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第一章:出会いのページ
14、白紙のページを埋める想像(後半)
しおりを挟む私は、手を止めることができなかった。
ページを埋めるというよりも、どこかに潜んでいた言葉たちが、自ら紙の上に姿を現していくようだった。
書いているうちに、心の奥のざわめきが、少しずつ輪郭を持ちはじめていく。
それは、今まで言葉にできなかった小さな痛みや、ふと感じた誰かへの共感の気持ちだった。
〈誰かと話しているとき、言えないことの方が多い。でも、本のページの上なら、私は話せる気がする〉
私はそう書いて、少しの間ペン先を見つめた。
(いつも、話そうとすると喉の奥で言葉が止まってしまう。
心の中にはあるのに、口に出すと、なんだか別の形になってしまいそうで、怖い)
しおりさんのノートにあった一文が、何度も思い出された。
〈できれば、ひとりじゃないって思える誰かに〉
私の気持ちも、それとよく似ていると思った。
そっと立ち上がって、部屋の片隅に置いてある本棚の前に歩いていく。
そこには、これまで読んできたお気に入りの本が並んでいる。
絵本、小説、詩集、日記、古い雑誌——。どれも、過去の私と出会ってくれた大切な存在だった。
そのうちの一冊を手に取って、ぱらぱらとめくる。
どのページも、懐かしくて温かい。
(この本たちも、誰かが書いた言葉の積み重ねなんだ)
私は、今まで受け取ってばかりだった。
けれど今日、自分からも書きたいと思った。
この空白に、自分の思いをすこしでも残したいと、自然に思えたのだ。
机に戻り、ノートの新しいページをひらいた。
今度は、日記のように書くことにした。
〈7月●日〉
〈今日はたくさんの人と話した〉
〈しおりさん、古川さん、隆さん。どの人も、大人だけれど、心の中になにかを持っていた〉
〈きっと、誰かと同じ本を手に取ったからだと思う〉
私は一行ずつゆっくりと書き進めた。
文字を並べていくたびに、頭の中の霧が少しずつ晴れていくようだった。
〈この本の白紙のページは、空白じゃない〉
〈書かれていないことの奥に、誰かの思いが眠っている〉
〈私も、ここに思いを重ねたい〉
その言葉を書きながら、自然と口元がほころんだ。
これまでは、自分の気持ちを話すことに戸惑いがあった。
家では、母は仕事で帰りが遅く、父とはほとんど会話がなかった。
学校では、友達と話していても、本当に思っていることはどこか遠くに置き去りにしていた気がする。
けれど、白紙のページの前では、私は正直になれる。
素直なままの私を、恐れずに書ける。
私は、ページの左下に、そっとこんな言葉を添えた。
〈この本を、みんなで完成させたい〉
その瞬間、胸の奥で何かがふわりと灯るような感覚があった。
それは小さな火のように、まだ不確かだけれど、確かに温もりを持っていた。
(一人じゃなくて、みんなで)
本は、読む人の数だけ意味を持つ。
それなら、書くことも——誰かと一緒なら、もっとたくさんの色や形になるのかもしれない。
私だけの物語ではなく、しおりさんの、悠真さんの、誠さんの、隆さんの……
みんなの「白紙のページ」を集めて、一冊の本にできたら——。
私はその想像に、静かに胸を高鳴らせた。
窓の外を見ると、夜の雲がゆっくりと流れていた。
星がひとつ、木々の隙間にきらりと光る。
遠くの線路を電車が走る音が、かすかに聞こえてきた。
私はペンを置き、ノートを閉じると、胸にそっと抱きかかえた。
(この思いが、きっと何かをつなげてくれる)
そんな確信にも似た気持ちが、今夜の静けさとともに、私の中でしっかりと芽生えていた。
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