24 / 55
第二章 廻る帰還
おはよう、不法侵入者
しおりを挟む――チク、タク、チク、タク、チク……
規則正しく時を刻み続ける秒針は、さながら建物の心臓のようで。
普段なら心地良く感じるそれに、焦りを感じるのは何故か?
つい先程まで、2階から数名の足音が行き交っていた。
しかし今は建物全体が寝静まったらしく、朝の静寂に包まれ、この不安に駆られる音のみが元気に活動している。
辺りはまだ薄暗い、早朝6時過ぎ。
首だけ僅かに動かし窓を見上げると、白く濁った空が映る。
単に霧が原因なのか、本日の空模様が曇天なのか、俺には判断出来なかった。
再び視線を天井に戻し、すっかり見慣れてしまった、魚の鱗に似た木目を眺める。
未だベッドに深く沈む身体は、指先一つ動かすのも億劫なほど気怠い。
あの行為後は、決まって怠さに襲われるが……これほど長引くのは、初めての気がする。
更には全身が火照って我慢出来ず、トキノコ達の制止を振り切り、真冬に水浴びをした程だ。
後に聞いた話ではあるが。
彼女に憑いていたのは、俺が知っている寄生華とは別の個体だったらしい。
……どおりで、妙な蔦で裂かれると思ったら。
おかげで着物は血まみれのボロボロになってしまったが、当然肌には傷一つ残ってない。
「案外きちんと、覚えてるもんだな……何年振りにやったんだろう」
摘出は成功し、寄生されてたあの子も助かった……はずだ。
俺だけ先に休ませてもらったから、彼女の無事を最後まで見届けた訳じゃない。
一度、寝巻きなどを届けてくれたアリマも「専門家が連れて行っちゃってさ。よく分からないんだよなぁ」と漏らしていた。
――とにかく。良い加減、起き上がりたいんだが……
結局一睡も出来なかったことが要因なのか、随分横になっているのに、このざまだ。
しかしどうしても、眠りにつくのが恐ろしかった。
――瞳を閉じると、思い出してしまう。
アリマから風呂場の説明を受けた際、意を決して聞いてみたのだ。
「……その、妙なことを聞いて悪いんだが、今は何年の何月何日になる?」
「えっと、今日は2023年2月12日の日曜日だよ……はっ! 納豆、今日までか……」
『まあ今は実感無くても、そのうち分かるよ。惨いよね21世紀』
『実感以前にお前の発言を信用したくない!』
胡散臭いヨミトならまだしも、アリマに言われてしまうと、俄然神妙性が増してしまう。
また目を覚まして70年後など、流石に笑えない。
仕方なく、再び木目を数え始めれば、これまで物音一つしなかった廊下からパコパコと聞き慣れない音が聞こえた。
それは徐々に近くで聞こえ、この102号室の前でピタリと止まった。
コンコン。
「ユメビシ~、起きてるかい?」
――よし、寝たフリだ。
朝からこの男の相手をするほど、余分な体力は持ち合わせてない。
……瞳を閉じ、規則正しい呼吸を繰り返すことだけに意識を集中させる。
いいぞ、これで引き返せば……
ガチャっ。
勝手に入ってきたぞこいつ。不法侵入じゃないか。
焦らず狸寝入りに専念していると、ヨミトはベッドに腰を下ろし、こちらを見下ろしている様だった。
――流石にバレるか……て、んん?!
「キク……」
ヨミトは身の毛がよだつほど甘ったるい声で誰かの名を呼び、ゆっくり俺の右手を撫で始めた。
あまりの衝撃に一瞬目を開けてしまったが、奴はそれに気づかない。
完全に自分の世界に浸っているのだ。
――この状況は、一体なんだ……?
欺こうとした罪悪感で抵抗できず、ヨミトの好きにさせてしまっているが……。
とにかく執拗に、皺だらけの手を触って喜んでいる様子は奇妙だった。
このあまりに居心地の悪い時間は、気が遠くなる程続き、俺の額に変な汗が滲み出した頃。
「……ま、そろそろ勘弁してあげるよ。触らせてくれてありがとう、ユメビシ」
…………腹立たしいことに、最初から狸寝入りと分かった上で、揶揄ったらしい男の声がした。
だとしても、今更起きるのも癪なので、状況継続という道を選んだ。
「強情だなぁ。着替えはそこの使って。準備出来たら、玄関にいるトオツグって男と合流するんだ」
言い終わるや否や、気配は離れていき、足音は恐らく扉の前で止まった。
「じゃあ、また後で。……もう問題なく動けるはずだよ」
それだけ言い残し、ドアノブが回される音を聞いた直後。
突如冷たい冷気が流れ込み、酔いを誘う花の香りと、賑やかな笑い声が辺りに充満する。
一瞬の出来事だった。
目を開けた時には扉は閉じており、部屋はヨミトが訪れる前の静寂を取り戻していた。
……もう何処からも、あの独特な足音は聞こえなかった。
0
あなたにおすすめの小説
神木さんちのお兄ちゃん!
雪桜
キャラ文芸
✨ キャラ文芸ランキング週間・月間1位&累計250万pt突破、ありがとうございます!
