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公爵令嬢の男漁り
(29)お姉様
しおりを挟むいい席を用意する。
確か、先ほどそう聞いたのだったなとフィオナは思い出していた。
夜会の会場は華やかだった。
名だたる貴族が顔を出しているのは、さすがローデリッツ伯爵家の威光。しかしローデリッツ伯爵夫妻は、ただ名門というだけではないことを示すように内装も趣向を凝らしている。
今日のテーマは天馬らしい。
会場のあちらこちらに、翼ある馬たちの彫刻が配置されている。若手芸術家を多数支援しているからこそ可能な、贅沢な装飾だ。
飾っている花も、華やかなものばかりではない。時折首を傾げたくなるほど地味な野の花が混じっているが、それも名前などに馬と縁があるものばかり。
そういう知識がある人間だけが、にっこりと笑える仕掛けになっている。
実に貴族的だ。
「……本当に、見事なものね」
フィオナは目の前の彫刻を見ながら呟く。
その声は小さく、扇子の影で発したものだから周囲には聞こえていない。しかしすぐ横に立つ弟シリルには聞こえていた。
もちろんシリルも、姉の感想には同意したい。
ただ……その他に、いろいろ突っ込みたいことが多数あるだけだ。
青年たちがカーバイン公爵家の姉弟に案内したのは、彫刻と花が一際見事に配置された場所が正面に見える壁際だった。
広間の中でも、最も良い場所と言っていい。
……ただ、なぜそんな場所に椅子があるのかちょっと気になった。多くの椅子がある場所からは少し外れていたはずなのに、なぜか二人のために用意されたかのようにポツンと椅子がある。
ついでに言えば、周囲に目を輝かせた青年たちがずらりといるのも気になるし、その反対側に、やはり目を輝かせた年若い令嬢たちがずらりと控えているのも気になる。
青年たちが熱い崇拝の目を向けるのは、まあわからないでもない。姉フィオナは身内の贔屓目を抜きにしても、絶世の美女だから。
しかし令嬢たちまで目をキラキラと輝かせているのは……本当にどういうことなのだろう。
シリルが密かに首を傾げていると、フィオナも扇子の影で首を傾げた。
「シリル。悪女って、男女を問わずに侍らせるものだったかしら?」
「…………は? もしかして、姉さんはまた変なことを考えていたの?!」
「私、今夜は若い男たちを侍らせる『大人な悪女』を目指そうと思っていたのよ。でもこれでは、悪女というより、なんというか……」
いい言葉を思いつかず、フィオナは考えこむ。
はぁっと長いため息をついたシリルは、甘いプラチナブロンドを物憂げにかき上げながら虚ろに微笑んだ。
「うん、間違いなく悪女じゃないと思う。むしろ聖女? ……いやこれは女王様とか、そっちに行ってるよね」
「なぜ、こんなことになったのかしら」
「それは……なぜだろう?」
シリルにも、さっぱり訳がわからない。
まさにそのタイミングで、頬を染めた可愛らしい令嬢が楚々と近寄ってきた。
先日の夜会でリンゴ談義をした令嬢たちの一人だ。
しかし、フィオナは既視感を覚えた。
まるでわざわざ公爵邸までやってきて熱い感謝を伝えにきた黒髪の令嬢のような……それに傍に付き添っている青年となんだか仲が良さそうで……。
「フィオナ様。……フィオナお姉様とお呼びしてもいいですか?」
「…………えっ!?」
密かに息を呑んだのは、シリルだ。
しかし言われたフィオナは表情を変えない。変える余裕がないだけだが、貼り付けたままの微笑みは最高に美しく慈愛深く見えたから、結果としてよかったようだ。
その微笑みに勇気づけられ、可愛らしい令嬢は承諾を得たと信じて嬉しそうに両手を胸前で組んだ。
「私、フィオナお姉様に申し上げたいことがあって……今日お会いできて本当に嬉しいです! あの、実は私、先日の夜会の後に婚約しました! うちは父が早くに亡くなって、家督は幼い弟が継いでいて……裕福ではないから結婚は諦めていたんです。でも、先日楽しくリンゴのお話をしてくれたこちらの方から結婚の申込みをいただいて……母がとても喜んでくれて、二人で泣いてしまいました。これも全てフィオナお姉様のおかげです! 私にこんな素敵なご縁をいただけるなんて、なんとお礼を申し上げればいいか……! 後日、母が改めてお礼にうかがうと思いますが、その前に直接お礼を申し上げたかったんですっ!」
時々、傍の青年を見上げる目は優しい。
青年もほんのり頬を赤らめていて、いい感じだ。
……シリルは、そろりと姉を見る。
扇子をひらりひらりと動かしているフィオナは、さっきから全く表情を変えていない。見事なまでに美しい微笑みだ。
しかし、シリルは頭を抱えたかった。
姉が硬直している。
(だめだ、姉さん、頑張れ! もう少しだけ耐えてくれ……!)
