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第2章:まなざしの檻
37、星のない夜(前半)
しおりを挟む昼食の時間。ざわめく声が小さな波のように食堂を満たしていた。
私はスプーンを握りしめたまま、ぼんやりと周囲に耳を澄ませる。
「……また一人、いなくなったらしいよ」 「……北棟第七実験室、だろ」 「しっ、聞こえる……」
子どもたちの声は、テーブルの隙間や背中越しに、ひそやかに流れていく。
──北棟第七実験室。
私は、その言葉に心を捕らえられた。
「あそこに行った子は、誰も戻ってこないんだって」 「選ばれたら最後だよ……」
ひとりの少年が、震える指でスプーンを回しながら囁いている。
「でも……選ばれるって、どういうこと?」 「わからない……でも、連れていかれた子の名前は、最初からいなかったことになるんだって。監視官たちが、そう言うらしいよ」
耳を澄ませるほどに、子どもたちの間に広がる恐怖と諦めが、黒い靄のように漂っていた。
私は無意識に立ち上がり、トレイを下げると、足早にルーカンのもとへ向かった。
ルーカンは、食事を終え、無言で水を飲んでいた。
「ねえ、北棟第七実験室って、何?」
彼は視線を上げず、コップを置く音だけが響いた。
「噂で聞いたの。あそこに行った子は戻らないって。……本当?」
ルーカンはゆっくりと顔を上げ、私の目をまっすぐに見た。
「忘れろ。」
短く、低く、まるで冷たい刃のようにその言葉が落ちた。
「でも──」
「……あそこに入ったら、もう終わりだ。」
ルーカンの声は静かだったが、その奥に微かに震えるものをミナは感じ取った。
「ミナ、お前は関わるな。……いいな?」
冷たい響きのなかに、ルーカンなりの優しさが滲んでいた。彼はそれ以上何も言わず、背を向けて去っていった。
私は、彼の残した言葉の重さに立ち尽くした。
北棟第七実験室──そこには、近づいてはいけない理由がある。
ふと、過去の一瞬を思い出した。
──倫が、北棟の階段をのぼっていく姿。
北棟のその階には、第七実験室しかないらしい。そしてそこに通じる階段を上れば、辿り着くのは北棟第七実験室の扉だけ。
私は、何度もその光景を見ていた。
倫はいつも、あの階段を迷いなく上り、北棟第七実験室へと入っていった。
だが、彼は何事もなかったように戻り、いつもと変わらず、私に笑いかけていた。
なぜ彼だけが、あの場所に入って、戻ってこれたのだろう。
倫は、本当に普通の子どもなのか──?
疑念が私の胸をひそやかに満たしていく。
廊下を歩くと、マダム・ノワレンヌとすれ違った。
彼女は子どもたちに一瞥もくれず、書類を捲りながら、すっと通り過ぎる。
その横顔は、まるで部品を検査するように冷たい。
まるで、私たちが人間ではないかのように。
さらに角を曲がると、グラエリン・ヴェインが廊下の端に立ち、子どもたちを静かに観察しながら、ノートに何かを書き込んでいるのが見えた。
彼は時折、子どもたちの名前を呼び、事務的で抑揚のない声で出席を取っている。
しかし、その行為は、マダムの冷たい無関心とは異なり、わずかに人間らしさを残しているようにミナには映った。
私は、マダムの冷たい距離感と、グラエリンの淡い記録の仕方を、どこか対照的に感じた。
──けれど、彼らにとって、私たちは資材でしかない。
誰も助けてくれない。誰も気に留めない。そう思うたび、私の中に小さな恐怖が根を下ろしていく。
それでも、どうしても知りたい。あの北棟第七実験室のことを──倫のことを。
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