命乞いから始まる魔族配下生活

月森かれん

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第1部 魔族配下編 第1章

合いブロする

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 俺は裏に戻ってきていた。フロに入るためだ。
回復効果があるし、モヤモヤも少しは晴れるかもしれない。

 (自分で思っている以上に疲れてるだろうしな……)
 
 建物の近くに行くと扉のそばに看板が立てかけてあった。
初めてフロに入りに来た時にデュークさんが立てていた物だ。

 「ん、誰か入ってんのか……」

 嫌ではないが気まずい。知ってる顔だったらまだどうにかなりそうだが、
初対面だったら詰む。
 脱衣所に入ると複数の鎧が無造作に置いてあった。先客のだろう。

 (鎧……昨日の暗黒ナイトか?
いや、鎧着たモンスターなんていっぱい居るしな……)

 「し、失礼しまーす……」

 ドアを開けると湯気に視界を奪われる。
それを素早く手で払うと全貌が見えてきた。

 「あ」

 バスタブに浸かっていたのは6体の骸。俺に気づくとジッと見てくる。
 しばらく見つめ合っていたが、そのうちの1体が首を傾げながら声を出した。

 「………………………ゲボク?」

 (昨日一緒だった暗黒ナイトか⁉)

 「あ、はい!ゲボクです!」

 そう言うと骸達は腕を振り上げた。

 「ゲボク!」

 「ゲボク、ゲボクッ!」

 「モエェーーー‼」

  (まだメイドパワー拔けてないヤツがいる⁉)

 とはいえ顔見知りだったので安心した。
昨日の疲れを癒やしに来ているようだ。

 「俺も入っていいですか?」

 「ドーー!」

 「ウーー!」

 「ゾーー!」

 「モエエエェーーーーッ‼」

 暗黒ナイト達はカタカタと骨を鳴らしながら俺が入れる
スペースを空けてくれた。
 武器磨きを一緒にやったことで仲間と認識してもらえたようだ。
 
 (それにしてもメイドパワー、スゲェな……)

 相変わらず「萌え」ている1体はスルーすることにする。
 バスタブに入る前にかけ湯をしていると痛いほど視線を感じる。
6体全員が俺をガン見していた。やはり魔族には馴染みのない習慣らしい。

 「かけ湯って言うんですよ」

 「……カケユ?」

 暗黒ナイト達は興味を持ったらしくぞろぞろとバスタブから出て俺の周りに集まる。
戸惑いながらも湯をすくって自分の体にかけ始めた。
 最初は良かったのだが、1体がかけようとした湯が別の1体にかかってしまったのが発端で、
湯掛け合い合戦が勃発してしまった。
 本気で怒っているのではないことはわかるが、終わりが見えない。
なんだかんだ楽しんでいるからだ。

 (……教えなきゃ良かったかな。
湯に浸かるタイミング逃した)

 その時、バスタブの方から水しぶきが上がった。さすがに
暗黒ナイト達の動きも止まる。
 そのまま様子を見ているとオールバックヘアの紺髪男が姿を現した。
魔族特有の黒い模様が浮かんだ屈強な肉体の持ち主だ。

 (湯の中に居たのか⁉)

 「………………いきなり軽くなったかと思えば」

 「ど、どちら様ですか?」

 男は紺色の目を開けると俺を睨む。

 「………………わからないのか?」

 「はい?」

 (初対面のはずじゃ……。ん?でもこの骸達が暗黒ナイトってことは……)

 暗黒ナイトなら骸姿のはずだ。俺の事を知っていて
素顔を知らない魔族といえば1人しか思いつかない。

 「ま、まさか、へネラルさん?」

 「…………………………………」

 男は再び目を閉じるとゆっくり頷いた。

  (マジか⁉顔整い過ぎだろ⁉)

 町中を歩いてたら間違いなくキャーキャー騒がれるレベルだ。男の俺でも羨ましい。
 それよりも受肉していることに驚いた。暗黒ナイト達を従えているので、
へネラルさんも防具の下は骸だと思っていたからだ。

  (やっぱり幹部だからか?)

 固まっているとへネラルさんが右手を軽く振る。

 「オツーー」

 「カレーー」

 「モエ」

 するとどこか名残惜しそうに暗黒ナイト達がフロ場から出ていった。
さっきの仕草は出ていけという命令だったようだ。

 (つーか2人きり⁉ヤベェ、俺も上がるか?)

