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平和な夜会
(41)退屈
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その後も、フィオナが出席する夜会は平和だった。
……平和すぎた。
最初は快適だと思っていたのに、だんだんイライラしてくる。シリルはのんびりとしているのに、なぜだろう。
「姉さん? 今夜も踊らないの?」
「……なんだか気分が乗らないわ。でも、踊っておく方が男漁り感が出るわよね?」
「えっと、まあそれはそうなんだけど。姉さんの気持ちが乗らない時まで無理しなくてもいいと思うよ。キラキラした目をしている令嬢たちと話をするだけでもいいんじゃないかな」
「そうね。ではそうしようかしら」
気分を変えるように、フィオナは近くにいた若い令嬢たちのところへと向かう。しかし、エメラルドグリーンの目は、手近な令嬢のネックレスにとまる。
シリルが、それに気づいて眉を動かすより早く、さり気なくその令嬢に声をかけた。
「ねえ、こちらで少し休ませてもらっていいかしら」
「は、はい! フィオナお姉様なら歓迎いたします!」
「ありがとう。……あら、あなたのそのネックレス、とても素敵な石を使っているわね。珍しいわ。なんて言う宝石なの?」
「あ、これは領地の石なんです。一般にはまだ宝石として認知されていませんが、とてもきれいだから私は好きなんです!」
「きれいな色ね。白の中に少し青が入っていて、不思議な透明感があって」
「……あの、もしよかったら、フィオナお姉様にお贈りしてもいいでしょうか! 決して高価なものではないですが、普段に使っていただければ……きっとお似合いだと思います!」
「まあ、嬉しいわ」
フィオナは微笑む。
しかしエメラルドグリーンの目は、新たな宝石としての価値を見積りしているようだ。
さりげなく見ていたシリルは、柔らかく微笑んでいるだけに見える姉が、すでに売り出し方まで考えているだろうことを見抜いている。
(まあ、最近は暇そうだったし、ね……)
呆れ気味にそう考えて、でも姉フィオナはあんなに退屈そうにする人だっただろうかと、ふと真顔になる。
以前のフィオナは、夜会ではもう少し楽しそうにしていた。若い男女が婚約したと報告に来ると動揺していたし、後でこっそり落ち込んでいたにしても、それなりに楽しんでいたはずだ。
最近も、密かに落ち込むのは変わっていない。しかし表情には出さないが、夜会ではずっと退屈そうにいている。
なぜなのか。
シリルには思い当たるものが全くない……と言うわけではない。
最近の夜会では、なぜかあの男に会わないのだ。おかげで、フィオナに秘めた恋の相手がいると言う噂はすでに消えかけている。
今一番の話題は、王家の末の第三王子に他国からの縁談が来ていること。それと……ローグラン侯爵に新たな婚約の噂があることだろうか。
(まさか、それで機嫌が悪いなんてことは……いや、まさかね?!)
シリルは心の中で頭を抱える。
だが、表面上はそんなことは片鱗すら見せない。夜会の雰囲気を楽しんでいるかのように微笑んでいた。
と、優雅な眉がわずかに動いた。
一人の貴族が姉フィオナに話しかけた。
あくまで軽い挨拶をしているだけのようだが、真っ直ぐにフィオナを見つめている。
年齢は三十歳前後。落ち着いた物腰で、微笑みは明るく、目は情熱的に輝いている。ルバート伯爵だ。
フィオナはいつも通りの微笑みを浮かべて対応しているが、ルバート伯爵が向けてくる感情は明らかだ。
それを敏感に察したのだろう。
フィオナを囲むように集まっていた若い令嬢たちはお互いに目配せをして、そろりそろりと目を逸らしたり離れたりしていた。
「おや、珍しい人を見るなぁ。あれは東部のルバート伯爵だろう?」
すぐ近くで聞こえた声に、シリルは小さくため息をつく。
苦笑を浮かべながら、いつの間にか横に来ている友人を振り返った。
「君、いろいろよく知っているよね。エリオット」
「これでも貴族社会を必死に生き抜いてきたからね。それに……先王陛下の庶子という噂もあった人だ。どうやらただの流言だったようだけど」
真剣な顔をしていたエリオットは、シリルと目が合うとニヤッと笑う。しかし、その隣に立つ才女ジュリアは、気遣わしげなため息をついた。
「あの方、フィオナ様に熱を上げているようですわね。でもロフロス殿下もそうみたいですけれど、大丈夫なのでしょうか」
「……君たちはうまくいっているみたいだね。いいことだと思うけど、姉さんのことで気を揉む必要はないんだよ?」
「とんでもございません! フィオナ様には絶対に幸せになっていただかねば! ですから、各種の情報網が必要なぜひお声をおかけください。これでも女のネットワークに伝手はありますから」
ジュリアの目は真剣で、冗談ですませる雰囲気ではない。
シリルは柔らかな微笑みを浮かべて無言を守った。
ルバート伯爵のことは、すでに情報を集めている。女性のネットワークは正直に言うと極めて興味はあるが、ルバート伯爵に関してはどう掘り進めても評価は覆りそうにない。すでにある情報の確証にしかならないだろう。
この件は、両親とその腹心までにとどめられているが……ルバート伯爵はフィオナの新しい縁談の相手だ。
まだフィオナには知らせていないし、何の返事もしていない。しかし先方は、即答でないことがすでに良い感触であると判断しているだろう。
ルバート伯爵本人はあの様子だ。フィオナを見初めていたのは間違いない。条件での打診ではなく、感情が先にある打診となると、今までの縁談とは違ってくる。
姉とルバート伯爵を見ながら、シリルはこの縁談を口にしたときの父カーバイン公爵を思い出していた。
フィオナの気持ち次第だと言いつつ、すでに結論を出した顔だった。シリルとしても不満はない。これ以上ないほど調査しても、特に減点すべきものは見つかっていない。
気になることがあるとすれば、微笑む姉フィオナがほのかに退屈そうなことか。
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