神木家の双子の妹弟・華と蓮には"絶世の美男子"と言われるほどの金髪碧眼な『兄』がいる。
美人でカッコよくて、その上優しいお兄ちゃんは、常にみんなの人気者!
だけど、そんな兄には、何故か彼女がいなかった。
幼い頃に母を亡くし、いつも母親代わりだったお兄ちゃん。もしかして、お兄ちゃんが彼女が作らないのは自分達のせい?!
そう思った華と蓮は、兄のためにも自立することを決意する。
だけど、このお兄ちゃん。実は、家族しか愛せない超拗らせた兄だった!
これは、モテまくってるくせに家族しか愛せない美人すぎるお兄ちゃんと、兄離れしたいけど、なかなか出来ない双子の妹弟が繰り広げる、甘くて優しくて、ちょっぴり切ない愛と絆のハートフルラブ(家族愛)コメディ。
果たして、家族しか愛せないお兄ちゃんに、恋人ができる日はくるのか?
これは、美人すぎるお兄ちゃんがいる神木一家の、波乱万丈な日々を綴った物語である。
***
イラストは、全て自作です。
カクヨムにて、先行連載中。
転職したら陰陽師になりました。〜チートな私は最強の式神を手に入れる!〜
万実
キャラ文芸
う、嘘でしょ。
こんな生き物が、こんな街の真ん中に居ていいの?!
私の目の前に現れたのは二本の角を持つ鬼だった。
バイトを首になった私、雪村深月は新たに見つけた職場『赤星探偵事務所』で面接の約束を取り付ける。
その帰り道に、とんでもない事件に巻き込まれた。
鬼が現れ戦う羽目に。
事務所の職員の拓斗に助けられ、鬼を倒したものの、この人なんであんな怖いのと普通に戦ってんの?
この事務所、表向きは『赤星探偵事務所』で、その実態は『赤星陰陽師事務所』だったことが判明し、私は慄いた。
鬼と戦うなんて絶対にイヤ!怖くて死んじゃいます!
一度は辞めようと思ったその仕事だけど、超絶イケメンの所長が現れ、ミーハーな私は彼につられて働くことに。
はじめは石を投げることしかできなかった私だけど、式神を手に入れ、徐々に陰陽師としての才能が開花していく。
守り守られ
ほたる
BL
主治医 望月診療所の双子医師
患者 瀬咲朔
腸疾患・排泄障害・下肢不自由
看護師
ベテラン山添さん
準主人公 成海真幌 腸疾患・排泄障害・てんかん
木島 尚久 真幌の恋人同棲中
WIN5で六億円馬券当てちゃった俺がいろいろ巻き込まれた結果現代社会で無双する!
TB
ファンタジー
小栗東〈おぐりあずま〉 二十九歳 趣味競馬 派遣社員。
その日、負け組な感じの人生を歩んできた俺に神が舞い降りた。
競馬のWIN5を的中させその配当は的中者一名だけの六億円だったのだ。
俺は仕事を辞め、豪華客船での世界一周旅行に旅立った。
その航海中に太平洋上で嵐に巻き込まれ豪華客船は沈没してしまう。
意識を失った俺がつぎに気付いたのは穏やかな海上。
相変わらずの豪華客船の中だった。
しかし、そこは地球では無かった。
魔法の存在する世界、そしてギャンブルが支配をする世界だった。
船の乗客二千名、クルー二百名とともにこの異世界の大陸国家カージノで様々な出来事はあったが、無事に地球に戻る事が出来た。
ただし……人口一億人を超えるカージノ大陸と地球には生存しない魔獣たちも一緒に太平洋のど真ん中へ……
果たして、地球と東の運命はどうなるの?
『イージス艦長、インパール最前線へ。――牟田口廉也に転生した俺は、地獄の餓死作戦を「鉄壁の兵站要塞」に変える』
月神世一
SF
【あらすじ】
「補給がなければ、戦場に立つ資格すらない」
坂上真一(さかがみ しんいち)、50歳。
かつてイージス艦長として鉄壁の防空網を指揮し、現在は海上自衛隊で次世代艦の兵站システムを設計する男。
背中には若き日の過ちである「仁王」の刺青を隠し持ち、北辰一刀流の達人でもある彼は、ある日、勤務中に仮眠をとる。
目が覚めると、そこは湿気と熱気に満ちた1944年のビルマだった。
鏡に映っていたのは、小太りで口髭の男――歴史の教科書で見た、あの「牟田口廉也」。
しかも時期は、日本陸軍史上最悪の汚点とされる「インパール作戦」決行の直前。
部下たちは「必勝の精神論」を叫び、無謀な突撃を今か今かと待っている。
(……ふざけるな。俺に、部下を餓死させろと言うのか?)
現代の知識と、冷徹な計算、そして海自仕込みのロジスティクス能力。
すべてを駆使して、坂上(中身)は歴史への介入を開始する。
精神論を振りかざすふりをして上層部を欺き、現地改修で兵器を強化し、密かに撤退路を整備する。
これは、「史上最も無能な指揮官」の皮を被った「現代の有能な指揮官」が、確定した敗北の運命をねじ伏せ、数万の命を救うために戦う、逆転の戦記ドラマ。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
烏の王と宵の花嫁
水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。
唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。
その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。
ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。
死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。
※初出2024年7月
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる