71 / 120
第4章:鏡に映る心の影
65、交わる日常(前半)
しおりを挟む曇り空は重く、どこまでも低く垂れ込めていた。
灰色の雲が島を覆い、時おり、遠くでくぐもった雷鳴が響く。湿った風が吹き、潮と薬品、湿った土の匂いが絡み合って、私たちの皮膚にまとわりついて離れない。
昼食を終えた私たちは、午後の作業に向かっていた。
この時間帯は、監視官たちがほとんど姿を現さない。けれど、目が離されているわけではない。どこかから、誰かに見られている。
私はそれを、空気のひんやりとした重さで感じ取っていた。
「ミナ、こっち。」
ルーカンが、振り返りもせずに私を呼ぶ。
彼の声はいつも静かで、少し低い。だけど、その声には、ちゃんと私たちを気にかけてくれている響きがあった。
私は小さく頷いて、彼の背を追った。
畑に着くと、レオはもう作業を始めていた。
土をかき混ぜながら、私たちを振り返り、ニッと笑う。
「おっそいぞ、ふたりとも。もう半分終わった!」
「早すぎるんだよ、レオ。」
私は苦笑してしゃがみ込み、手袋越しに土を撫でた。湿った土の匂いがふわりと舞い、鼻先をくすぐる。
イザベラは相変わらず、泥遊びみたいに手をぐしゃぐしゃと動かしていて、レオがすぐに駆け寄った。
「ほら、イザ、そこは抜いちゃだめだって!」
「えへへー。」
イザベラは笑って、ちっとも反省していない。
ニコラは、慎重に薬草を摘もうとして、何度も途中でちぎってしまっていた。
レオが隣で教えながら、さりげなく手伝っている。
私は、その光景を眺めながら、静かに土を掘り返していく。
――ほんの少しだけ、ここが穏やかに思えた。
そんな時だった。
「こんにちは。」
その声に、私は指を止めた。
振り向くと、宮乃が立っていた。
曇り空の下でも、彼女の雰囲気はどこか柔らかく、輪郭が穏やかに見えた。
「みんな、がんばってるね。……手伝っても、いい?」
その一言で、私は少し戸惑った。
彼女と、ちゃんと話すのは――たぶん、これが初めてだった。
「いいよ!」
レオが、すぐに答えた。
彼は、宮乃に対して、最初からどこか素直だ。
彼女は私たちの輪に入ってきて、しゃがみ込み、ニコラとイザベラのそばで作業を始めた。
手つきは丁寧で、土を柔らかく撫でるように触れている。
「こうやって、根元を持って、そっと抜くと、きれいに取れるよ。」
彼女はニコラに見せて、ニコラは「すごい……」と目を丸くしていた。
イザベラも真似をしようとしたけど、やっぱりぐしゃっとつぶしてしまって、笑っていた。
「大丈夫、うまくいかなくてもいいんだよ。」
宮乃はイザベラの髪を優しく撫でて、にこっと微笑んだ。
私は――その様子を、じっと見ていた。
彼女は、あたたかくて、やわらかくて、すぐにでも打ち解けそうな人だった。
でも、どこかで、私の中に、探るような気持ちが芽生えていた。
「ねえ、どうして……ここにいるの?」
私が思い切って尋ねると、彼女は少し驚いたように瞬きをした。
「どうして……?」
「その……この島って、ふつう、来たくて来る場所じゃないから。」
私がそう言うと、宮乃はふっと視線を逸らして、遠くを見た。
まるで――誰かを、探すように。
私は、その目の行き先に気づいた。
「倫なら、今いないよ。」
レオが、唐突に言った。
「え……?」
宮乃は、少しだけ肩をすくめた。
「さっきから、きょろきょろしてたでしょ。もしかして、倫を探してた?」
レオは、どこか無邪気に、でもちょっとだけ鋭く聞いた。
「……うん。」
宮乃は、隠すことなく、あっさりと認めた。
「倫のこと、知ってるの?」
「知ってるよ。」
宮乃は、土を優しく撫でるようにしながら、ゆっくりと笑った。
「倫はね、私の大事なひと。」
その言葉に、みんなが一瞬、動きを止めた。
「……友達?」
ニコラが、ぽつりと尋ねた。
「うん。」
宮乃は、うなずいた。
「倫が呼んだ名前は、私だけ。だから、私も倫の、友達。」
彼女の笑顔は、本当に嬉しそうだった。
私は――それを見て、胸が少しだけ、ぎゅっとなった。
「倫、あんまり自分のこと話さないよ。」
私は、無意識に、そう言っていた。
「うん、そうだよね。」
宮乃は、少しだけ目を伏せて、それでも安心したように微笑んだ。
「でも、みんなは……倫のお友達、なんだね。」
その時の宮乃の顔は、本当に、ほっとしたみたいだった。
「倫が、ここでお友達を作ったんだって……なんだか、うれしい。」
その一言に、私の胸に、静かに何かが降りた。
イザベラが、ぱっと顔を上げた。
「わたしたち、みんなおともだちだよ!」
「うん!」
ニコラも、楽しそうに続けた。
「じゃあ、宮乃もおともだちだね!」
レオは、少しだけ目を細めて、じっと宮乃を見ていた。
「……ほんとに、倫の友達?」
「ほんとだよ。」
宮乃は、まっすぐにレオを見返した。
「昔から、ずっと。」
その声は、柔らかくて――だけど、どこか遠くの景色を思い出しているようだった。
私は、彼女が話している言葉より、その目の奥が気になった。
遠くを見るように、少しだけ寂しそうに、でもやっぱり、優しい目。
私は、彼女のことを――もっと、知りたくなった。
「これから、一緒に作業する?」
「いいの?」
「もちろん。」
私はそう答えた。イザベラも、ニコラも、にっこりと笑っている。
「よかった。」
宮乃は、そっと笑った。
その笑顔は、あたたかかった。
だけど私は、まだ心のどこかで、ほんの小さな棘みたいなものを抱えたままだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる