48 / 128
囮捜査編
48. デートの定義
ダンテとの話のあと、二人はそれぞれ速やかに生徒会の仕事へ戻った。
クィアシーナは、発注していた文具の納品対応や、古い書類の廃棄など、細々とした作業をマグノリアンの指示を受けながら着々と片づけていく。
そして最後に、相談箱の確認をしたのだが――
朝に想定していたとおり、マグノリアンファンからクィアシーナ宛ての苦情が殺到していた。
会議室で顔を突き合わせ、その内容を確かめながら、二人はそろって苦笑いを漏らす。
投函されていた意見書は、どれもこれも、週末に二人で出掛けていたことに対するクィアシーナへの不満ばかりだった。
「いつの間にか、二人でいるところを見られてたんだな」
「まあ、あそこは学生街ですからね……
なんでも、ファンクラ部の誰かが目撃して、部内の連絡網で情報が回ったらしいですよ」
ララから聞いた話をそのまま伝えると、マグノリアンは
「連絡網って……マジか。連携プレーが過ぎるだろ」
と、やや引いた様子を見せた。
「前にも言ったかもしれませんが……生徒会のファンって、熱量がすごいですよね。
わざわざここまで来て、苦情を投函していくなんて」
少し呆れたようにそう言ってから、クィアシーナは続ける。
「それに、なんだか……マグノリアンさんのファンは本気度が高いというか……」
そう言いながら、クィアシーナは相談箱の中から一通の意見書を取り上げた。
『意見書(苦情):クィアシーナさんへ。私はマグノリアン様を本気でお慕いしています。あなたのお気持ちが遊び程度のものであれば、マグノリアン様のプライベートにまで近付かないで下さい。匿名希望』
このように、本人たちの切実な想いを綴った意見書が、他にもいくつも届いていた。
こちらとしては、ただ、先輩と買い出しをしただけで、お遊び程度の気持ちも何もないのだが。
しかし、ファンからしたら自分がマグノリアンにちょっかいをかけてるように見えたのだろう。
……全くもって解せないが。
マグノリアンもそれらの苦情を見て、「うーん」と悩まし気な声をあげる。
「実際、俺は他のみんなみたいに、ファンから頻繁に声をかけられるタイプじゃないんだけどな……。
でも、こうして見ると、俺にもちゃんとファンがついてくれてたんだなって、実感するよ」
「え? そうなんですか? 意外です……」
クィアシーナは、マグノリアンのファンも例に漏れず、積極的に声をかけてくるタイプばかりなのだと思っていた。
だが、ララたちの話によれば、マグノリアンのファンは“本気度が高い”者が多いという。
だからこそ、軽々しく距離を詰めるような行動は、かえって控えているのかもしれない。もしくは、ファンに話しかけられても、それらをファンと認識していないか、だ。
マグノリアンは、苦情半分・告白半分といった意見書をまとめ終えると、その束の一番上にあった一枚を見て、小さく笑いを漏らした。
「おい、これ見てみろよ。笑っちゃいけないんだろうけど……正直、ウケる。
この前のこと、おまえが俺に強要したってことになってるぞ」
「え? どれですか?」
クィアシーナはマグノリアンからその紙を受け取ると、書かれていた内容に、思わず握っていた指先に力がこもった。
『意見書(苦情):マグノリアン様に制服デートを強要するなんて、最低だと思います。悔い改めてください。匿名希望』
「何が悔い改めてくださいだよっ!」
憤りのあまり、クィアシーナは思わず大きな声でツッコミを入れてしまう。
それに呼応するかのように、マグノリアンはとうとう堪えきれず、盛大に吹き出した。
「ちょ、ほんと腹痛い……。ご意見どおり、悔い改めないとな」
「何をですか、何を」
心底、意味がわからない。
そもそも、あの場に二人でいたのは、お茶請けを買うという生徒会の仕事のためだ。デートなどでは決してない。
しかも制服だったのは、アリーチェの家に着ていく服がなく、クィアシーナの懐事情が寂しかったからに過ぎない。マグノリアンの厚意で制服になった――ただそれだけの話である。
「だいたい、デートでもないのに、どうしてここまで言われなきゃいけないんだろ……」
「え?」
クィアシーナの呟きに、マグノリアンが思いのほか大きな反応を示した。
「え、って……どうしたんですか?」
「え? いや、あれはデートだろ?」
「!?」
何を冗談を言っているんだ、と思った。
だが、マグノリアンの表情にあったのは戸惑いだけで、冗談めいた色は一切ない。
それどころか、よく見れば少しショックを受けているようにも見えた。
クィアシーナは基本的に空気を読む人間である。
咄嗟に、先ほどの発言を訂正した。
「すみません……あれは、れっきとしたデートでした」
その答えに安堵したのか、マグノリアンは「だよな」と小さく頷き、他の意見書へと視線を移した。
(え、なに……どういうこと?
