灯びの系譜ー静寂なる闇に芽吹くもの

武内れい

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第2章:まなざしの檻

番外編:研究者たちの茶会(後半)

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「……それにしても、あの子の粘膜の反応は、予想以上だったわ。」

 マリセラ・ノクティスが、指先でカップをなぞりながら何気なく口にした。
 艶やかな黒髪が緩やかに肩に流れ、その双眸には興味と愉悦が静かに浮かぶ。

「薄い膜一枚を割くだけで、微細な痙攣が数秒続いたの。触れただけで震えるあの柔らかさ――…極めて敏感で、美しい構造だったわ。」

「その感覚は、どの部位でも?」
 ラウル・アイゼンヴァルトが静かに問う。

「ええ。口腔内も、耳腔も、胸部も、すべて均一に繊細だった。裂けても、舐めても、すぐに再生してしまうのは残念だけれど。」
 マリセラは僅かに笑い、冷めゆく紅茶をゆっくりと口に含んだ。

「内壁を専用の器具で拡張してみたが、僅かに息が乱れた程度で、声帯の震えにすぐ戻る。」
 アルベロス・ニクトヴァルトが退屈そうに付け足す。
「私は、声の質に興味がある。……苦痛時の振幅が、どうも一定に保たれすぎている。」

「なるほど。」
 ロザヴェル・ノクテインが目を細める。
「壊れ方が均質であるのは、構造美としても優秀ね。皮膚断面も、本当に、ねっとりと滑らかに割れる。」

「ねじれの耐性はどうだった?」
 バラカン・フォルンシュタールが、厚い指でカップを回しながら低く尋ねる。

「腰椎の可動域を超えても、瞬時に筋収縮が回復した。」
 ラウルが書類に視線を落としたまま、平坦に答える。
「生殖器の反転時も、血流の回復が速すぎる。通常なら壊死するはずだ。」

「私は内壁に高熱を与える薬剤を塗布したわ。」
 マダム・ヘレヴラ・ノワレンヌが、香りを楽しむように紅茶をひと口含む。
「最初の接触では逃避反射が強く出たけれど……繰り返すうちに、身体はその刺激を待つようになった。まるで疼きが疼きを呼ぶように。」

「ふむ。」
 バラカンの喉が僅かに震える。

「筋収縮も呼吸も、薬剤に即応する柔軟性があった。」
 アルベロスが、退屈そうに続ける。
「試しに、左右の股関節を逆方向に捻ってやったが、悲鳴の音程は一切ぶれなかった。面白いのは……その最中にも生理的な反応が持続していたことだ。」

「薬剤が感覚強化を促したのかしら?」
 ロザヴェルが、どこか楽しげに問う。

「おそらく、身体が刺激に適応しすぎたんだろう。」
 ラウルがさらりと返す。

「私は背部に熱源を当ててみたけれど、仰け反ったあとに、ふっと脱力して受け入れたわ。」
 マダム・ヘレヴラが艶やかに笑う。
「その姿が……本当に、あの子らしくて。」

「皮膚表面の色彩も興味深い。」
 マリセラが静かに続ける。
「痛みの強度に比例して、乳頭や粘膜部の色が鮮やかに変化するの。血流制御の速さは、今までの被検体の比じゃないわ。」

「私は……」
 バラカンが、ゆっくりと語り出す。
「腰椎を何度も圧迫し、腹部を締め付けた。……だが、あの子は膝を立て、震えながらも、私の腕を掴んだんだ。」

「抵抗?」
 ラウルが眉を動かさずに問う。

「違う。ただ……あの子は、そこに何かを求めているようだった。」
 バラカンの低い声が、わずかに震えた。

「……依存かしら。」
 マダム・ヘレヴラが微笑する。

「あるいは、理解し得ない快楽の形。」
 ロザヴェルが指を絡める。

「私は耳を潰した時の反応が好きだわ。」
 マリセラが、さらりと述べる。
「聴覚を奪っても、彼は視覚情報にすぐ適応するの。でも……一瞬、彼の目に、すごく澄んだ絶望が浮かぶの。」

「目……か。」
 アルベロスが静かに呟く。
「私は次、視覚領域を重点的に確認したい。」

「その点についてなら、私も一つ、興味深い記録がある。」
 静かに声を挟んだのは、グラエリン・ヴェインだった。
 黒衣の彼は、一連の報告を静観し続けていたが、ようやく記録簿を閉じた。

「私は脳内に微細な興奮促進剤を投与した上で、映像刺激を与えた。結果――彼は薬剤の影響を受けたまま、快と不快の境界を急速に曖昧にしていった。」

「曖昧に?」
 ロザヴェルが身を乗り出す。

「そう。薬剤が引き起こす強制的な快感と、肉体の痛覚反応が入り混じったとき――彼は、刺激に対して微笑したんだ。」

「笑ったのか。」
 バラカンが低く呟く。

「ええ。」
 グラエリンの声はどこまでも静かだった。
「本能では嫌悪しているはずの刺激に対して、条件反射的に快感を重ねるように――まるで、それが救いであるかのように。」

「……実に面白い。」
 マダム・ヘレヴラが艶やかに笑う。

「彼は、痛みと快感を同時に学んでしまった。」
 ラウルが、淡々とまとめる。

「それが、彼の価値だ。」
 ロザヴェルが静かに締めくくる。

 冷えきった紅茶を誰も気に留めることなく、彼らは次の実験の段取りを、また滑らかに語り合い始めた。

 その会話は、まるで午後の天気のことを語るかのように、穏やかで、恐ろしいほど日常的だった。
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