我慢を止めた男の話

DAIMON

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第二十八話『鍛錬が始まる』

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「ふぅむ、なるほどのぅ……」

 ダニロさんが髭を撫でながら呟く。

 ここはデンゼルの町、ダニロさんの家兼工房――町に着いた俺は、真っ直ぐダニロさんを訪ねた。
 まだ帝国軍の侵攻の影響で、町は少しざわついていたが、とりあえず元の姿を取り戻しつつあると見えた。
 ダニロさんは前と同じく裏路地で露店を広げていて、俺がこんなに早く再び訪ねてきた事を驚いていた。

 そして、フラン支部長から預かった剣を見せ、事の次第を話し、現在に至る。

「彼奴がのは風の噂で聞いておったが、弟子がおったとは知らなんだなぁ……」

 『大地に還った』とは、人が亡くなった事を指すドワーフの言い方らしい。
 なんとダニロさんは、折れた剣の事を覚えており、その元の持ち主――つまりフラン支部長の師匠の事も覚えていた。
 剣を打って渡したのは、実に50年も前の事だとか。

「それで、ダニロさん。この剣は直せますか?」

「無理じゃな」

「ええっ!?」

 まさかの即答!?

「な、直せないんですか!?」

「ああ、芯からボッキリ折れておる。無理に繋いで形だけ直しても、その傷痕からまたすぐ折れる。この剣は、もう寿命を迎えたのじゃ」

 なんて事だ……。
 フラン支部長、ガッカリするだろうなぁ……報告は気が重い。

「――じゃが」

「え?」

 声に目を向けると、腕組みをしたダニロさんと目が合った。

「この折れた剣を素材として、新たな剣を打ち直す事はできる」

 そう言うと、ダニロさんは折れた剣を両手で持ち上げ、見つめる。

「此奴がわしに訴えてくる……『まだ消えたくない』と……『生まれ変わってでも働きたい』と叫んでおる。よほど気に入った持ち手なんじゃろうな、その王都の支部長とやらは……フフフ、鍛治師冥利に尽きるわい」

 静かに、そして嬉しそうに笑うダニロさん。

「ジロウよ、その王都の支部長をここに連れて来い。直接会って話したい」

「っ!分かりました!すぐ連れて来ます!」

 俺は返事をしてすぐにダニロさんの工房を出て、町の外に走り、王都に向かって飛んだ。

 空を飛べばすぐだ――1時間と掛からず王都に到着、冒険者ギルドに走り、フラン支部長に事情を話した。

「分かりました!すぐに行きましょう!」

 フラン支部長は話を聞くや即決した。
 仕事は大丈夫なのかと聞いたが――

「そんなもの後回しで構いません!」

 躊躇いなくそう言い放った。
 そしてクローゼットからマントの様なロングコートを取り出し、バサリと羽織ると、これから戦闘に出るかの様な迫力で俺に迫って来た。

「さあ行きましょうジロウさん!ダニロ氏をお待たせしてはいけません!」

 圧が強い!?

「は、はい!」

 余りの迫力に思わずたじろぎつつ、俺はフラン支部長と共にギルドを出る。

「し、支部長!?どちらへ!?」

「私用です。数日出掛けます。その間の書類等は私の机に置いておきなさい、帰ったら処理します」

「は、はい!承知しました!」

 有無を言わせぬ威圧と共に、職員にパパッと指示を出すフラン支部長の姿は印象的だった。

「飛竜便を使いましょう」

 そう言って競歩かと言うほどの速さで歩き出すフラン支部長。
 俺も少し慌てて後を追うが、速い!
 姿勢を全く崩さず、人混みをすり抜け、速度をまるで落とさないとか、ちょっと気持ち悪さすら感じる程の動きだ……。
 チートボディの俺が、ついて行くのでやっとという感じになっている……!

 そうして恐ろしい速さで歩く事10分ほど――王都の端の開けた広場、『飛竜ワイバーン』が何頭も繋がれた場所に辿り着いた。

 ここが飛竜便の発着所らしい。
 飛竜は大小様々いるが、小さくても体高は3メートル、頭から尻尾までの体長は5メートル以上ありそうだ。
 背中に鞍が括り付けられているが、サイズによって乗せられる人数が違うらしい。

「2人、お願いします」

 空車というか空竜の前で、運転手というか騎手というか……とにかくヘルメットの様な革帽子と革鎧、それに番号が入ったゼッケンを着た男に、フラン支部長が話しかけた。

「はい、お2人様ですね。どちらまで?」

「ジロウさん」

「あ、はい。デンゼルの町までお願いします」

 促されて俺が目的地を告げる。

「畏まりました。メロっ、伏せっ!」

『グル』

 メロと呼ばれた飛竜が2本の脚を折り曲げて、腹這いの体勢になる。
 あ、よく見ると飛竜の鞍にも騎手と同じ番号が書かれた布が付けられている。
 なるほど、◯号車~みたいな感じか。
 それにしても『伏せ』って、まるで犬みたいだな……よく躾けられているという事か……。

「どうぞ、お乗りください」

 騎手がそう言って、鞍に繋がる縄梯子を指し示す。
 が、なんとフラン支部長はトンと軽くジャンプして鞍にストンとダイレクトに跨った。
 ある程度察していたが、さっきの歩法と言い今のジャンプと言い、フラン支部長、やはり只者ではない……。
 数秒の事だったが、跳ぶ時に身体強化魔法を、そして着席時に風魔法を使って衝撃を相殺していた。
 流れる様な自然な魔法さばき……あれはまだ俺には出来ない、やるなら訓練が必要だ。
 なので、俺は素直に縄梯子で登る。

「そ、それでは、安全の為、命綱はしっかりと結んでください」

 フラン支部長のジャンピングダイレクト着座に驚いていた騎手も、気を取り直して御者席に登る。

「それでは出発します」

 騎手がそう言って手綱をピシッと軽い音を立てて振る。

『グルゥ』

 すると飛竜は立ち上がり、翼を広げ、軽いジャンプと共に羽ばたき、空に飛び上がった。

 おお、遂にドラゴン――飛竜ワイバーンだが――の背中に乗って飛んだぞ!
 ファンタジー好きの人間が、恐らく一度はするだろう妄想を、今、俺は実体験している!