天然? マグノリアンさんって、もしかして天然なの?)
真面目腐った顔をしてデート発言ときた。
あの日は、まったくそんな雰囲気では無かったはず。
それとも、自分のデートの定義が間違っているのだろうか?
改めてマグノリアンを見るも、すでに意見書を読むことに集中している様子だった。
――これは深く考えるだけ無駄だ。
クィアシーナは「他に何か要望はありましたか?」と話題を切り替える。
「ん? ああ。こっちは校内報への掲載要望だな。これはアレクシスさん行き。
それと、校内美化運動の啓蒙活動に関する意見が一件。こっちはダンテさん行きで。はい」
マグノリアンは二枚の意見書をクィアシーナに手渡した。
どうやら、アレクシスとダンテの二人に届けてこい、ということらしい。
最初は何事も丁寧に説明していたマグノリアンだが、クィアシーナが"察するタイプ"だとわかってからは、段々と指示が雑になっていた。
「はい、持って行きます」
「それを渡し終わったら、今日はもう上がっていいぞ。俺も各部屋のゴミだけ回収したら終わりにするつもりだから。……とはいえ、もう下校時刻だけどな」
「わかりました。ゴミ回収、ありがとうございます」
そう礼を述べて、クィアシーナはそそくさと会議室を後にした。
部屋に一人残されたマグノリアンは、苦情の意見書の束をまとめてゴミ袋へと放り込む。
そして――
その場に、どさりとしゃがみ込んだ。
「あれ、デートだと思ってたの……俺だけだったのか……?」
先ほどのクィアシーナの言葉を思い返しながら、マグノリアンは一人、しばらくのあいだ、言いようのないモヤモヤを抱えていた。
◇
クィアシーナは、アレクシスとダンテにそれぞれ意見書を渡し終えると、帰り支度を始めていた。
そこへ目を付けてきたのが、どうやらまだ仕事が終わりそうにないルーベントである。
「ん、もう庶務の仕事は上がりか?」
「はい。あとはマグノリアンさんが各部屋のゴミ回収をしたら終わりだそうです」
「よし、じゃあ手伝ってくれ。この書類をファイルに日付順で挟んで、元に戻しておいてくれないか」
そう言って示されたのは、ルーベントの机の上に、ぐしゃぐしゃに散らかった書類の山だった。
(う、うわー……めっちゃ汚い……!)
「おい、あからさまに引かないでくれよ……」
「あ、すいません、思わず。じゃあこの書類とファイル、いったんこっちに引き取りますね」
クィアシーナは散らばった書類をまとめ、ファイルとともに自席に移動する。
どうやったらここまで散らかすことができるのだろうと、内心不思議に思っていると、
「彼の特技です」
とルーベントの隣に座っていたドゥランが、クィアシーナの心の中を読んだかのように返事をした。
確かに、そうなのかもしれない。せっかくファイルに閉じて見やすいようにしてあるのに、わざわざ全て取り出して作業をするとは……
いや、これ以上何も言うまい。
クィアシーナは、書類に記載された日付欄を確認しながら、それらを黙々と順に並べていく。
約一か月分の書類がばらばらの状態になっていたため、棚と机の間を行ったり来たりしつつも、作業自体は手慣れたもので、ほどなくすべてをファイルに収め終えた。
ファイルを手に、執務室の脇にある棚へ戻しに行く。
そのとき、会計棚に置かれたファイルが、年度も統一されないまま並んでいるのが目に留まった。
(嫌な予感……)
クィアシーナは、そのうちの一冊をそっと手に取り、中を確認する。
すると案の定、整理される気配もなく、ランダムに閉じられた書類たちがこんにちはしていた。
クィアシーナは、見なかったことにしようと、パタンとファイルを閉じる。
――と、その瞬間。
背後から視線を感じ、ハッとして振り返ると、そこにはルーベントが、にこやかな笑顔で立っていた。
「今度、暇があるときでいいからさ。そっちもよろしく!」
「…………わかりました」
見なければよかった。
クィアシーナは、心の底からそう思わずにはいられなかった。
今度こそ自席に戻って帰り支度をしようとするが、次は作業をしているリンスティーの姿が目に止まった。
(そうだ、帰る前に、リンスティーさんにリストの件を伝えておかなきゃ)
以前、彼の家を訪れた際、リストを入手したら共有すると約束していたのだ。
しかし、問題は――
みんながいるこの場で、どうやって彼に伝えるかである。
一緒に帰ろうと誘ってみる?
