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ともだち

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 真正面から膿んだ傷口を曝《さら》せと言ったところで、笙悟は話してくれるだろうか。

 たとえ青木百合の事件がコウとは繋がりが無かったとしても、笙悟を理解する一助になるかもしれない。

 あの人は、親を亡くした可哀相な子供に手を差し伸べるより、自分をどうにかした方がいい…。

 笙悟を知ったのは、もしもの時のためにと母が遺した、預貯金や保険などを書いておいたノートの中だ。

 知らない男の名前に、今までコウの中で輪郭さえ成さなかった『父親』の存在が、急に脳裏にチラつくようになった。

 十四歳だった母を弄《もてあそ》んで捨てた、悪魔のような男────しかし、実際は思い描いたイメージとは真逆だった。

 笙悟が神奈川の瀬谷の家に弔問にやって来たのは、二月の初め、雲が低く垂れ込め、空まで喪に服しているような日だった。

 来客を知らせるチャイムの音に玄関に向かうと、黒のコートを左腕に掛けた、スーツ姿の若い男が軒先に佇んでいた。

 春寒の澄んだ空気を纏ったような凛とした雰囲気に、コウはなぜか百合の花を幻視した。

 少しはにかんだ笑みをのせた唇に、きみがコウ君?と名前を呼ばれ、コウは不思議と落ち着かない思いをしたのを覚えている。

 電話した時に声で若いと分かっていたが、思っていたよりだいぶ若かった。

 母より年上、悪辣で醜悪…そんなイメージは、憎みたい一心でコウが勝手に練り上げた産物でしかなかったのだ。

 むしろ真面目そうで、気品の滲《にじ》む立ち姿だった。
 しかしその第一印象も、一つ屋根の下で暮らすうちに、酒にだらしなく病的に神経質な人、と変化してきている。

 祖父が『頼りなさそう』と言ったのは、嫌味ではなかった。笙悟には、傍にいるとどうにも気にかかる不安定さがある。

 笙悟の事で思考が寄り道しているうちに、大山から返信が来ていた。

『謹慎明けにまた再テストって聞いた?先生が新しく作るみたいだ。ヤマ張れるかな?』
 よくもそんな頼み事が出来る。
『犯人の目星はついてたのかどうか聞き出せ。それくらい探れるよな』
『もし出来なかったらごめん』
『それなら五万用意しとけ』
『なんで⁉ないよ!』
『お前千円で小遣い足りんの?出せないならやれるよな』

 本気か見極めようとしているのか、返信まで間があった。

 しばらくして観念したのか、分かったという簡潔な返事に、コウは満足して画面を閉じた。
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