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フォルマイズ辺境伯家の婚約者 【過去】
(12)辺境伯の次男
しおりを挟むフォルマイズ辺境伯には三人の子がいる。
次の辺境伯として一族から尊敬されている長男ルード。
そのルードを支えている弟が二人いて、次男フォールは父と兄と共に王都に来ていた。
今年で二十三歳。フィオナよりちょうど十歳年上だ。
兄ルードが目が悪いために諦めていたことを、自ら進んで全てこなして来たというだけあって、さまざまな学問に通じているらしい。
武闘派が多い辺境伯家では珍しいほど学者肌で、しかしだからと言ってひ弱な男というわけでもない。
剣を持てば並みの騎士以上に戦えるらしい。シリルが集めてきた話によると、末の弟以上に体が強いために学者として生きることを惜しむ声が大きかったそうだ。
丈夫な肉体。強靭な精神。
王都の学者たちも一目置くほどの博識。
持っていないのは人望だけという評判があるようで、やや性格は苛烈なところがあるために兄ルードほど人を引き付けないという評判だ。
ある意味で「最も辺境伯一族らしい人物」と聞いて、フィオナは緊張した。
顔を合わせの日。
新たな婚約者となるフォールは、カーバイン公爵とフィオナが応接室に入ってきても顔を上げなかった。
それどころか、眉を動かしたカーバイン公爵が声をかける直前まで何か報告書を読んでいた。
仕事熱心といえばその通りだが、カーバイン公爵は自分はともかく、娘を軽んじられたようで機嫌はあまり良くなかった。
「なんだ、あの若造は!」
顔合わせを終えて家族だけになった途端、カーバイン公爵は吐き捨てるようにそう言った。
妻エミリアは、夫の剣幕を見ながら困ったように微笑んでいる。しかしエミリアはすでに辺境伯家に腹が立っていたので、擁護する気にはなれないようだ。
シリルは、始めからこの縁談には懐疑的だった。
しかしチラリと姉を見て、ため息をついて口を閉じている。
敬意を示してもらえなかったフィオナは、でも別に構わないと思っていた。むしろ、長男ルードを支える同志として気が合いそうだ、とまで考えているから機嫌がいい。いつも通りに薄く微笑んでいるだけに見るが、家族から見れば珍しいほど浮かれた様子が明らかだ。
もちろん二歳年下の弟シリルは、思案顔で忠告した。
「姉さん。本当にいいの? あれは妻より兄を大切にするタイプだよ?」
「それでこそ、私が目指すところよ!」
「……うーん、そうかなぁ……まあ、姉さんがそれでいいというなら、きっといいんだろうけど」
シリルだって、姉の婚約がうまく行くことを願いたい。
だから、相変わらず表情の薄い姉が、ひかえめながら良くわからないくらいに充実した笑顔になっていることを否定しないことにした。
……だが。
結局フィオナは、また父親の執務室に呼ばれてしまった。
◇◇◇
「どうやら、次男の方も難あり物件だったようだ」
カーバイン公爵は、深いため息をついた。しかしどこか清々しさがある。
そういえば、父はフォールの態度が気に入らなかったなとフィオナは思い出す。あの顔は、実は嬉しさを隠しているのだろうか……とも疑ってしまう。
しかしフィオナには、父の心情よりもっと興味を引くものがあった。
父の手元にある、ぐしゃりとシワが寄っている書類。
それと、極めて良い姿勢で立っている、初めて見る人物。
どちらを先に聞くかを少し悩み、カーバイン公爵が二度目のため息をついたタイミングで質問した。
「お父様。失礼ですが、こちらの方は?」
フィオナの言葉に、カーバイン公爵はわずかに眉を動かした。
実はまだ長々と続きそうだったため息を短く切り上げ、大貴族の当主らしく、丹念に手入れをしている手を組んだ。
「彼はローグラン侯爵だ。先日爵位を継いだばかりゆえ、そういえばフィオナとは初対面だったのかな?」
「はい。私が知っているローグラン侯爵は、もう少し年を召した方で、髪の色も赤褐色でした」
「それは伯父ですね」
紹介されたばかりのローグラン侯爵は、静かに微笑んだ。
おそらく年齢は二十代半ば、もしかしたら後半になっているかもしれない。
背が高く、フィオナに礼を向ける姿は洗練されている。
微笑んだ顔は穏やかだ。大貴族らしい華やかな服を、そうと感じさせないくらいにサラリと着こなしているのに、なぜか威圧的な雰囲気があった。
顔立ちはどこか異国的。髪が黒いところも、王国で最も古い家系の一つと言われるローグラン侯爵家らしくはない。わずかに緑色を帯びた白い目も珍しい。
同時に、不思議なくらい違和感がある人だ。
目に浮かぶ光が、フィオナが見慣れた貴族たちとは全く違う気がする。
何が普通の貴族と違うのだろう。
そう内心で首を傾げたフィオナは、すぐにローグラン侯爵の腰に剣があることに気がついた。
フィオナは武術には全く通じていないが、印象だけでいうと、まるで辺境伯家の騎士のように剣が馴染んでいる。目の光が強すぎるのも、武人特有のものと考えれば納得できた。
微笑みをたたえた口元がどこか不自然に見えたのは、どうやら薄く残る傷跡のせいらしい。
(この人、公爵軍の司令官に似た雰囲気ね。それに、かなりの剣の使い手じゃないかしら)
フィオナは直観的にそう考えた。
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