それなら、帰り道で二人きりになって話すことはできそうだ。
だが、ラシャトから「リストの扱いは慎重に」と言付けられている。
帰り道とはいえ、外でリストの話をするのは、あまり良くない気がした。
(であれば、いま、応接室に呼び出すほうがいいのかもしれない)
クィアシーナは不自然にならないような上手い言い訳を考えながら、リンスティーの元に向かい、声をかけた。
「あの、リンスティーさん」
「あら、どうしたの?」
リンスティーは手を止め、隣にやってきたクィアシーナに向き直った。
クィアシーナは彼の耳元へと身を寄せ、少し声のトーンを落として囁く。
「――女子の、悩み相談があります。下校まであと少しなのにすいません、手が空いたら応接室に来てもらえませんか?」
「えっ!?」
クィアシーナの誘い文句は、自分では完璧だと思っていた。
しかし、リンスティーだけでなく、それを聞いていた周囲の面々までもが、なぜかピタリと手を止め、不思議そうな表情でこちらを見ている。
「クィアシーナ……その相談相手、本当に合ってる?」
皆を代表してと言わんばかりに、隣の席にいたダンテが、やんわりと確認を入れてきた。
しかもなぜか、他の面々もダンテの言葉に合わせるように、うんうんと頷いている。
「え、はい。もちろんです」
「そ、そう……本人がいいって言ってるなら、いいか」
どこか釈然としない表情で引き下がるダンテを見て、クィアシーナの胸にも不安が広がる。
(あれ……私、なにか間違えた?)
「え、ええっと……そうね。手が空いたら行くわ」
「ありがとうございます。じゃあ、お待ちしてますね」
一瞬、執務室一帯に、なんとも言えない空気が流れた。
しかしクィアシーナはそれ以上深く考えないことにして、
「みなさん、お疲れ様でしたー」
とだけ言い残し、逃げるように部屋を飛び出していった。
クィアシーナは、発注していた文具の納品対応や、古い書類の廃棄など、細々とした作業をマグノリアンの指示を受けながら着々と片づけていく。
そして最後に、相談箱の確認をしたのだが――
朝に想定していたとおり、マグノリアンファンからクィアシーナ宛ての苦情が殺到していた。
会議室で顔を突き合わせ、その内容を確かめながら、二人はそろって苦笑いを漏らす。
投函されていた意見書は、どれもこれも、週末に二人で出掛けていたことに対するクィアシーナへの不満ばかりだった。
「いつの間にか、二人でいるところを見られてたんだな」
「まあ、あそこは学生街ですからね……
なんでも、ファンクラ部の誰かが目撃して、部内の連絡網で情報が回ったらしいですよ」
ララから聞いた話をそのまま伝えると、マグノリアンは
「連絡網って……マジか。連携プレーが過ぎるだろ」
と、やや引いた様子を見せた。
「前にも言ったかもしれませんが……生徒会のファンって、熱量がすごいですよね。
わざわざここまで来て、苦情を投函していくなんて」
少し呆れたようにそう言ってから、クィアシーナは続ける。
「それに、なんだか……マグノリアンさんのファンは本気度が高いというか……」
そう言いながら、クィアシーナは相談箱の中から一通の意見書を取り上げた。
『意見書(苦情):クィアシーナさんへ。私はマグノリアン様を本気でお慕いしています。あなたのお気持ちが遊び程度のものであれば、マグノリアン様のプライベートにまで近付かないで下さい。匿名希望』
このように、本人たちの切実な想いを綴った意見書が、他にもいくつも届いていた。
こちらとしては、ただ、先輩と買い出しをしただけで、お遊び程度の気持ちも何もないのだが。
しかし、ファンからしたら自分がマグノリアンにちょっかいをかけてるように見えたのだろう。
……全くもって解せないが。
マグノリアンもそれらの苦情を見て、「うーん」と悩まし気な声をあげる。
「実際、俺は他のみんなみたいに、ファンから頻繁に声をかけられるタイプじゃないんだけどな……。
でも、こうして見ると、俺にもちゃんとファンがついてくれてたんだなって、実感するよ」
「え? そうなんですか? 意外です……」
クィアシーナは、マグノリアンのファンも例に漏れず、積極的に声をかけてくるタイプばかりなのだと思っていた。
だが、ララたちの話によれば、マグノリアンのファンは“本気度が高い”者が多いという。
だからこそ、軽々しく距離を詰めるような行動は、かえって控えているのかもしれない。もしくは、ファンに話しかけられても、それらをファンと認識していないか、だ。
