上 下
11 / 38
chapter one

11.かの記憶を揺蕩う

しおりを挟む
ぼんやりする意識のなかでアベルは、記憶の波を漂う

ああ、自分は今夢を見ているのだと思った

浮かんで来たのは、父を失った日の記憶

『お父様は…お父様には、もう二度と会えないのですか』

そう言った自分の目からは、涙が溢れ落ちていた

『お父様がいないならば、僕は…僕は』

(そうだ俺は、その日自身が自身である理由を失った)

もう頑張る理由も我慢する気力もなかった

空っぽになったアベルは、ただひとつ残された伯爵という地位を守る為だけに生きて来た

そうしなければ自分の存在価値がなくなってしまうような気がしたから

独りぼっちになってしまうような気がしたから

(だが、伯爵でなくなりかけた俺の側に居てくれるといってもらえた)

それは、ほんの些細で当たり前のことだけど

彼がこれまで生きて来て言って欲しくても言って貰えなかった言葉

(ならば、俺は俺として生きて良いのだろうか)

生前の父に言われた

私達は、他の者に隙を与えてはならない

常に孤高であれと

(けれど、お父様
俺には、それが寂しかった)

まだ、幼かったアベルにすら父は、気を許さなかった

(まだ、信用しきった訳ではない
たが、少しだけ自分らしく振舞ってみよう)

そうしてまた意識はより深くへ沈んいく
しおりを挟む

処理中です...