レシピの見つけ方 〜旅するお菓子ノート〜

武内れい

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第一章:画面を抜けて

14、背中で語るひと(後半)

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 次の日曜日、私はお昼すぎにパティスリーツチヤを訪れた。
 厨房の前に立つと、ガラスの向こうに奏汰くんの姿が見えた。

「あ、ことりちゃん。今日、見学する?」

 高橋美咲さんが声をかけてくれた。

「うん……いいの?」

「土屋さん、今日はカヌレを焼くって。見ていくといいよ」

 私はうなずき、裏手から厨房に案内された。
 中は甘くて香ばしい匂いで満ちている。
 奏汰くんがエプロン姿で、粉の計量をしていた。

「お、来たんだ。カヌレ、やるとこ」

 私は少し緊張しながら、土屋さんの近くに立った。
 白く光る厨房の中で、土屋さんは何も言わずに、鍋を火にかけていた。

(これが、奏汰くんのお父さん……)

 目の前で動く背中は、静かに、でも力強く語っていた。
 鍋の中では牛乳とバターが溶け合っている。
 火加減は微妙。強すぎれば焦げるし、弱すぎれば温度が上がらない。

「このへんで火を止める。小さな泡が出て、バターが沈んできたら、ちょうどいい」

 土屋さんの声は、低くて落ち着いていた。
 私は思わずうなずいた。

「はい」

「大事なのは、温度と時間。それと、手を止めないことだ」

 卵黄と砂糖を混ぜ、小麦粉をふるい入れる。
 さっきの液体をゆっくり加えて、泡立てないように混ぜていく。

(簡単に見えるけど……)

 ひとつひとつの手つきに迷いがない。
 奏汰くんも隣で黙って見ている。

 土屋さんは、生地を冷蔵庫に入れると、時計を見ながらつぶやいた。

「明日の朝まで寝かせる。材料に、話をさせる時間」

 私は思わずメモ帳を開いた。

 〈材料に、話をさせる時間〉

(材料って……しゃべるの?)

 奏汰くんが小声で言った。

「親父、よくそう言うんだ。バターの機嫌が悪いとかさ」

 私はふっと笑った。

「でも、なんかわかるかも。焼きたてのフィナンシェ、昨日よりちょっと違ってた。香りがやわらかいというか……」

 ツチヤさんは何も言わず、黙って頷いた。
 その姿に、私の胸がまた少し熱くなった。

 休憩時間、美咲さんがコーヒーと牛乳を持ってきてくれた。
 テーブルに座って、私は奏汰くんとお菓子作りの話を続けた。

「お父さん、ずっとこんなふうに働いてるの?」

「うん。毎朝4時に起きて、パン焼いて、昼は配達、夜まで厨房。たまに機嫌が悪くても、手だけは止まらない」

「かっこいいね」

 奏汰くんはちょっと照れたように笑った。

「昔はいやだったよ。ぜんぶ仕事仕事で。運動会も来たことないし」

 私は少しうつむいて言った。

「でも……奏汰くん、お父さんのこと見てるんだね。ちゃんと」

「最近、少しだけわかってきた。口で言わなくても、菓子で語る人なんだなって」

 私はカップを両手で包みながら、しみじみと思った。

(お菓子って、レシピじゃなくて、その人の時間や気持ちが入ってるんだ)

 帰り道、私はふと、ふたりで作業したことを思い出した。
 何気なく測った材料、たった数グラムの違いで、味も食感も変わってしまう。

(お菓子って、こわいな。でも、だからこそやってみたい)

 ノートに書いたレシピを見返しながら、私はつぶやいた。

「いつか、私も背中で語れるようになりたいな」

 奏汰くんがふっと横を見た。

「……なると思うよ。ことりのノート、言葉だけじゃないもん。気持ちが書いてある」

 照れくさくて、私は空を見上げた。

 高く、青く、どこまでも広がる空。
 そこに、焼き菓子の匂いがほんの少し、混じっているような気がした。
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