マグノリアンは、苦情半分・告白半分といった意見書をまとめ終えると、その束の一番上にあった一枚を見て、小さく笑いを漏らした。
「おい、これ見てみろよ。笑っちゃいけないんだろうけど……正直、ウケる。
この前のこと、おまえが俺に強要したってことになってるぞ」
「え? どれですか?」
クィアシーナはマグノリアンからその紙を受け取ると、書かれていた内容に、思わず握っていた指先に力がこもった。
『意見書(苦情):マグノリアン様に制服デートを強要するなんて、最低だと思います。悔い改めてください。匿名希望』
「何が悔い改めてくださいだよっ!」
憤りのあまり、クィアシーナは思わず大きな声でツッコミを入れてしまう。
それに呼応するかのように、マグノリアンはとうとう堪えきれず、盛大に吹き出した。
「ちょ、ほんと腹痛い……。ご意見どおり、悔い改めないとな」
「何をですか、何を」
心底、意味がわからない。
そもそも、あの場に二人でいたのは、お茶請けを買うという生徒会の仕事のためだ。デートなどでは決してない。
しかも制服だったのは、アリーチェの家に着ていく服がなく、クィアシーナの懐事情が寂しかったからに過ぎない。マグノリアンの厚意で制服になった――ただそれだけの話である。
「だいたい、デートでもないのに、どうしてここまで言われなきゃいけないんだろ……」
「え?」
クィアシーナの呟きに、マグノリアンが思いのほか大きな反応を示した。
「え、って……どうしたんですか?」
「え? いや、あれはデートだろ?」
「!?」
何を冗談を言っているんだ、と思った。
だが、マグノリアンの表情にあったのは戸惑いだけで、冗談めいた色は一切ない。
それどころか、よく見れば少しショックを受けているようにも見えた。
クィアシーナは基本的に空気を読む人間である。
咄嗟に、先ほどの発言を訂正した。
「すみません……あれは、れっきとしたデートでした」
その答えに安堵したのか、マグノリアンは「だよな」と小さく頷き、他の意見書へと視線を移した。
(え、なに……どういうこと?
天然? マグノリアンさんって、もしかして天然なの?)
真面目腐った顔をしてデート発言ときた。
あの日は、まったくそんな雰囲気では無かったはず。
それとも、自分のデートの定義が間違っているのだろうか?
改めてマグノリアンを見るも、すでに意見書を読むことに集中している様子だった。
――これは深く考えるだけ無駄だ。
クィアシーナは「他に何か要望はありましたか?」と話題を切り替える。
「ん? ああ。こっちは校内報への掲載要望だな。これはアレクシスさん行き。
それと、校内美化運動の啓蒙活動に関する意見が一件。こっちはダンテさん行きで。はい」
マグノリアンは二枚の意見書をクィアシーナに手渡した。
どうやら、アレクシスとダンテの二人に届けてこい、ということらしい。
最初は何事も丁寧に説明していたマグノリアンだが、クィアシーナが"察するタイプ"だとわかってからは、段々と指示が雑になっていた。
「はい、持って行きます」
「それを渡し終わったら、今日はもう上がっていいぞ。俺も各部屋のゴミだけ回収したら終わりにするつもりだから。……とはいえ、もう下校時刻だけどな」
「わかりました。ゴミ回収、ありがとうございます」
そう礼を述べて、クィアシーナはそそくさと会議室を後にした。
部屋に一人残されたマグノリアンは、苦情の意見書の束をまとめてゴミ袋へと放り込む。
そして――
その場に、どさりとしゃがみ込んだ。
「あれ、デートだと思ってたの……俺だけだったのか……?」
先ほどのクィアシーナの言葉を思い返しながら、マグノリアンは一人、しばらくのあいだ、言いようのないモヤモヤを抱えていた。
◇
クィアシーナは、アレクシスとダンテにそれぞれ意見書を渡し終えると、帰り支度を始めていた。
そこへ目を付けてきたのが、どうやらまだ仕事が終わりそうにないルーベントである。
「ん、もう庶務の仕事は上がりか?」
「はい。あとはマグノリアンさんが各部屋のゴミ回収をしたら終わりだそうです」
「よし、じゃあ手伝ってくれ。この書類をファイルに日付順で挟んで、元に戻しておいてくれないか」
そう言って示されたのは、ルーベントの机の上に、ぐしゃぐしゃに散らかった書類の山だった。
(う、うわー……めっちゃ汚い……!)
