レシピの見つけ方 〜旅するお菓子ノート〜

武内れい

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第一章:画面を抜けて

15、ノートとノート(前半)

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 日曜日の午後、公園のベンチに座っていると、奏汰くんが手にノートを持ってやってきた。

「これ、おれのノート。」

 彼が差し出したのは、黒いゴムバンドで留められたシンプルなノート。
 表紙には何の絵も文字もなくて、学校の連絡帳みたいなのに、なぜか手に取ると少しだけ緊張した。

「味の記憶、っていうか、メモ。家で食べたもの、試作したお菓子、旅先で食べたパンとか、思い出と一緒に書いてるだけ」

 奏汰くんはさりげなく言ったけれど、私にとっては誰かのノートを見せてもらうなんて、ちょっと特別なことだった。

「ありがとう。見てみるね」

 パラパラとめくっていくと、きれいな字と、細かい図、そして時々貼られたレシートの切れ端や包み紙のラベル。

 ──たとえば、こんなページがあった。

 〈2024年12月24日

 品名:ガトーショコラ(母さんの好きだった味)

 場所:祖母の家/午後3時頃

 記録:外はしっかり、中はややレア。冷蔵で一晩寝かせていたため、ねっとり感が増していた。カカオ70%使用と聞いたが、酸味はほとんどなく、香りが残る。甘さ控えめ。父いわく、母はこれを冬になると毎年1回は買ってきていたらしい。理由を訊いたら、「あの人、クリスマスは必ずこの味じゃないとって言ってたんだよ」と笑ってた。

 メモ:来年、自分で再現してみたい。ポイントは焼きすぎないこと、使うチョコの選び方。〉

 読み終えたあと、私はそっとノートを閉じた。

「すごい……ちゃんと味のこと、覚えてるんだね」

「おれ、あんまり写真撮らないんだ。代わりに、こうやって感じたことをメモしておく。うち、母さん早くに亡くなってるんだけど、何食べてたかって、意外と誰も覚えてなかったんだよ。だから、食べるたびにちゃんと記録するって決めた」

 奏汰くんの声は落ち着いていて、特別な話をしてるって感じじゃなかった。
 でも、そのぶん、心に残った。

「……ことりは?」

「え?」

「ことりのノート、見せてくれない?」

 私はちょっと迷った。
 私の〈旅するスイーツノート〉は、まだまだ下手な文字でいっぱいだし、表紙も手書きでシールをベタベタ貼っていて、子どもっぽいって思われるかもしれなかった。

 でも──さっき、奏汰くんがお母さんの好きだった味を見せてくれたのを思い出して、私はそっとカバンの中からノートを取り出した。

「……いいよ」

 私のノートは、黄緑のリングノート。
 表紙には、マスキングテープで〈旅するスイーツノート〉と手書きしてある。
 中を開くと、カラーペンで書かれたタイトルや、焼き菓子のイラスト、感想メモがページを埋めていた。

「これは、パティスリーツチヤで買ったマドレーヌ・シトロン。レモンの香りが口いっぱいに広がって、でも苦くないの。中のしっとり感は、たぶんアーモンドパウダーと蜂蜜が入ってるからって思って、材料を調べて……ほら、ここ」

 私はページをめくりながら、夢中で説明していた。

 奏汰くんは、静かにうなずきながら見ていた。

「へえ。図まで描いてるんだね。これ、断面図?」

「うん。口に入れたときの感覚を時間で書いてみたの。最初は甘いけど、しばらくしてからレモンの酸っぱさが来るなって思って……」

「面白いね。同じもの食べても、おれは材料と技術に目が行くけど、ことりは感じたことを大事にしてるんだ」

「……違うのかな?」

「いや、違っていいと思う。同じ味でも、見え方が違うってことだよ」

 私は思わず笑ってしまった。
 うれしい気持ちが、心の奥からじわっと湧いてきた。
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