灯びの系譜ー静寂なる闇に芽吹くもの

武内れい

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第5章:優しさの仮面

90、割り切れない真実(後半)

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 白い拘束台に縛りつけられた倫の身体は、すでに無数の傷痕を刻み込まれていた。
 皮膚は裂け、乾いた血が筋のように流れ落ちている。胸や腹部には注射痕が数か所点在し、その一つ一つから冷たい管が延びて機械と繋がれていた。

「もう少し強く締めてみろ」

 バラカン・フォルンシュタールの低い命令に、助手が倫の首筋を掴み上げる。
 その指先の圧迫で、薄く赤い跡が浮かび上がり、汗に濡れた肌が微かに震えた。

 だが――

 倫の身体は不思議なことに、もがきの反応を見せない。
 酸素濃度を示すモニターは下がり続けているのに、彼の眼は静かに開き、瞳孔はわずかに収縮していた。
 身体の反射的な痙攣や暴発は、意志の力によって制御されていたのだ。

「見ろよ、奴は動じない。酸素不足のはずなのに、耐えているぞ」

 バラカンは皮手袋の指先を舐めながら、興奮した目で倫を見下ろす。
「こいつは兵器になる。肉体も精神も、限界を超えて制御できてる。たまんねえな」


 ロザヴェル・ノクテインは鋭い爪先で倫の胸を軽く掻く。
「触れても、肌が反応しない……」

 その指先は、肩から鎖骨をなぞり、じわりと冷たい汗を誘い出そうと薬液の注射器を手に取った。

「これをどうぞ」

 彼女は倫の太ももの内側に注射針を刺し、透明な薬液を注入する。
 成分は強烈な興奮誘発物質――神経伝達物質を誇張し、感覚と血流を最大限に促す作用がある。

「さあ、反応を見せなさい」

 機械は即座に体内の反応を示した。
 スクリーンに映し出されたデータは、興奮状態を表すホルモン値が急上昇し、心拍数も激しく跳ね上がっている。

 それでも、倫の身体はまるで壁のように静かだった。

 グラエリン・ヴェインはうっとりとした表情でその様子を眺め、甘い声を落とした。
「興奮数値がこれほど高いのに、反応がまるでない……。普通なら身体が勝手に動き出すのにね」

 彼はそのまま冷たい指先を倫の唇に近づけ、軽く撫でる。
「でも君は、意志で押さえ込んでいる。これは高度な自己制御……どこまでいけるのか、試したくなる」

 助手が倫の腹部に別の電極を貼り付ける。
 微弱な電流が流れ、筋肉の反射を誘発するが、倫は硬直せず、ゆっくりと身体を保っていた。


「おおっ、反射が微かに出たぞ!」

 バラカンは喜びを爆発させ、掌を叩く。
「よし、感覚は生きている。俺たちの刺激に反応を返してくれてる」

 それを聞くと、ロザヴェルの顔にさらに熱が帯び、嫉妬にも似た執着を滲ませた。
「この感触……私の手の動きが確実に伝わっているのね……」

 彼女は薬瓶から別の液体を少量垂らし、倫の首筋に塗りつけた。
 独特の甘い香りが部屋に漂い、空気が密度を増していく。


「身体は反応している。なのに表面には出さない……その秘密を引きずり出すのが楽しみだわ」

 マリセラ・ノクティスは端末を操作しながら冷静に分析を続けた。
「薬剤投与前後の比較データを見てください。神経系の反応は明確に変化しています。呼吸も浅く速くなっている」

「だが、筋電図には表面反応がほとんど見られない。つまり、精神的な抑制がかかっているのです」

 彼女は画面を拡大し、脳波の異常部分を指し示す。
「これは興味深い。脳の一部が自律的な反射を制御している可能性がある。自己制御の極致かもしれません」

 マダム・ノワレンヌは静かに微笑みながら、白手袋の指でスキャンデータを撫でた。
「秘密はいつか露わになる。しかし、その前に、私たちはもっと深く彼を知りたい」

 部屋の隅で、ラウル・アイゼンヴァルトは無表情のまま、工具をいじりながらも、じっと倫の反応を見守っていた。


 この冷たく無慈悲な空間で、倫はただ一人、己の肉体を戦場とし、無言の抵抗を続けていた。

 彼の血が冷たい床に滴り落ち、鋭い痛みの中で、誰も知らない彼の真実が刻まれていく。
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