「おい、あからさまに引かないでくれよ……」
「あ、すいません、思わず。じゃあこの書類とファイル、いったんこっちに引き取りますね」
クィアシーナは散らばった書類をまとめ、ファイルとともに自席に移動する。
どうやったらここまで散らかすことができるのだろうと、内心不思議に思っていると、
「彼の特技です」
とルーベントの隣に座っていたドゥランが、クィアシーナの心の中を読んだかのように返事をした。
確かに、そうなのかもしれない。せっかくファイルに閉じて見やすいようにしてあるのに、わざわざ全て取り出して作業をするとは……
いや、これ以上何も言うまい。
クィアシーナは、書類に記載された日付欄を確認しながら、それらを黙々と順に並べていく。
約一か月分の書類がばらばらの状態になっていたため、棚と机の間を行ったり来たりしつつも、作業自体は手慣れたもので、ほどなくすべてをファイルに収め終えた。
ファイルを手に、執務室の脇にある棚へ戻しに行く。
そのとき、会計棚に置かれたファイルが、年度も統一されないまま並んでいるのが目に留まった。
(嫌な予感……)
クィアシーナは、そのうちの一冊をそっと手に取り、中を確認する。
すると案の定、整理される気配もなく、ランダムに閉じられた書類たちがこんにちはしていた。
クィアシーナは、見なかったことにしようと、パタンとファイルを閉じる。
――と、その瞬間。
背後から視線を感じ、ハッとして振り返ると、そこにはルーベントが、にこやかな笑顔で立っていた。
「今度、暇があるときでいいからさ。そっちもよろしく!」
「…………わかりました」
見なければよかった。
クィアシーナは、心の底からそう思わずにはいられなかった。
今度こそ自席に戻って帰り支度をしようとするが、次は作業をしているリンスティーの姿が目に止まった。
(そうだ、帰る前に、リンスティーさんにリストの件を伝えておかなきゃ)
以前、彼の家を訪れた際、リストを入手したら共有すると約束していたのだ。
しかし、問題は――
みんながいるこの場で、どうやって彼に伝えるかである。
一緒に帰ろうと誘ってみる?
それなら、帰り道で二人きりになって話すことはできそうだ。
だが、ラシャトから「リストの扱いは慎重に」と言付けられている。
帰り道とはいえ、外でリストの話をするのは、あまり良くない気がした。
(であれば、いま、応接室に呼び出すほうがいいのかもしれない)
クィアシーナは不自然にならないような上手い言い訳を考えながら、リンスティーの元に向かい、声をかけた。
「あの、リンスティーさん」
「あら、どうしたの?」
リンスティーは手を止め、隣にやってきたクィアシーナに向き直った。
クィアシーナは彼の耳元へと身を寄せ、少し声のトーンを落として囁く。
「――女子の、悩み相談があります。下校まであと少しなのにすいません、手が空いたら応接室に来てもらえませんか?」
「えっ!?」
クィアシーナの誘い文句は、自分では完璧だと思っていた。
しかし、リンスティーだけでなく、それを聞いていた周囲の面々までもが、なぜかピタリと手を止め、不思議そうな表情でこちらを見ている。
「クィアシーナ……その相談相手、本当に合ってる?」
皆を代表してと言わんばかりに、隣の席にいたダンテが、やんわりと確認を入れてきた。
しかもなぜか、他の面々もダンテの言葉に合わせるように、うんうんと頷いている。
「え、はい。もちろんです」
「そ、そう……本人がいいって言ってるなら、いいか」
どこか釈然としない表情で引き下がるダンテを見て、クィアシーナの胸にも不安が広がる。
(あれ……私、なにか間違えた?)
