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第三章:まちとともに
49、しおりの文化祭準備(前半)
しおりを挟む放課後の高校の廊下は、部活動を終えて帰る生徒たちの声が遠くに響き、やがて静けさに包まれていく。窓の外には夕暮れの赤が差し込み、細長い影を床に落としていた。
私はしおりさんに呼ばれて、その学校の文化祭実行委員会の部室に向かっていた。
扉を開けると、中は紙の匂いとマーカーの色の残り香でいっぱいだった。机の上には山のような資料と画用紙、色とりどりのペンが散らばっている。その真ん中で、しおりさんが大きなノートを広げ、真剣な顔で書き込んでいた。
「中川さん、来てくれてありがとう」
しおりさんは顔を上げ、少し疲れた笑顔を見せた。
「いいえ。私こそ、お手伝いできることがあれば嬉しいです」
その言葉に、彼女の肩がわずかに緩んだ気がした。けれど視線はすぐにノートへ戻る。
「文化祭の企画ってね、思ってたよりずっと大変なんだ。みんなの意見をまとめなきゃいけないし、スケジュールも守らなきゃいけないし……気づいたら、自分一人で抱え込んでることが多いの」
言葉は淡々としているけれど、その奥に隠された孤独がはっきりと伝わってきた。
私は机に近づき、散らばったプリントを手に取った。そこには〈展示の流れ〉や〈模擬店の配置〉といった文字がびっしりと並んでいる。
「すごい……細かく書いてあるんですね」
「うん。でも、完璧にやらなきゃって思えば思うほど、どうしても苦しくなってくるんだよね」
しおりさんは笑いながらも、少し目を伏せた。
私は胸の奥がちくりとした。
(私もそうだ。間違えないように、誰にも迷惑をかけないようにって、いつも気を張ってしまう。でも、完璧である必要なんて、本当はないのかもしれない。)
「……あの」
私は少し勇気を出して言った。
「しおりさん、一人で全部背負わなくてもいいと思います。だって文化祭は、みんなで作るものだから」
彼女は目を瞬き、それから小さく笑った。
「そう言ってくれると、少し楽になるな。ありがとう」
部室の窓から、夜の気配が少しずつ忍び込んでくる。照明に照らされた机の上で、資料の影が揺れていた。
「そうだ、中川さん」
しおりさんが急に顔を上げた。
「秋祭りの企画も考えてるんでしょ? 文化祭と似ているところ、きっとあると思う。重なるヒントを見つけられたら面白いよね」
私は頷いた。
「はい。私たちも、まだ漠然としていて……でも、みんなで一緒に作るものという気持ちは同じです」
しおりさんは机の上から一枚の大きな白紙を引き寄せた。
「じゃあ、地図を描いてみない? 文化祭と秋祭りをつなぐ地図。正解じゃなくてもいい、思いついたまま書いてみようよ」
彼女は黒のマーカーを取り、真ん中に大きな円を描いた。その中心には〈祭り〉と書かれる。
「ここから枝みたいに広げて、模擬店とか展示とか……秋祭りなら屋台やステージとか。つながるところを線で結んでいくの」
私はその隣に座り、赤いペンを手にした。白紙の上に、枝分かれする線が少しずつ伸びていく。最初はぎこちなく、それでも線が交差するたびに、不思議と心が軽くなる気がした。
「……地図って、間違っても描き直せばいいんですね」
私の言葉に、しおりさんは笑顔を見せた。
「そう。完璧じゃなくていいんだよ。道は何本あってもいいし、行き止まりだってあっていい。大事なのは、歩いてみることだから」
その言葉は、私の胸に静かに染み込んでいった。
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