしてしまったかもしれません————そんなことよりご自分の心配をなされたらどうです?」
 
 唾を飲み、喉を鳴らすと同時に精神を研ぎ澄ませえ握られた木刀の切っ先を奴の頭部に合わせる。

————自分に、勝てるのか。

 極地を超えた緊張をその身に纏いながら、カナタは自分にとって始まりの一歩を踏み出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする

ファンタジー
ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。 リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。 これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。

転生したら幽閉王子でした~これどうすんの?

サクラ近衛将監
ファンタジー
 神様の眷属の過失が原因の事故に遭って死んだ桜庭雄一が異世界に転生したら、とある国の忌避すべき王子として幽閉されていた。  転生にはチートがつきもののはずだが、事故で死んだ者が300名を超えるために、個別にチートは与えられず、転生先の者の能力を生かせと神に告げられている。  「神の加護」ではないけれど、「恩寵」が与えられているので、当該異世界では努力を為した分、通常に比べると成果があるらしい。  これはとある国の幽閉王子に転生した男の冒険譚である。  原則として、毎週月曜日20時に投稿予定です。

辺境貴族ののんびり三男は魔道具作って自由に暮らします

雪月夜狐
ファンタジー
書籍化決定しました! (書籍化にあわせて、タイトルが変更になりました。旧題は『辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~』です) 壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

ガチャで領地改革! 没落辺境を職人召喚で立て直す若き領主

雪奈 水無月
ファンタジー
魔物大侵攻《モンスター・テンペスト》で父を失い、十五歳で領主となったロイド。 荒れ果てた辺境領を支えたのは、幼馴染のメイド・リーナと執事セバス、そして領民たちだった。 十八歳になったある日、女神アウレリアから“祝福”が降り、 ロイドの中で《スキル職人ガチャ》が覚醒する。 ガチャから現れるのは、防衛・経済・流通・娯楽など、 領地再建に不可欠な各分野のエキスパートたち。 魔物被害、経済不安、流通の断絶── 没落寸前の領地に、ようやく希望の光が差し込む。 新たな仲間と共に、若き領主ロイドの“辺境再生”が始まる。

社会の底辺に落ちたオレが、国王に転生した異世界で、経済の知識を活かして富国強兵する、冒険コメディ

のらねこま(駒田 朗)
ファンタジー
 リーマンショックで会社が倒産し、コンビニのバイトでなんとか今まで生きながらえてきた俺。いつものように眠りについた俺が目覚めた場所は異世界だった。俺は中世時代の若き国王アルフレッドとして目が覚めたのだ。ここは斜陽国家のアルカナ王国。産業は衰退し、国家財政は火の車。国外では敵対国家による侵略の危機にさらされ、国内では政権転覆を企む貴族から命を狙われる。  目覚めてすぐに俺の目の前に現れたのは、金髪美少女の妹姫キャサリン。天使のような姿に反して、実はとんでもなく騒がしいS属性の妹だった。やがて脳筋女戦士のレイラ、エルフ、すけべなドワーフも登場。そんな連中とバカ騒ぎしつつも、俺は魔法を習得し、内政を立て直し、徐々に無双国家への道を突き進むのだった。

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

処理中です...