「え、ええっと……そうね。手が空いたら行くわ」
「ありがとうございます。じゃあ、お待ちしてますね」
一瞬、執務室一帯に、なんとも言えない空気が流れた。
しかしクィアシーナはそれ以上深く考えないことにして、
「みなさん、お疲れ様でしたー」
とだけ言い残し、逃げるように部屋を飛び出していった。
あなたにおすすめの小説
聖女様と間違って召喚された腐女子ですが、申し訳ないので仕事します!
碧桜
恋愛
私は花園美月。20歳。派遣期間が終わり無職となった日、馴染の古書店で顔面偏差値高スペックなイケメンに出会う。さらに、そこで美少女が穴に吸い込まれそうになっていたのを助けようとして、私は古書店のイケメンと共に穴に落ちてしまい、異世界へ―。実は、聖女様として召喚されようとしてた美少女の代わりに、地味でオタクな私が間違って来てしまった!
落ちたその先の世界で出会ったのは、私の推しキャラと見た目だけそっくりな王(仮)や美貌の側近、そして古書店から一緒に穴に落ちたイケメンの彼は、騎士様だった。3人ともすごい美形なのに、みな癖強すぎ難ありなイケメンばかり。
オタクで人見知りしてしまう私だけど、元の世界へ戻れるまで2週間、タダでお世話になるのは申し訳ないから、お城でメイドさんをすることにした。平和にお給料分の仕事をして、異世界観光して、2週間後自分の家へ帰るつもりだったのに、ドラゴンや悪い魔法使いとか出てきて、異能を使うイケメンの彼らとともに戦うはめに。聖女様の召喚の邪魔をしてしまったので、美少女ではありませんが、地味で腐女子ですが出来る限り、精一杯頑張ります。
ついでに無愛想で苦手と思っていた彼は、なかなかいい奴だったみたい。これは、恋など始まってしまう予感でしょうか!?
*カクヨムにて先に連載しているものを加筆・修正をおこなって掲載しております
せっかく傾国級の美人に生まれたのですから、ホントにやらなきゃ損ですよ?
志波 連
恋愛
病弱な父親とまだ学生の弟を抱えた没落寸前のオースティン伯爵家令嬢であるルシアに縁談が来た。相手は学生時代、一方的に憧れていた上級生であるエルランド伯爵家の嫡男ルイス。
父の看病と伯爵家業務で忙しく、結婚は諦めていたルシアだったが、結婚すれば多額の資金援助を受けられるという条件に、嫁ぐ決意を固める。
多忙を理由に顔合わせにも婚約式にも出てこないルイス。不信感を抱くが、弟のためには絶対に援助が必要だと考えるルシアは、黙って全てを受け入れた。
オースティン伯爵の健康状態を考慮して半年後に結婚式をあげることになり、ルイスが住んでいるエルランド伯爵家のタウンハウスに同居するためにやってきたルシア。
それでも帰ってこない夫に泣くことも怒ることも縋ることもせず、非道な夫を庇い続けるルシアの姿に深く同情した使用人たちは遂に立ち上がる。
この作品は小説家になろう及びpixivでも掲載しています
ホットランキング1位!ありがとうございます!皆様のおかげです!感謝します!
放蕩公爵と、いたいけ令嬢
たつみ
恋愛
公爵令嬢のシェルニティは、両親からも夫からも、ほとんど「いない者」扱い。
彼女は、右頬に大きな痣があり、外見重視の貴族には受け入れてもらえずにいた。
夫が側室を迎えた日、自分が「不要な存在」だと気づき、彼女は滝に身を投げる。
が、気づけば、見知らぬ男性に抱きかかえられ、死にきれないまま彼の家に。
その後、屋敷に戻るも、彼と会う日が続く中、突然、夫に婚姻解消を申し立てられる。
審議の場で「不義」の汚名を着せられかけた時、現れたのは、彼だった!