心の中で必死に応援した甲斐があったようだ。フィオナはすっと扇子を閉じた。
そして立ち上がり、嬉しそうに報告とお礼を言いにきた令嬢の手を柔らかく握った。
「おめでとう。素敵な出会いのきっかけをお手伝いできて、本当に嬉しいわ」
「フィオナお姉様……!」
令嬢は感激している。
そして、シリルも感激していた。
姉フィオナは見事に「慈愛深いお姉様」を演じきっている。素晴らしい。できることなら、盛大に拍手をしながら「ブラボー!」と叫びたい。感動で涙までにじんできた。
だがここは呑気なカーバイン公爵家の居間ではない。
姉も、顔の表情筋も、いつまで保つかわからない。
なんとか違う話題を振らねばと密かに焦っていると、軽やかな音楽が始まった。
いいタイミングだ。シリルはぐっと拳を握り、それから流れるようにその拳を解いて周囲に笑顔を向けた。
「音楽が始まったね。君たち、僕たちのことより二人の時間を楽しむべきじゃないかな。他のみんなも、せっかくだから近くのご令嬢をダンスに誘ってみてはどうだろう? もちろん、こっそり本命の人を誘ってもいいんだよ」
「そうですね。さあ、みんな、シリル様のお言葉だ。フィオナ様に我らのダンスを披露しよう!」
青年たちは笑顔で、でもちょっとだけ照れながら令嬢たちにダンスを申し込む。令嬢たちも、はにかんだ笑顔で手を重ねる。
若い男女は、次々と踊りの輪に加わっていった。律儀に、ダンスをしながらカーバイン家の姉弟に手を振るカップルもいる。
実に楽しげな雰囲気だ。
ニコニコと笑顔を返しながら、シリルはそっと姉を見た。
相変わらず姉フィオナは微笑んでいる。
でも弟だから、姉の扇子の動きがいつもより速いことを見抜いているし、微笑みもずっと慈愛深いもののままだと気付いてしまった。
「……姉さん、そろそろ違う笑顔にしたらどうかな?」
「あ……そ、そうね。こんな感じでいいかしら」
フィオナはすっと表情を変える。
途端に、楽しげな音楽を楽しむ微笑みになっていて、シリルは姉の努力の成果を小声でたたえた。
「いい笑顔だね。最高だよ! ただし……ちょっと涙目になってるかな」
「そ、それは光がまぶしいからかしら。……でも、私、なんというか……ちょっと思っていたのと違うというか、悪女からどんどん遠くなっているというか……」
「うん、悪女じゃなくて、縁結びのお姉様になっているね」
「縁結び……」
「なんだろう。若い世代の婚約率が一気に上がった気がするよ。この雰囲気、王太子殿下ご夫妻の結婚式を思い出すなぁ。もしかして、姉さんのご利益なのかな?」
「……これ、やっぱり普通の夜会ではないのね? それに、私はダンスの対象になっていないわよね?」
「あー……うん、たぶん普通じゃないと思うし、姉さんは保護者とか教祖様になっているかな……。あ、でも、あれだよ! 姉さんは今夜の一番の人気者だよね! 姉さんのためならなんでもしてくれそうな人間が増えたみたいから、カーバイン公爵家にはプラスになったと思うよ。さすがだよ、姉さんっ!」
シリルはまばゆいばかりの笑顔だ。
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