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第二章 廻る帰還
いざ、会合へ
しおりを挟む「どうなって、」
ヨミトによる不可解な退出芸は……この際、目を瞑るとして。
真に驚くべきは、あの気怠さが嘘のように、体が軽いのだ。
寧ろ、ここ最近で一番調子が良いと思えるほど。
……果たして、何をされたんだろう。
いや、もしかしたら今見てたのは白昼夢で、ヨミトなんて来てない可能性もあるじゃないか。
と、納得しかけて部屋を見渡せば。
小さな机の上に、見覚えのない洋服が一式放置されている。
それは唯一部屋に残された、奴が来た事を証明するものだった。
――何がしたいんだ、あいつは……?
そもそもの話、準備出来たら迎えに来るとは、言ってたが。
……まあ迎えに来てどうするかなど、詳細は聞いてないけども。
わざわざ俺を……どうやったか知らないが回復させ、着替えさせてから、玄関に向かわせて。
また何処かに移動でもするのだろうか?
ともあれ寝込む理由を失い、他にやる事もない。
腑に落ちないまま、手袋をはめて、用意された皺一つない服を手に取る。
「もし、トオツグさんって人待たせてるなら、悪いしな……」
そう鏡に映る自分を説得して、ボタンに指を掛けた。
***
未だ安眠の静寂を纏う傘ザクラは、扉の開閉音にも気遣わなければ、音が響く。
慎重にそっと閉めると、安堵の息が漏れた。
流石に廊下はやや肌寒く、深く吸い込むと体内に冷気が満ちる。
さて、右手側にまっすぐ進むと玄関だが……ん?
少し長い裾を捲り歩き出すと、随分低い位置にある人影を視認できた。
どうやら地面にしゃがみ込んでいるようだ。
近づくとその全貌は明らかになる。
ぴしゃりと閉められた戸の前で、一人の男が座り込み、コクコクと頭を上下に動かしている。
右手には白いチョークを握り、戸や地面に何か模様を書き込んでいたらしい。
しかし……途中で、線はあらぬ方向に伸ばされ止まっている。
まさかと思い、横から顔を覗き込めば、今にもずり落ちそうな眼鏡が危うく揺れていた。
レンズの奥には、シュンセイよりは控えめでありながらも、しっかりとクマが刻まれている。
「……あの、大丈夫ですか?」
「えぇ、はいはい、問題ないですよ三徹くらい。どうってこと……」
――上げられたその端正な顔を、これといった理由もなく、ただ単純に不快に思ったのは何故か。
「えっと……何か、僕の顔についていますか?」
「……いえ、それ。何を書いてるのかと」
「今し方、急にヨミトに頼まれまして。これ通ったら消えるんですかね? 見つかったら、アリマ君に怒られちゃいますよ」
ははは、と笑う声は力無く消え入りそうな物だった。
真っ白い顔に、よろよろと眼鏡を掛け直す姿は、余程疲れているのだろうと見てとれた。
「いけない、申し遅れました。僕はトオツグ。あなたがユメビシ君ですね?」
「そうですけど……ん、その通るとは?」
「なんだか会合が前倒しになったとかで、今回はここを入り口にするらしいですよ。その下準備をしてたんですが……はい、これでよし」
か、会合……?
くどい様だが、当然何も聞かされてない。
話についていけてない俺と対照的に、テキパキとその下準備とやらを済ませた彼は、懐から小瓶を取り出した。
蓋を外すと、ツーンとした香りが鼻腔を刺激する。
――酒か? どうして今、そんなもの出したんだ?
あまりにも不思議そうな顔をしていたのだろう。
トオツグさんが慌てて、補足を入れる。
「これはヨミトから預かった御神酒です。試飲用じゃ無いですよ、これはこうして……」
――パシャ
「え」
躊躇なく、彼は戸にその中身をかけると、玄関に日本酒独特の香りがじんわり広がる。
滴り落ちた液体は、あのチョークで描かれた模様に到達し、染み込んでいく。
すると白かった線は、徐々に朱色へと変わり、更に心無しか発光しているようにも見えた。
「上手くいって良かった。でもこれ片道切符ですね。帰りは別口からになりそうだ」
「は、はぁ……」
「それでは参りましょうか」
彼が戸を引くと、目の前には暗闇が広がっていた。
明らかに廊下の窓から覗く、眩い朝の景色とはかけ離れた……色彩を失った「無」。
……しかし、目を凝らすと奥には灯りらしきものが見える。
「大丈夫ですよ、僕もご一緒しますから」
「え、あ、ちょっと……!」
心の準備もそこそこに。
トオツグに手を引かれたユメビシは、奇妙な空間へ、足を踏み入れる羽目になった。
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