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第一章:出会いのページ
15、再び図書館へ(前半)
しおりを挟む図書館の入り口をくぐった瞬間、私はふと、空気の重なり方がいつもと違うことに気づいた。
柔らかな光が差し込む午後の静けさに変わりはないはずなのに、心のどこかで何かが、ひっそりと動きはじめている。そんな予感。
あの夜、ノートに書いた白紙の物語。その続きを、どこかで誰かが同じように綴ろうとしているのかもしれない。そんなことを思いながら、私は奥の読書スペースへと歩いた。
窓際の長い机には、すでに二人の姿があった。ひとりは悠真さん。肩の力が抜けたような座り方で、ノートパソコンに向かって何かを打ち込んでいる。隣には誠さん。お気に入りらしい革のブックカバーに包まれた文庫本を片手に、コーヒーをゆっくりと味わっていた。
ふたりとも、まるでそこが自分の定位置のように自然に見えた。そして、私が近づいていくと、誠さんが先に気づいて、小さく手を振ってくれた。
「お、あかりちゃん。ちょうど今、君の話をしてたところなんだ」
「えっ、私の……?」
「うん。例の白紙の本についてね」
私が思わずノートを抱きしめると、悠真さんもにこりと笑った。
「来てくれてよかった。集合かどうかはわからないけど、なんとなく、みんな今日ここに来る気がして」
私はその言葉に、(やっぱり……)と胸の奥が少しだけ熱くなった。呼び寄せられるように集まってくる人たち。もしかしたらこの白紙の本は、ただの紙の束じゃなくて、誰かの心と心を結びつける糸みたいなものかもしれない。
席につこうとすると、背後から駆け足の音が聞こえた。
「みんな集まってたんだ! ごめん!」
しおりさんだった。いつものように制服姿のまま、髪に少しだけ風をはらませていた。
そのあとに続いて入ってきたのが、隆さん。図書館の奥から、手に数冊の古文書を抱えて現れた。
「ああ……やっぱり、みんな集まっていたんですね」
彼は静かに言いながら椅子を引き、私の対角の席に腰を下ろした。
五人。白紙の本に導かれるようにして、この場所に集った面々。
「これは……偶然って言うには、ちょっと出来すぎですね」
私がぽつりとこぼすと、誠さんがうなずいた。
「偶然じゃないかもしれないよ。少なくとも、私たちそれぞれがこの本の空白に意味があると感じたから、今こうしているわけで」
「でもさ、本当に何か意味があるのかな」
しおりさんが、ちょっと肩をすくめながら呟いた。
「あたし、最初はただの変な本だと思ったんだ。でも、何か書いてると、頭の中がすーっとするっていうか、知らなかった気持ちに触れる感じがして……でも、それが誰かのしかけだと思うと、ちょっと怖くて」
私はその言葉に、(わかります)と心の中でそっと頷いた。
白紙のページに心を吐き出すことで、少しだけ楽になれる。だけど同時に、それが誰かに読まれるかもしれない、あるいは誰かのために作られたものだとしたら……そこに浮かぶのは、安心と同時に、名もなき不安。
「それが文の蔵につながるのかもしれませんね」
隆さんの低い声が、読書スペースの空気に落ち着いた響きを与えた。
「先日、少し調べてみたんです。この町には、かつて文之森という地名がありました。その地域には個人で古書を集める文化があって、戦前、ある旧家が文の蔵と呼ばれる書庫を持っていた記録が残っています」
「じゃあ、その蔵から流れてきた本……?」
悠真さんが、パソコン画面を私たちに向けながら言った。
「たぶんね。蔵そのものは、戦後に取り壊されたらしいけど、記録だけは残ってる。この本も、当時の書物の一部だった可能性がある。問題は、その白紙のページがなぜ、意図的に残されたかってこと」
私たちは、しばし言葉を失って黙りこんだ。
けれど、その沈黙は、妙に心地よかった。
話し終わったあとに訪れる、言葉よりも深い理解の静けさ。
そして私は、そっと声を落として言った。
「……この本を、みんなで読み解いていけたらいいなって思います。ひとりでは、わからないことが、誰かとなら……少しずつ見えてくる気がして」
その言葉に、しおりさんが「いいね、それ」と言って笑った。
「じゃあ、これって、なんか秘密のグループっぽくない?」
「白紙同盟とか?」
「ネーミングがちょっとダサいですね……」
悠真さんが吹き出すと、みんながくすりと笑った。
まだ名前もない、仮の集まり。けれど、その小さな輪の中に、私はたしかに足を踏み入れはじめていた。
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