「いけないねえ。当事者を、1人、忘れて審議を開いてしまうなんて」
◇◇◇◇◇
設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。
本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。
それを踏まえて、お読み頂ければと思います、なにとぞ。
R-Kingdom_8
他サイトでも掲載しています。
毒吐き蛇侯爵の、甘い呪縛
卯崎瑛珠
恋愛
カクヨム中編コンテスト 最終選考作品です。
第二部を加筆して、恋愛小説大賞エントリーいたします。
-----------------------------
「本当は優しくて照れ屋で、可愛い貴方のこと……大好きになっちゃった。でもこれは、白い結婚なんだよね……」
ラーゲル王国の侯爵令嬢セレーナ、十八歳。
父の命令で、王子の婚約者選定を兼ねたお茶会に渋々参加したものの、伯爵令嬢ヒルダの策略で「強欲令嬢」というレッテルを貼られてしまう。
実は現代日本からの異世界転生者で希少な魔法使いであることを隠してきたセレーナは、父から「王子がダメなら、蛇侯爵へ嫁げ」と言われる。
恐ろしい刺青(いれずみ)をした、性格に難ありと噂される『蛇侯爵』ことユリシーズは、王国一の大魔法使い。素晴らしい魔法と結界技術を持つ貴族であるが、常に毒を吐いていると言われるほど口が悪い!
そんな彼が白い結婚を望んでくれていることから、大人しく嫁いだセレーナは、自然の中で豊かに暮らす侯爵邸の素晴らしさや、身の回りの世話をしてくれる獣人たちとの交流を楽しむように。
そして前世の知識と魔法を生かしたアロマキャンドルとアクセサリー作りに没頭していく。
でもセレーナには、もう一つ大きな秘密があった――
「やりたいんだろ? やりたいって気持ちは、それだけで価値がある」
これは、ある強い呪縛を持つ二人がお互いを解き放って、本物の夫婦になるお話。
-----------------------------
カクヨム、小説家になろうでも公開しています。
王宮の万能メイド、偏屈魔術師を餌付けする
葉山あおい
恋愛
王宮で働く勤続八年のメイド、エレナ・フォスター。仕事は完璧だが愛想がない彼女は、いつしか「鉄の女」と呼ばれ恐れられていた。
そんな彼女に下された辞令は、王宮の敷地内にありながら「魔窟」と呼ばれる『北の塔』の専属メイドになること。そこの主である宮廷魔術師団長・シルヴィス・クローデルは、稀代の天才ながら極度の人嫌い&生活能力ゼロの偏屈男だった!
ゴミ屋敷と化した塔をピカピカに掃除し、栄養失調寸前の彼に絶品の手料理を振る舞うエレナ。黄金色のオムレツ、とろける煮込みハンバーグ、特製カツサンド……。美味しいご飯で餌付けされた魔術師様は、次第にエレナへの独占欲を露わにし始めて――?
意地悪な聖女や侯爵夫人のいびりも、完璧なスキルで華麗に返り討ち。平民出身のメイドが、身分差を乗り越えて幸せな花嫁になるまでの、美味しくて甘いシンデレラストーリー。
【完結】一番腹黒いのはだあれ?
やまぐちこはる
恋愛
■□■
貧しいコイント子爵家のソンドールは、貴族学院には進学せず、騎士学校に通って若くして正騎士となった有望株である。
三歳でコイント家に養子に来たソンドールの生家はパートルム公爵家。
しかし、関わりを持たずに生きてきたため、自分が公爵家生まれだったことなどすっかり忘れていた。
ある日、実の父がソンドールに会いに来て、自分の出自を改めて知り、勝手なことを言う実父に憤りながらも、生家の騒動に巻き込まれていく。
【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。
扇レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋
伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。
それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。
途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。
その真意が、テレジアにはわからなくて……。
*hotランキング 最高68位ありがとうございます♡
▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス
令嬢から成り下がったメイドの分際で、侯爵様と目が合ってしまって
真好
恋愛
彼はメイドの私に手を差し出した。「私と、踊っていただけませんか?」
かつては公爵令嬢として、誰もが羨む生活を送っていたエルナ。
しかし、国家反逆罪で家は没落し、今は嫌な貴族の下で働く「身分落ち」のメイド。
二度と表舞台に立つことなどないはずだった。
あの日の豪華絢爛な舞踏会で、彼と目が合うまでは。
アルフォンス・ベルンハルト侯爵。
冷徹な「戦場の英雄」として国中の注目を集める、今もっともホットで、もっとも手が届かない男。
退屈そうに会場を見渡していた彼の視線が、影に徹していた私を捉えて。
彼は真っ直ぐに歩み寄り、埃まみれの私に手を差し出した。
「私と、踊っていただけませんか?」
メイドの分際で、英雄のパートナー!?
前代未聞のスキャンダルから始まる逆転劇。