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第一章:画面を抜けて
16、ノートとノート(後半)
しおりを挟む公園のベンチを離れたあと、私はなんだか胸が熱くなったまま、家に帰った。
カバンの中のノートが、いつもより少し重く感じる。だけどその重さが、今は好きだった。
部屋に戻って机にノートを広げると、私は新しいページをめくった。
──今日、奏汰くんのノートを読んだ。
その書き出しから、私は自分の気持ちを少しずつ書いていった。
〈誰かが食べたものを、誰かが覚えていて、それが記録になるって不思議〉
〈おいしかったって気持ちを、誰かに残したいって思ったの、私もだ〉
今まで、自分のノートはお菓子のことだけって思ってた。
味、材料、かたち、香り。
でも今日、奏汰くんのノートを見て、思い出や誰かの気持ちも、味の一部なんだって思った。
ふいに、リビングから湯気の音が聞こえてきた。
母が夕食の支度をしている。私はその匂いに誘われて、台所に足を運んだ。
「ねえ、ママ。昔、好きだったお菓子ってある?」
「うーん……小学生のころね、おばあちゃんがくれた麦こがしクッキーかな。甘すぎなくて、粉の味がしっかりしてて」
「それ、作れるかな?」
「どうだろう。材料さえわかれば、近いのはできるかも」
私は急いでメモ帳を取りに行って、母の思い出話を聞きながら、メモを取った。
その夜、私はさっそくレシピを調べてみた。
麦こがしは、はったい粉とも呼ばれる炒った大麦の粉。
香ばしい風味が特徴で、昭和の時代にはよく使われていたらしい。
スーパーにはあまり置いてないけれど、自然食品のお店やネットでは買えるらしい。
私は新しいページに〈はったい粉クッキーの計画〉と書いて、材料をメモした。
【麦こがしクッキー(母の記憶ver.)】
はったい粉:80g
薄力粉:40g
きび砂糖:30g
菜種油:40g
牛乳:30g
ボウルに粉類を入れて混ぜる
砂糖、油、牛乳を加えてひとまとめにする
好きな形にして、170℃のオーブンで15分焼く
そのレシピの隣に、私はこんなふうに書き添えた。
〈お母さんの好きだった味って、すてきだな。私は、お母さんの覚えていたい味を作ってみたい。いつか、だれかにこれ、私のお母さんが好きだったんだって言えるお菓子を〉
数日後、放課後。
図書室の帰りに、奏汰くんと駅前のベンチでまた会った。
「この前のマドレーヌ、真似して作ってみた」
奏汰くんが見せてくれたノートには、自分で焼いたマドレーヌの断面図、焼成時間の違いによる食感の変化、そして──
〈ことりのノート見て、断面図描くのもアリだなって思った〉
って書かれていた。
「えっ、私の……? でも、あれ、ほんと子どもっぽいって思ってたし」
「全然。逆にすごいって思った。時間で味を描くってさ、面白い。だから、おれもやってみた」
奏汰くんは、少し照れくさそうに笑った。
私はまた、胸の奥がぽっと温かくなった。
誰かが真似してくれるって、こんなにうれしいんだ。
「……私も、奏汰くんの思い出メモみたいなの、書いてみようかな」
「いいじゃん。思い出って、いつも誰かとくっついてるし」
「うん。じゃあ、これから〈ことりの思い出レシピ〉ってコーナー作ろうっと」
二人で笑ったあと、ノートを閉じる音が、心地よく響いた。
その日の夜、私はことりノートの表紙をそっとなぞってみた。
〈旅するスイーツノート〉という文字の下に、新しい副題を書き加えた。
〈味と想いと、私の小さな世界〉
そう書いて、私はにっこり笑った。
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