灯びの系譜ー静寂なる闇に芽吹くもの

武内れい

文字の大きさ
112 / 120
第5章:優しさの仮面

86、最期の言葉(後半)

しおりを挟む
 個室の扉の隙間から、私はじっと息を殺し、見つめ続けていた。

 そこは月明かりだけが頼りの、薄暗く冷え切った空間だった。

 窓から差し込む銀色の光が、まるで静かな死神のように、宮乃の白い頬を冷たく照らし出す。

 その肌の温もりは、ひとつひとつ確かに失われていく。

 息を引き取るその瞬間が、どれほど遠いのか、どれほど切実に迫っているのか。

 私はただ、胸の中の痛みを押さえつけながら、そこにいた。

 遠くで波の音がかすかに響き、時折小さなさざ波が浜辺を打つ。

 その穏やかな音は、部屋の重苦しい空気とは対照的で、まるで遠い世界の出来事のように思えた。

 だが、ここは確かな現実。

 この場所で、宮乃は死ななければならなかった。

 どうして、誰のために、なぜ。

 その答えが見つからないまま、私の心は絶望に蝕まれていく。

 私は自分の胸の奥で、激しい怒りと悲しみが渦巻くのを感じた。

 宮乃の呼吸は浅く、弱々しくなり、ゆっくりと途切れそうになっていた。

 彼女の顔は安らかに見えたが、その瞳の奥には痛みと恐怖、そして何より無念が深く沈んでいた。

「なぜ、死ななければならないの……」

 私は何度もその問いを繰り返した。

 何度も何度も、心の中で叫んだ。

 答えは返ってこなかった。

 倫は宮乃の手を握り返し、いつものような微笑みを浮かべている。

 けれど、その瞳は深い哀しみに濡れ、壊れそうなほどの脆さを湛えていた。

 彼の笑顔は、まるで儚い蜃気楼のようだった。

「守れなかった」

 その言葉が、私の胸に刺さった。

 彼は何も語らず、ただ宮乃の手を強く握りしめるだけだった。

 私は涙をこらえながら、その場に立ち尽くした。

 なぜ、あんなにも強い宮乃が、こんなにあっけなく終わってしまうのか。

 彼女が何のためにここにいるのか、誰のために苦しんでいるのか。

 その理不尽さに、私は心の奥底から震えた。

 静寂の中で、宮乃の息が途絶えた瞬間、私は胸を押さえ、ひときわ大きく震えた。

 何度も繰り返してきた終わりが、とうとう訪れた。

 私は言葉を失い、ただ涙が頬を伝うのを止められなかった。

 あの子は生きるために、必死に耐えていた。

 なのに、なぜそれが許されないのか。

 私はその怒りと悲しみで押しつぶされそうになりながら、深く息を吸い込んだ。

 部屋の外、私はまだそこにいる。

 でも、何もできない。

 ただ見ているだけ。

 心が引き裂かれるのに、体は動かない。

 何度も自分に問いかけた。

「どうして、なぜだろう」

 それでも答えはなく、絶望だけが静かに重なっていった。

 私は床に落ちる月光を見つめながら、胸の奥に固くしまわれた痛みを感じ続けた。



 私は涙をぬぐい、震える手で扉に触れた。

 もう二度と戻れない場所。

 そこに残された哀しみを抱えながら、私はゆっくりとその場を離れた。

 月光が消えゆく廊下を歩きながら、絶望はまだ私の胸を締めつけていた。

 けれど、それでも前を向かなければならない。

 宮乃の願いを無駄にしないために。

 守りたいもののために。

 私は深く息を吐き出し、闇の中で小さな光を探す決意を固めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

入れ替わり夫婦

廣瀬純七
ファンタジー
モニターで送られてきた性別交換クリームで入れ替わった新婚夫婦の話

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...