僕の異世界、私の世界~アーク大陸冒険起譚~

まるふじ らん

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第一章 『誰が為の異世界』

13  『幼女の境遇』

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 ‹ごめんなさい……ああでもしないと話が進まなくて……それにあのままだと集落から追い出されてたりしてたかもしれないから›

 合流した彼女は帰宅早々、私に謝罪の言葉を述べた。
 頭クルクルパーの件はもう許している。
 あれはなかなか最善の言い訳だったようにも思えるので。
 実際私が覚えていないだけで本当に頭打ってしまったのかもしれないし。
 だからあんな不完全な異能になってしまったというのなら多少は……多少は納得できる。

 そう落としどころをすでにつけていた私は首を横に振りながら彼女が悪くないことを伝えた。
 私が別段怒っていないことを知ると胸をなでおろしながらホッと安心している。

 ‹さて、今後のことについてだけれどイブキはひとまずここで一緒に暮らしてもらいます›

 そう言いながらこちらの方をちらちら見てくるアイナ。

 ‹集落の人達の手伝いをしながらこの場所に慣れてもらって、あとこのままじゃあ不便だろうからアーク語もアイナが責任をもって教えます! 任せて下さい! こういうのは得意ですから!›

 私自身そういう風に行動しようと決めていたので、意見の相違が生まれず助かることこの上ない。
 彼女はドンと胸を叩き上を見上げ使命感に燃えている。
 けれどそんな中でもまるでいけないものでも見るかのように、こちらをちらちら確認してくるのは忘れない。

 ‹そして最後はこの集落を出るかここに残るのか、あなたが決めてください……えーと一つ聞いてもいいかな?›

 言いたいことがあるのなら言ってみたまえ。
 こちとらいつ言及されるか内心ドッキドキだったのだから。

 ‹いつの間にか、仲良くなっているみたいですね……良かったです›

 いつ砕けるか分からないようなそんな儚げな微笑をこちらに向けるアイナ。
 客観的に見れば美しいといえる表情だが何故だろう、彼女との距離が空いていくのを感じる。
 そんな同棲生活の危機の原因はいくら鈍い私であろうとも容易に想像がつく。

 ‹…………›

 驚くアイナの視線の先にあるもの、それは私の背後霊なんかでは断じてない。
 私の膝の上でズボンの裾を握りしめている、黒髪のあどけなさが残る幼女に驚いているのだった。


 話は少し前に遡る。
 あの恥ずかしい幽霊騒ぎの正体は勿論幽霊などではなく一人の幼女だった訳で。

 ‹…………›

 幽霊の 正体見たり 幼女かな
 どうやら幼女はベッドの下に隠れていたようで。
 私が感じた視線の正体も幼女のものだったというわけだ。
 幼女にビビっていたとは……この事実は誰にも知らせず墓にまで持って行こう。
 そんな私の想いも露知らず幼女はこれが漫画ならば、んしょんしょと擬音が出てきてもおかしくない動作でベッドの下から這い出るとそのまま私の膝の上に座る。

「…………」
 ‹…………›

 こ、これは懐かれてるのか?それとも私のことを取るに足らない椅子と認識している……?
 幼女は座った姿勢のまま特に身じろぎもせず、じーっと出口の方を見つめている。

 それにしてもこの幼女、無言である。
 こちらから名前を聞いたり年齢を聞いたりといったような、現代社会ならば職質待ったなしの質問をこの状況を打開するために投げかけようにも、言葉が使えない私にとってはコンタクトを取る手段がないので行動の取りようが無く、動くことも叶わない正に八方ふさがりな状況。

 従って何を喋るわけでもなくお互い無言であった。

 そうして動くことも出来ずしばらく固まっている状態を過ごしていると、冒頭のアイナが戻ってきたシーンに移るわけである。
 勿論その間私はロリコンではないのでやましいことなど何も無かったことを記しておく。
 回想終了。


 ‹それにしても驚きましたよ、リルがこんなに懐いているなんて……もしかして何か餌付けでも……›

 人聞きの悪いことを!あと言い方!
 抗議しようにも喋れない私はお約束の首をブンブン振ることしか出来なかった。
 恨むぞ異世界……!言われぱなっしは癪なのでいつか絶対お返ししてやろう。
 負のオーラを発散する私を余所に、幼女のリルは思い出したかのように

 ‹…………›

 私の膝から降りて出口の方へとすたすたと歩いていった。
 幼女の気持ちは私には分からない……っ!

