灯びの系譜ー静寂なる闇に芽吹くもの

武内れい

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第4章:鏡に映る心の影

77、それでも、あなたを守りたい(前半)

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 夜の帳がゆっくりと施設を包み込む頃、私は慣れた足取りで秘密基地への入り口に向かっていた。古びた配管の影に隠された金属のパネルに手を触れると、ひんやりとした感触が指先に伝わる。
 鍵穴に鍵を差し込み、静かに回すと、金属の扉が軋む音を立てて開いた。埃と古い木の香りが入り混じった狭い隠し通路に足を踏み入れた瞬間、日中の緊張感がふっと溶けていくのを感じた。

 通路は狭く、蜘蛛の巣が目の前に揺れ、ひんやりと湿った空気が肌を撫でる。床のレンガが時折軋み、古びた壁にかすかな音が反響する。その狭い空間を抜けると、重厚な木の扉が目の前に現れた。
 鍵を開けて中に足を踏み入れると、そこはまるで時が止まったかのような古い洋館の一室だった。

 深紅の絨毯が床一面を覆い、柔らかな感触が足裏に伝わる。天井は高く、木の梁と石造りの壁が混ざり合い、重厚な空気が満ちていた。
 部屋の隅には埃をかぶった双眼鏡や、ひび割れた地球儀が静かに存在感を放っている。壁際の本棚には古びた厚い本がずらりと並び、隠し扉付きのワードローブが部屋の一角を占めていた。

 その場所は、誰にも知られず、誰も来ないはずの、私たちだけの隠れ家だった。ここに来ると、施設の冷たさや重苦しさから一瞬だけ逃れられる気がした。
 重ねた日々の疲れも、不安も、ここでは少しだけ溶けて消えてしまうようだった。

「ミナ、来たな。」

 突然の声に振り返ると、ルーカンが深刻な表情で立っていた。彼の瞳は夜の闇の中でも鋭く輝き、言葉には覚悟が込められていた。

「うん。」私はそう答えながら、胸の中に湧き上がる安心感を感じていた。

 やがて、レオが静かに部屋に入ってきた。彼はいつものように無言だったが、その瞳には秘密基地を見つけた時の誇らしさがちらりと光っていた。彼が最初に見つけたこの場所は、私たちのささやかな誇りだった。

「ニコラとイザベルは?」

「森の秘密基地でフィリックスたちと一緒にいる。ここに来るのは後だ。」ルーカンが静かに説明した。

 私は頷きながら、丸いテーブルに腰を下ろす。テーブルの上には色褪せた栞が挟まれた本が一冊置かれている。誰かがここで過ごした痕跡が、時の流れを感じさせて切なかった。

「ここは、私たちだけの居場所……」

 そう呟くと、胸が熱くなる。厳しい施設の生活の中で、こんなにも温かく自由な空間があることが奇跡のように思えた。

 しかし、その静けさの奥には、いつも緊張と不安が潜んでいる。倫が受けている拷問のような実験のこと。彼がなぜ誰にも助けを求めず、痛みを背負い続けるのか。それが私たちの心を重く締めつけていた。

「……ルーカン、私たち、このままでいいの?」

 私の声は震えていた。自分の無力さと、倫への想いが交錯し、胸が張り裂けそうだった。

 彼は私の手を強く握りしめ、まっすぐに目を見つめる。

「ミナ、俺たちは変わらなきゃいけない。倫が一人で背負い続けるなんて間違ってる。俺たちが守るんだ。」

 言葉は強く、でもその裏にある優しさが私の心に響いた。

「でも、どうやって……?」

 問いかける私に、彼は静かに答えた。

「わからない。だが、まずはここで話し合い、支え合うことから始めよう。」

 私は深く息を吸い込み、目の前の現実に向き合う覚悟を固めた。

 ここにいる全員が、それぞれの痛みや恐怖を抱えている。だけど、私たちはもう孤独じゃない。ここで繋がっているから。

 その夜、秘密基地の静かな空気は、私たちの決意を優しく包み込んだ。
 夜の闇は、施設の冷たさから逃れられる温かな闇だった。

 私はその闇の中で、いつか倫に本当の意味で守られたいと願いながらも、今は自分が彼を守りたいと強く思った。

 夜の静寂に包まれた秘密基地を後にし、私はそっと扉を閉めた。重厚な木の扉が軋みながら閉まる音が、周囲の暗闇に溶けていく。冷えた空気が隙間から入り込み、絨毯の繊維が足元でざわついた。

 隠し通路の埃っぽい空気が、肌にまとわりつく。蜘蛛の巣が私の頬に触れ、思わず顔をそむけた。狭い通路を抜けて、再び古びた金属パネルの前に立つと、慎重にそれを押し開けて外の廊下へ戻る。
 廊下の冷たい石壁が、まるで私たちの秘密を守るかのように、静かに影を落としていた。

 外は相変わらず風が強く、小雨がパラパラと頬を打つ。私たちは声をひそめながら、施設の外へと続く暗い階段を降りていく。足元の泥は深く、踏みしめるたびに靴が濡れて冷たくなった。

「気をつけて……」ルーカンが低く囁く。彼の視線は鋭く、周囲の闇に警戒を怠らない。

 私たちは互いに距離を詰め、沈黙のまま森へと向かって歩き出した。風に揺れる草木のざわめきと、小雨が葉を濡らす音だけが響く。
 時折、遠くから海の波音がかすかに聞こえ、それが暗い森の中で不思議な安らぎを与えてくれた。

 やがて木々の隙間から見える星空が、私たちの進む道を優しく照らし出す。森の中は昼間とは違い、静寂に満ちていて、私の胸に少しだけ余裕が戻ってきた。

「もうすぐ、あの場所に合流できる」レオが小さな声で言う。

「イザベルとニコラたちも待ってるんだよね」

 私は小さく頷き、森の闇に溶け込むように歩みを早めた。

 秘密基地を出て、冷たい石造りの世界から離れ、私たちはやっとほんの少しだけ自由な空間へと足を踏み入れたのだった。
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