 感動に声を漏らさないのは、結構大変だった。
 飛竜はかなり速い――俺がデンゼルから王都まで飛んだ時と同じくらいのスピードが出ている。
 風が顔にビシビシ当たって目が乾きそうだ……ゴーグル欲しい。
 しかし、飛竜や騎手の様子を見る限り、無茶をしてスピードを上げている訳ではなさそうだ。
 これが飛竜の平常速度だとすれば、流石は空を飛ぶ為に進化した生物という事か。

「間もなく到着しまーすっ!」

 あっという間にデンゼルに到着――ファンタジーな空の旅は束の間だった。

 飛竜はデンゼルの町の少し手前に降りる。
 流石に直接町には降りられない様だ。

「ご苦労様でした。代金はこれで」

 フラン支部長は飛竜から軽快に飛び降りると、同じく飛竜から降りた騎手に膨らんだ布袋を渡す。

「えっ!?あの、多過ぎでは!?」

「帰りもお願いしますのでその分と、滞在中の費用として使ってください。足りなければ明細書と共に追加請求を、残ったならチップとしてどうぞ。私達は急ぎの用がありますので」

「あ、は、はい!承知しました!いってらっしゃいませ!」

 布袋を両手でガッチリ大事そうに持ったまま、騎手は腰を90度に曲げた。
 なんて下僕感……。

「ではジロウさん、行きましょう」

「あ、はい」

 また早足で町に向かうフラン支部長を追う。

 あれ?
 これ、俺も下僕ポジでは……?!



 変な事を考えてしまったが、一先ず振り払い――俺とフラン支部長はデンゼルの町に入った。

 そこからは俺が先導する番だ。
 ダニロさんの工房に向かって、路地に入り、道を進む。
 人通りの少ない路地裏は、方向さえ間違えなければさっさと進める。

 程なく、再びダニロさんの待つ露店にたどり着く。

「ダニロさん」

「戻ったか、ジロウ。えらく早かったな」

「ええまあ」 

 挨拶を手短に、俺はフラン支部長を紹介する。

「ダニロさん、こちら、王都支部の支部長のフラン・ボールトさん」

「フラン・ボールトと申します。お初にお目に掛かります、ブラックスミス・ダニロ様。お会い出来て、光栄です」

 深々と頭を下げるフラン支部長。

「堅苦しい挨拶は要らん。小娘、ついて来い」

「は、はいっ!」

 ダニロさんがフラン支部長を引き連れて、工房に入る。
 これって、俺はついて行っていいのかな?
 ここからはダニロさんとフラン支部長、2人で話すべきなんじゃ……。

「ジロウ、何を突っ立っとる?おぬしも来い。おぬしが持って来た仕事じゃろうが」

「あ、はい」

 要らない気遣いだったか。
 言われて俺も中に入る。

 そして、階段を降りて地下の鍛冶場へ――預けていた折れた剣の前へ。

「さて、小娘よ。話はジロウから聞いておる。その上で、おぬしの意思を問う。おぬしは此奴を――『エリオット』の剣を、どうしたい?」

 エリオット……それがフラン支部長の師匠の名前か。

「えっ?あの、どうとは……?」

「エリオットの剣は、エリオットの剣としての寿命を全うした。もはや、元通りに蘇らせる事は不可能じゃ」

「…………」

 無言だが、悲し気な表情で折れた剣を見つめるフラン支部長。

「しかし……此奴は折れて尚、わしに切に訴えてきおる。まだおぬしから離れたくないと、生まれ変わってでも共にあり働きたいとな」

「っ!!」

 ダニロさんの言葉に、フラン支部長は目を見開いて振り向く。

「わしとしては、此奴の意思を酌んでやりたいと思う。しかし、持ち主にその意思が無ければ無駄になる。小娘、『剣聖』エリオットの弟子よ……今一度問う。おぬしは、此奴をどうしたい?」

「――ブラックスミス・ダニロ様!」

 間髪入れず、動きに淀みもなく、フラン支部長はその場で土下座する。

「私もッ、この剣と離れたくありません!師より受け継ぎ、長く私を守ってくれた!多くの戦いを共に切り抜けた!この剣は私の半身も同然なのです!!私も剣と共にありたい!!どうかお願いします!!師匠の剣を……『私の剣』に!!」

 なんて必死な姿……剣にかける想いが痛い程伝わってくる……!

「うむ、よう言った!小娘――いや、フランよ、立て!鍛錬を始める!」

「はいッ!ありがとうございます!!よろしくお願いします!!」

 顔を上げたフラン支部長の眼には、力と決意が漲っており、炎が燃えている様にさえ見える……!

 これは熱い現場を目撃する事になりそうだ――俺も何だか力が入る!

「ジロウ!おぬしも手を貸せ!大仕事になる!」

「ジロウさん!よろしくお願いします!!」

「了解です!」

 この熱い現場に俺も加われるとは、願ってもない。
 喜んで手伝いますとも!



 こうして、フラン支部長の剣の鍛錬が始まった――。


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