 ‹リルー! あまり遅くまで出歩いては駄目よー›

 そんな後ろ姿にアイナが声をかけるも返事が戻ってくることは無かった。
 その台詞から推測するにリルとアイナはこの家で一緒に暮らしているのが窺える。
 本当に家族かどうかは分からないが。

 ‹……あの子あなたに何か喋りかけたりしましたか?›

 ニコニコしながらリルを見送ったアイナの表情は、一転して憂いを含んだものにすり替わる。
 私が首を横に振るのも分かっていたのだろう。
 彼女は僅かに俯きながらポツポツとリルの事を語りだす。

 ‹あの子は、リルは戦災孤児なんです›

 戦災孤児、戦争によって生まれた独りぼっちの子供。
 やはりこの世界では規模は把握できないものの、戦争が起きていて。
 そしてそれは私が暮らしていた国よりもはるかに身近にあるものなんだ。

 ‹私たち無何有族は数十人から形成される共同体で、キーチェの世話をしながらこの東の大地を渡り歩いて生活しているだけなのに……私たちは戦争を起こしたり、戦っていたりはしていなくて……›

 つまりは遊牧民族だ。
 私がこの家を見た時に感じた雰囲気は遠からず当たっていたということか。
 そして彼女達は戦争に参加していないのに巻き込まれている。
 彼女が教えてくれる世界の在りようを自分なりに咀嚼しつつ、話の続きを聞く。

 ‹この戦争は北の大地を治める有翼族のミアスと西の大地を治める巨人族のモーデという国同士の争いなんです、当初彼らはお互いの領地の奪い合いに徹していたと聞いています……実際私たちの生活にその影響は何もなかった›

 ミアスとモーデ。
 北と西。
 有翼族と巨人族。
 これは絶対に覚えておかないといけない言葉だろう。

 ‹けどいつの日からか、彼らは私たちが住むこの東の大地に目を付けたんです›

 ‹当然ですよね、こんなに資源が溢れている大地を狙わないなんて理由があるはずなくて、今まで平和だったのがおかしい話だったんですから、でも……›

 ミアスとモーデの環境を今の私では知る由も無いが、分かることはある。
 戦争を長く続けていれば資源は枯渇するのは自明の理だ。
 そもそも戦争そのものの理由の一つに新たなる資源の徴集が当てはめられる。
 楽に手に入れる手段が発見された以上、それに手を伸ばすことそのものは理解は出来る。
 でも理解は出来ても納得出来るのかと言えば話は別だ。

 ‹ミアスとモーデの二国はまるで示し合わせたように山を乗り越えこの東の大地に進出してきました、お互いが牽制しあう状況の中、ごく自然な流れでこの大地にも戦火の波が押し寄せ……そしてリルが属していた共同体はその戦いに巻き込まれたんです›

 それは見るも無残な状態だったという。
 それまでは安全な状態が続いていたこの東の大地、その境界線付近に移動していたリルの家族は突如として発生した戦いの余波に巻き込まれた。
 死傷者はいなかった……というよりも嵐が通り過ぎたかを思わせる無残な集落だったものの跡地に負傷者はおろか生存者の姿は確認出来なかったという。

 崩れ去った家屋の柱の影に息を潜めて隠れていた一人の少女を除いては。

 ケルザの集落の人々はそんな彼女を保護、またいつ起こるか分からない戦いを危惧しそこを離れた。
 従って今の彼女たちは国境付近に近寄ることは無く、東の東に逃げ延びている最中だという。

 ‹リルが出会ってから一言も喋らないのもそれが原因だと思います›

 PTSD、心的外傷後ストレス障害というやつだ。
 自分や親しい人が死にかけたりすることで心理的な強いトラウマが生じることで起きる病気。
 それらは身体的にも精神的にも何らかの症状を引き起こす。
 彼女の場合、喋れなくなったということ。

 ‹これが私たちの今の現状です、あなたを見た時リルちゃんと同じように逃げ延びた人かと思ったんですけどイブキは違うんですよね?›

 目尻に涙を浮かべるアイナの言葉に私は頷く。
 これでようやく合点がいったことがある。
 私はエーファの棘のような態度から、私のことを敵国の間者であると疑っていると思っていたのだが、それは杞憂であり本当のところは戦火が広がっていることを危ぶんでいたということだった。
 彼女に対して良いイメージを抱いていなかった私は心の中で謝罪した。

 ‹良かったです……けどそうですよね、だってもしあの集落の生き残りだったらこの辺りのこととか詳しいはずですしブルグの真下で呑気に寝てたりしないですもんね›

 一言いや二言余計である……けれどもその言葉に怒るつもりはない。
 悲壮感漂う場の空気がほんの少し変わったことでようやく一息つくことが出来た。
 一瞬にして家族と離れ離れになり一人取り残された女の子。原因の世界の現状。
 そんな悲しい背景を持つリルがどうして私なんかに近づいてきたのかが分からなかった。

 ‹リルはあなたに多分親近感を覚えたんじゃないかって思ってるんです›

 僕の疑問を先回りするかのようにアイナは答えてくれた。

 ‹あなたとリルは、境遇が少しだけ似ているので›

 言葉は分かるが喋れない、お互いこの世界にはもう身寄りはいない。
 確かに似ているかもしれないけれど、私なんかが悲劇の人間を名乗る資格はとうに無い。
 私は大人だ、自分に課せられた如何に過酷な境遇であろうとも乗り越えなくてはいけない。
 だが彼女は、リルは子供だ。

 ‹いきなりこんな悲しい話をしてごめんなさいイブキさん、これからよろしくお願い致します›

 私が昔読んでいた異世界の彼ら彼女ら主人公もこんな気持ちになったのだろう。
 無償で助けることを肯定した私が取るべき行動はどんどん決定されていく。
 いや、されるという表現は少し誤解がある。

 私は困っている人を助けるために、この異世界で生きていくことを決めたのだった。
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