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第4章:鏡に映る心の影
76、壊れた境界線(後半)
しおりを挟む「倫、お願い……もう、一人で抱え込まないで。」
私は、できるだけ柔らかく、でも真剣にそう言った。
「私たちも、一緒にいるんだよ。私たちだって、助けになりたい。頼ってほしい。」
倫は、ほんの一瞬だけ手を止めた。
でもすぐに、いつものように微笑む。
「……ありがとう。でも、僕は大丈夫だから。」
その言葉が、一番私を傷つけた。
「どうして? どうしてそんなこと言うの……!」
声が震えた。
「ねえ、倫……もう、あなたが傷つくの、見たくないよ。」
「僕は、平気だよ。」
倫は、静かに、でもはっきりとそう言う。
「だって、僕がやれば、みんなが助かるんだ。」
「違う!」
今度は、ルーカンが声を荒げた。
「お前、いつもそうだよな。全部、自分一人で背負って、俺たちを蚊帳の外に置いて。」
「……違うよ、そんなつもりじゃない。」
倫の声が少しだけ揺れた。
「みんなのこと、信じてるよ。でも……僕は、僕の役目を果たしたいだけ。」
「役目?」
ルーカンが、低く唸る。
「そんなもん、誰が決めたんだよ。」
「僕が決めた。」
倫は、即答した。
「僕が、そうしたいって、決めたんだ。」
「じゃあ、俺たちの気持ちはどうなるんだよ!」
ルーカンが、つかみかかる勢いで前に出た。
「俺だって、ミナだって、レオだって……お前を助けたいんだよ! 一緒に傷ついて、一緒に耐えて、一緒に生きたいんだよ!」
倫は、一瞬だけ目を見開いた。
でも、その瞳には、どこか遠い場所を見つめるような静けさがあった。
「……ごめんね。僕には、それができないんだ。」
その言葉が、ひどく遠くに聞こえた。
「僕は、みんなを守りたい。でも、僕自身は……何も感じないから。」
倫が、ゆっくりと視線を落とした。
「痛いとか、苦しいとか……僕には、ないんだ。」
私の胸が、きゅっと苦しくなった。
倫は、誰よりも強く見えるのに、誰よりも遠いところにいたんだ。
「……だったら、どうして私たちが傷つくのは嫌なの?」
倫は、ほんの少しだけ視線を上げた。
「それは、宮乃が悲しむから。」
私は、一瞬、息を呑んだ。
「僕は、自分がどう思っているのか、わからない。でも……宮乃が悲しむと、僕も悲しい気がするんだ。」
「だから、僕はみんなを守りたい。だって、もし君たちが傷ついたら、きっと宮乃が悲しむから。」
私は、何も言えなかった。
そのとき、そっと私の肩に宮乃の手が置かれた。
「ごめんね、ミナちゃん。」
宮乃は、優しく微笑んでいた。
「私ね、倫くんの気持ちは、私の気持ちなの。」
「私は……倫くんが笑ってくれることが、私にとっての幸せなの。」
宮乃は、静かに倫の腕に触れた。
倫は、その手を自然に受け入れる。
「私と倫くんは、一緒に育った。だから、私が感じたことは、きっと倫くんの中にもあるの。」
「私は、嬉しいことも、悲しいことも、全部、倫くんに伝えてきた。」
宮乃は、ほんの少しだけ、でも確かに私たちに境界線を引くように続けた。
「私が感じることが、倫くんの感情なの。」
私は、胸の奥がぎゅっと痛んだ。
「……それって、本当に……それでいいの?」
宮乃は、優しく笑った。
「それが、私たちのかたちなの。」
「ミナちゃんたちが、大切な人たちだっていうことはわかってる。倫くんにとっても、きっとそう。」
「でも、私たちは……ずっと、こうだったの。」
ルーカンが、拳を握りしめた。
「ふざけんな……!」
「倫!」
ルーカンが掴みかかろうとしたその瞬間、宮乃が倫の前にそっと立った。
「ごめんね、今は……私が、倫くんのそばにいたいの。」
ルーカンは、唇を噛み、何も言えなくなった。
私は、その場から一歩も動けなかった。
倫は、またあの優しい笑顔で、私たちに背を向けた。
――私たちは、まだ、倫の本当の心に、踏み込めていない。
――まだ、越えられない。
私の胸の奥で、静かに軋む音が響いていた。
このままじゃ、だめだ。
私は、もっと――もっと、倫の近くに行きたい。
もっと、私を頼ってほしい。
私の心に、小さくて、でも確かな決意が芽生えていた。
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