灯びの系譜ー静寂なる闇に芽吹くもの

武内れい

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第4章:鏡に映る心の影

75、壊れた境界線(前半)

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 昼の陽射しは、じりじりと肌を焼くほど強く、乾いた土からは、熱を含んだ匂いが立ち上っていた。

 私たちは、学習室と畑を行き来しながら、今日も変わらない作業を続けていた。

 けれど、その日常の風景の中に、ほんの少しだけ、何かがきしむ音が混ざっている気がしてならなかった。

 倫と宮乃が、一緒にいる。

 それは、もう当たり前のことになっていた。

 どこにいても、何をしていても、倫は自然に宮乃と寄り添い、宮乃はいつも倫のそばにいた。

 まるで他の誰も、彼らの視界に入っていないかのように。

 宮乃は、倫の手をさりげなく取って、時折、彼の袖を直してあげたり、傷の上にそっと手を添えたりした。

 倫も、それを拒むことはない。

 むしろ、宮乃にだけは、素直に頼る姿を見せる。

 私たちには、見せたことのない姿だった。

 畑の土を掘り返しながら、私は無意識に倫を目で追っていた。

 汗を流しながら、倫は黙々と鍬を振るっている。

 真夏のような日差しの下で、彼の呼吸は浅く、腕は震えている。

 それでも、倫は手を止めない。

「……無理してる。」

 思わず口にすると、隣にいたルーカンが、低く鼻を鳴らした。

「無理してるの、いつもだろ。」

 私は、唇を噛んだ。

「でも……あんなに……あんなに、がんばらなくても……。」

「がんばらないと、生き残れないんだって、あいつは、そう思い込んでる。」

 ルーカンの声には、苛立ちと哀しみが混じっていた。

 私も、胸の奥が締めつけられる。

 倫が、私たちに頼ってくれたことなんて、一度もない。

 いつも、彼は「僕がやる」と言って、すべてを引き受けてしまう。

 無理をしても、傷ついても、笑ってごまかして、私たちには心配させないように、うまく隠してしまう。

 私は、そんな彼を……どうしたって、放っておけなかった。

 倫は、今も、顔をしかめながら鍬を振り続けている。

 そのすぐ隣に、宮乃が立っている。

「倫、無理しないで。少し休んで。」

 宮乃は、優しい声でそう言いながら、倫の額に浮かんだ汗をハンカチでそっと拭った。

 倫は、わずかに目を閉じ、安心したように宮乃に体を預ける。

 その距離は、あまりにも近くて。

 私たちには、絶対に踏み込めない場所に見えた。

「……ずるいよ。」

 気づけば、レオがぽつりと呟いていた。

 私は、ハッと彼の方を振り返る。

 レオの瞳には、言いようのない寂しさが宿っていた。

「ずるいよ……あの人ばっかり……倫に甘えてもらって……。」

 私は、何も返せなかった。

 きっと、私も……同じことを思っていたから。

 学習室に戻ったとき、宮乃はいつものように倫の手当てをしていた。

 倫の腕には、小さく裂けた傷が残っていた。

 宮乃は、丁寧に消毒し、薬を塗り、包帯を巻く。

 その手つきはとても優しく、迷いがなかった。

 倫は、宮乃に触れられることを、自然に受け入れている。

「……もう慣れたよ。」

 倫は、小さく笑った。

「でも、ありがとう。」

 その言葉に、宮乃は、ほっとしたように目を細める。

 私は、拳をぎゅっと握りしめていた。

 私だって、倫の力になりたいのに。

 私だって、守りたいのに。

 どうして、私には……手を伸ばさせてくれないの。

 どうして、あんなに優しい笑顔を、私たちには見せてくれないの。

 私の胸の中で、どろどろとした焦りと悔しさが、ゆっくりと膨らんでいく。

 その後、私はルーカンと物資庫で待ち合わせた。

 ここは、冷たい石壁に囲まれていて、外の蒸し暑さとはまるで別世界だ。

 倫は、物資の整理に来ることをわかっていた。

 だから、私たちはここで待っていた。

「……今日は、ちゃんと言おう。」

 ルーカンが、低く言う。

「全部、倫が抱える必要なんてないって。……俺たちだって、一緒に闘えるって。」

 私は、小さく頷いた。

 いつもなら、こういうことは、ルーカンが勝手に言い出して、私は戸惑ってしまうけれど……

 今日は、私も、ちゃんと伝えたい。

 倫に、守らせてほしいって。頼ってほしいって。

 そのとき、物資庫の扉が静かに開いた。

 倫が入ってきた。

 後ろには、当然のように宮乃がついてくる。

「……倫。」

 私が呼びかけると、倫は少しだけ驚いたように目を見開いた。

 けれど、すぐにいつもの穏やかな笑みを浮かべた。

「ミナ、ルーカン。どうしたの?」

 私たちは、視線を交わし、覚悟を決めるように、一歩踏み出した。

「倫、少し……話がしたい。」

 倫は、少し戸惑ったように目を伏せ、ゆっくりと物資の箱を整理し始めた。

 宮乃は、彼のすぐ横で黙って寄り添っている。

 私は、唇を噛んだまま、どうしてもその距離が気になって仕方がなかった。
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