 こっそり出ようと移動していたら声をかけられる。

 「……………お前は出るな」

 (何で⁉俺なんかやらかした⁉)

 気配察知能力でも持っているのだろうか。
冷や汗をかきながらへネラルさんに向き直る。

 「あ、あのー」

 「……………まだ湯に浸かっていないだろう」

 「へ?そ、そうですけど……邪魔かと思って……」

 「…………なぜフロに入りに来たヤツを邪魔だと
思わなければならない?」
 
 (最もだ。それにしても流暢に喋るな……)

 「…………………………とりあえず入れ」

 「し、失礼しまーす……」

 おそるおそるバスタブに入る。もちろん端を掴むのも忘れない。
黙っているのもなんなので話を振ることにした。

 「へネラルさん、水の中でも息できるんですね」

 「…………息を止めていただけだ」

 「はい⁉」

 (止めてた⁉水中で呼吸できるよりもスゲェ!)

 いつからかはわからないが、俺が来て、
かけ湯合戦が始まるまで少なくとも5分は経っていたはずだ。

 「…………息を止めた上にナイト達に乗ってもらっていた。
どのくらい持ちこたえられるか、な。
 体は鍛え続けなければすぐダメになる」

 タンクは敵の注意を引きつける役割。頑丈でなければ
アタッカーのソードマンやソーサラーが攻撃できなくなる。
 魔族でも共通の認識のようだ。

 「…………あと数分で記録更新というところで、重みが無くなったから顔を出してみれば、
あのような状態になっていようとは」

 「す、すみません……」

 ついクセで謝る。と同時に会話が途切れた。
湯気だけがモクモクとたちのぼっている。

  (なんか話題……あ)

 メイドの事を思い出した。
せっかくなので話の切り口にしてみる。

 「でもまさかメイドが――モガッ⁉」

 目にも留まらぬ速さでへネラルさんが口を塞いできた。

 「………………それ以上、言うな!」

 へネラルさんは俺を軽く睨んだあと、目を伏せる。
 
 「……自身もここまでハマるとは思っていなかった。だが、デュークやアパリシアを見ていると
そうも言っていられなくてな。
 クールに振る舞い続けた自身は……気づけば「萌え」ていた」

 「…………………」

 本当は今みたいに語りたいのかもしれない。
しかし抑えるしかなかった。 
  
 (やっぱ被害者だったのか……)
 
 複雑な気持ちを抱いた時だった。

 「だが、後悔はしていない‼」

 清清しいほどの真顔でへネラルさんが言い放つ。

 (マジかよ⁉雰囲気ブチ壊しだな⁉)

 俺を横目で見たあとへネラルさんは目を閉じて腕を組んだ。

 「…………魔族にも、いろいろある……」

 「あ、あのー、俺にベラベラ喋っていいんですか?」

 「…………………お前が自身等の事を知れば知るほど
帰れなくなるからな」

 「はい?」

 (確かテナシテさんにも同じ事言われたな。
俺の寝返りを防ぐ為の作戦?)

 とはいえ俺に寝返る意志はない。ボコボコにされるのは目に見えている。

 「あと、とても流暢に喋れるんですね」

 「…………………普段黙っている反動だ。
次に会ってもこうはならん」

 (なるほど……)

 「じゃあ、そろそろ上がりますね……」

 「待て。1つ伝え忘れたことがあった」

 動作を止めて見つめているとへネラルさんは目を開けて俺を見つめ返してきた。

 「…………昨日の武器磨きは見事だった。
さすがはソードマンと言っておこうか」

 「あ、ありがとうございます。
てっきり全然なってないのかと……」
 
 「………………自身と比べればまだまだだが、
そこそこ使い慣れている部下に引けを取らないほどだ」

 種族間で言えば敵対しているのだが、それでも褒められると嬉しい。

 「……………………引き止めたな。行け」

 「あ、はい。お邪魔しましたー」

 (魔族ってイイヤツが多いな。今の所)

 着替えながら脱衣所内を見ると端っこに黒い兜と鎧が並べて置いてあった。

 (へネラルさんのか……几帳面だな) 

 近づいてみると、ところどころにキズはあるものの、ピカピカに光っている。
手入れがしっかりされている証拠だ。
 外に出ると、来た時は昼だったのに空の色はオレンジ色だった。
随分長い時間を過ごしたようだ。

 (でも、悪くはなかった)

 少しニヤニヤしながら俺は自室に戻った。
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