81 / 120
第4章:鏡に映る心の影
75、壊れた境界線(前半)
しおりを挟む昼の陽射しは、じりじりと肌を焼くほど強く、乾いた土からは、熱を含んだ匂いが立ち上っていた。
私たちは、学習室と畑を行き来しながら、今日も変わらない作業を続けていた。
けれど、その日常の風景の中に、ほんの少しだけ、何かがきしむ音が混ざっている気がしてならなかった。
倫と宮乃が、一緒にいる。
それは、もう当たり前のことになっていた。
どこにいても、何をしていても、倫は自然に宮乃と寄り添い、宮乃はいつも倫のそばにいた。
まるで他の誰も、彼らの視界に入っていないかのように。
宮乃は、倫の手をさりげなく取って、時折、彼の袖を直してあげたり、傷の上にそっと手を添えたりした。
倫も、それを拒むことはない。
むしろ、宮乃にだけは、素直に頼る姿を見せる。
私たちには、見せたことのない姿だった。
畑の土を掘り返しながら、私は無意識に倫を目で追っていた。
汗を流しながら、倫は黙々と鍬を振るっている。
真夏のような日差しの下で、彼の呼吸は浅く、腕は震えている。
それでも、倫は手を止めない。
「……無理してる。」
思わず口にすると、隣にいたルーカンが、低く鼻を鳴らした。
「無理してるの、いつもだろ。」
私は、唇を噛んだ。
「でも……あんなに……あんなに、がんばらなくても……。」
「がんばらないと、生き残れないんだって、あいつは、そう思い込んでる。」
ルーカンの声には、苛立ちと哀しみが混じっていた。
私も、胸の奥が締めつけられる。
倫が、私たちに頼ってくれたことなんて、一度もない。
いつも、彼は「僕がやる」と言って、すべてを引き受けてしまう。
無理をしても、傷ついても、笑ってごまかして、私たちには心配させないように、うまく隠してしまう。
私は、そんな彼を……どうしたって、放っておけなかった。
倫は、今も、顔をしかめながら鍬を振り続けている。
そのすぐ隣に、宮乃が立っている。
「倫、無理しないで。少し休んで。」
宮乃は、優しい声でそう言いながら、倫の額に浮かんだ汗をハンカチでそっと拭った。
倫は、わずかに目を閉じ、安心したように宮乃に体を預ける。
その距離は、あまりにも近くて。
私たちには、絶対に踏み込めない場所に見えた。
「……ずるいよ。」
気づけば、レオがぽつりと呟いていた。
私は、ハッと彼の方を振り返る。
レオの瞳には、言いようのない寂しさが宿っていた。
「ずるいよ……あの人ばっかり……倫に甘えてもらって……。」
私は、何も返せなかった。
きっと、私も……同じことを思っていたから。
学習室に戻ったとき、宮乃はいつものように倫の手当てをしていた。
倫の腕には、小さく裂けた傷が残っていた。
宮乃は、丁寧に消毒し、薬を塗り、包帯を巻く。
その手つきはとても優しく、迷いがなかった。
倫は、宮乃に触れられることを、自然に受け入れている。
「……もう慣れたよ。」
倫は、小さく笑った。
「でも、ありがとう。」
その言葉に、宮乃は、ほっとしたように目を細める。
私は、拳をぎゅっと握りしめていた。
私だって、倫の力になりたいのに。
私だって、守りたいのに。
どうして、私には……手を伸ばさせてくれないの。
どうして、あんなに優しい笑顔を、私たちには見せてくれないの。
私の胸の中で、どろどろとした焦りと悔しさが、ゆっくりと膨らんでいく。
その後、私はルーカンと物資庫で待ち合わせた。
ここは、冷たい石壁に囲まれていて、外の蒸し暑さとはまるで別世界だ。
倫は、物資の整理に来ることをわかっていた。
だから、私たちはここで待っていた。
「……今日は、ちゃんと言おう。」
ルーカンが、低く言う。
「全部、倫が抱える必要なんてないって。……俺たちだって、一緒に闘えるって。」
私は、小さく頷いた。
いつもなら、こういうことは、ルーカンが勝手に言い出して、私は戸惑ってしまうけれど……
今日は、私も、ちゃんと伝えたい。
倫に、守らせてほしいって。頼ってほしいって。
そのとき、物資庫の扉が静かに開いた。
倫が入ってきた。
後ろには、当然のように宮乃がついてくる。
「……倫。」
私が呼びかけると、倫は少しだけ驚いたように目を見開いた。
けれど、すぐにいつもの穏やかな笑みを浮かべた。
「ミナ、ルーカン。どうしたの?」
私たちは、視線を交わし、覚悟を決めるように、一歩踏み出した。
「倫、少し……話がしたい。」
倫は、少し戸惑ったように目を伏せ、ゆっくりと物資の箱を整理し始めた。
宮乃は、彼のすぐ横で黙って寄り添っている。
私は、唇を噛んだまま、どうしてもその距離が気になって仕方がなかった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる