灯びの系譜ー静寂なる闇に芽吹くもの

武内れい

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第3章:霧の向こうで

48、青の手ほどき(後半)

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 木登りのあとの私たちは、少し汗ばんだ頬にそよぐ風を心地よく感じながら、森の中を歩いていた。

「次は何するの?」

 レオが倫の袖を軽く引っ張りながら、期待に満ちた瞳で問いかける。

 倫は微笑を浮かべたまま、小さく首を傾げる。「次は、ちょっとだけ難しい遊びだ。」

「またご褒美ある?」
 イザベルが目を輝かせる。

「あるよ。でも、今度はちょっと頑張らないと手に入らない。」

 そう言って、倫はゆっくりと歩き出す。
 私たちはその背中を自然と追いかけた。

 しばらくして、倫が立ち止まった。そこには、いくつもの石が転がる小さな沢があり、水音が涼やかに響いている。

「ここで『色探し』の続きをしよう。今度は――赤だ。」

「赤?」
 レオが森を見渡す。「このあたり、あんまり赤いものないよ?」

「だから面白いんだよ。」

 倫は、そう言って微笑んだ。

「ヒントは……風と一緒に動くもの。」

 私たちは顔を見合わせ、一斉に辺りを探し始める。

 私は、赤い花や実を探して木々の間を歩いた。けれど、目につくのは緑と茶ばかり。赤はどこにも見当たらない。

 ふいに、ざわり、と風が吹いた。

 その瞬間、私の目に何かが飛び込んでくる。
 小さくて、細長くて、ゆらゆらと揺れる――赤いリボン。

「あっ……」

 私は思わず声を漏らし、駆け出した。風に揺れるそれは、木の枝に引っかかっている。

「見つけた!」

 私が手を伸ばしかけたとき、背後から足音が聞こえた。

「ミナ、それ――」

 振り返ると、倫が静かに立っていた。

「それは取らなくていいよ。」

「え……?」

「それは、わざと置いてある。取ろうとすると、簡単に落ちて濡れた地面に触れてしまう。」

 倫は私の隣まで歩いてきて、枝を指差した。

「見るだけでいい。時には、触れないことが正しい選択なんだ。」

 私は、戸惑いながらも手を引っ込めた。

「レオやイザベル、ニコラが探しているのも、いくつかは『取れる』ものだけど、中には『取っちゃいけない』ものも混ぜてある。」

 倫の声は穏やかだったけれど、私はその言葉の裏に、何か冷たいものを感じた。

「……どうして、そんなことするの?」

 私の問いに、倫はゆっくりと目を細めた。

「これは、選ぶ遊びなんだ。」

「選ぶ……?」

「欲しいものを全部手に入れようとすると、時に誰かを傷つけたり、自分が痛い目に遭ったりする。だから、どれを選ぶか、どれを諦めるか、それを知る遊びだよ。」

 私は息を飲んだ。

 倫は、ただの遊びをしているんじゃない。
 彼は、私たちに――何かを教えようとしている。

「でも……私たちは、どうしてそれを覚えなきゃいけないの?」

 倫は少しだけ視線を下げ、私にだけ聞こえる声で呟いた。

「ここで生きていくために、必要だから。」

 その言葉に、私の心の奥がひやりと冷えた。

 倫は、もっと大きな何かを知っている。
 私たちがまだ知らない、ここで生きるということの、厳しさを。

「でも、大丈夫。」

 倫は笑った。その笑顔はあたたかいけれど、やっぱり少し遠かった。

「僕は、君たちを守るために、こういうことを教えているんだよ。」

 私は、その言葉を信じたかった。信じようと思った。

 でも――ほんの少しだけ、不安の影が胸をよぎった。

「見つけた!」

 レオの声が響いた。

 私たちはそちらを振り向く。レオが誇らしげに、赤い紐のついた小さな木の実を掲げていた。

「これ、取ってもいいやつ?」

 倫は笑って頷く。「うん、それはご褒美だ。」

 レオは嬉しそうに、それを手のひらに乗せる。

 イザベルも、ニコラも、いくつかの『正解』を見つけて戻ってきた。

 倫は一人ひとりに、ご褒美として色とりどりのキャンディを配った。
 私は、赤いキャンディを受け取る。

 舌の上に乗せると、甘酸っぱい味が広がった。

「倫は、どうして色を探させるの?」

 私が思い切って尋ねると、倫はふと空を見上げた。

「色は、世界を知る手がかりだから。」

「手がかり?」

「うん。ここには、たくさんの色がある。でも、どの色を大事にするかは、人それぞれ違う。」

 倫は静かに言葉を続けた。

「君たちが、どんな色を追いかけるのか。どんなものを選んで、どんなものを手放すのか。――それを僕は、見ている。」

 私たちが選んだものが、私たち自身を映す。

 そんなこと、今まで考えたこともなかった。

 でも――きっと倫は、最初からそのつもりだったのだろう。

 遊びのふりをして、私たちに教えている。

 選ぶということ。諦めるということ。正解も間違いも、自分で見分けること。

 そうやって、私たちは少しずつ、倫に『手ほどき』を受けていたのだ。

「そろそろ戻ろうか。」

 倫の声に、私たちは頷いた。

 帰り道、木漏れ日が揺れていた。

 私は、青いキャンディと赤いキャンディを、それぞれポケットにしまう。

 口の中には、まだほんのりと甘さが残っている。

 選ぶということが、こんなに静かで、こんなに深いものだとは、私はまだうまく飲み込めていなかった。

 でも、きっと――
 私はこれから、何度もこの『遊び』を繰り返すのだろう。

 倫の笑顔の意味に、もっと近づくために。

 青と赤の間で揺れながら、私の小さな選択は、ゆっくりと積み重なっていく。

 風が、そっと私たちの背中を押した。

 そしてまた、私たちは、次の遊びへと歩き出した。
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