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悲劇の真相
(1)次期女領主の婚約
しおりを挟む婚約者は私を捨てた。
結婚を約束していた私を捨て、もっと年若く美しい女と結婚した。
これが対外的に語られている「悲劇的事件」だ。一部事実を含んでいるし、完全な間違いではないけれど、厳密にいうと真相は少し違う。
でも周囲の人は、私に慰めの言葉をかけてくれる。
「あなたが悪いわけではない」
「彼は、あなたにふさわしくなかったのだ」
そんな言葉に接するたびに、何と答えていいかわからなくなる。
だから私は言葉を返さずにちょっと半端に微笑んでしまうのだが、それがまた周囲の同情を誘うらしい。他にどう対応していいかわからないから、まずい対応とは思うがいつもそうしてしまう。
私の名はカジュライア・マユロウ。
名前の通りマユロウ伯爵が私の父だ。でも周囲の人々は「ライラ・マユロウ」という称号でしか呼ぶことはない。
この称号は、マユロウ伯の嫡出の娘に対してのみ使われる。私は生まれたときから「ライラ・マユロウ」と呼ばれているから、名前で呼ばれる方が落ち着かないし、慣れてもいない。
ハミルドという婚約者を失って以来、周囲から向けられる同情はどうにも居心地が悪い。
マユロウ伯爵という存在は、都周辺の貴族たちとは違う猛々しい地方領主だ。その地位を継ぐ女が、悲劇が似合うたおやかな令嬢のはずがない。
それなのに、周囲から見ると私は「悲劇の女」に見えるらしい。
我がことながら不可解だ。
確かに「婚約者を別の女に奪われた」というと悲劇なのかもしれない。
私は婚約者より年上だったのも事実だし、婚約者が許されざる恋に悩んだのも事実だ。彼が愛してしまった女性が私よりも若くて美しかったのも間違いない。
政略的に定められた婚約があるのに、真実の愛に出会ってしまった若く美しい二人。
いかにも女性たちが好みそうな話だ。
吟遊詩人たちは、道ならぬ恋の切なさを歌い、捨てられた哀れな女の悲嘆を歌い、幸福を手にいれた男女の明るい未来を叙情たっぷりに歌った。二年経った今でも、あちらこちらで定番の恋愛として歌われているようだ。
だが、いかにこの歌が広く知られていようと、私は悲劇の女ではない。
全ては私が望んだ通りになったのだから。
◇ ◇ ◇
私と婚約者ハミルドとの出会いは、純粋に家と家の関係から生まれた。
ハミルドはエトミウ家当主の次男。
私はマユロウ家当主の長女。
両家が関わる紛争終結の条件として、それぞれの当主の次男と長女が婚約した。
地方領主の一族ならばよくあることだ。
少し珍しい点といえば、ハミルドが生まれる前に私との結婚が決まったことだろうか。
私が当時の資料を見るかぎり、マユロウ領とエトミウ領の境界際をめぐる紛争は、それなりに血生臭く、でも痛み分けに毛が生えた程度だった。
だからやや有利だったマユロウ家側は、エトミウ家の当主の子を「次期女当主の夫」として完全に手放させることで妥協したのだと思う。
紛争を早々に切り上げたということについては、当時の当主たちは双方とも愚かではなかった。
しかもこの「婚約」は「エトミウ伯の嫡出の次男」と限定していたから、はっきり言ってただの文書上の飾りだった。エトミウ家当主の奥方はすでに若くなかったし、当主と奥方は夫婦というより、よき相談相手だった。
だから奥方からもう一人、しかも男児が生まれる可能性など誰も考えていなかった。明らかな益にならずとも、大きな譲歩や損もなく紛争は収まったと安心していた。
それなのに、休戦協定が終ってしばらくして奥方の懐妊が確認され、誰にも期待されていなかった男児が、私の婚約者として生まれてしまった。
これは悲劇だ。
事態を正確に理解した私がそう断言すると、マユロウ家に出入りし始めたばかりのアルヴァンス殿は呆れ顔を隠さなかった。子供が何を言っているのかと呆れたのだろう。
でも私は、その頃からずっと、本当にそう思い続けたのだ。
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