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# 28ー友情ー
しおりを挟む望が何気なく雄介の病室の前を通りかかったとき、ふと中から和也の声と、誰かの笑い声が聞こえてきたような気がした。
もう何年も一緒に仕事をしてきた相棒の声だ。和也の声だけは、たとえ雑踏の中にいても聞き分けられる。
望は思わず足を止め、そっと病室のドアを開けた。
案の定、そこには和也の姿があった。
「和也!」
「あ、望……」
まるで何事もなかったかのような反応だった。
だが、望の姿を見た途端、和也は気まずそうに笑いながら望の背中を押し、病室の外へと追い出すように促した。
「え? ちょ、お前なぁ! なんで、俺を雄介の病室に入れようとしねぇんだよ!?」
望は半ば呆れたように、半ば怒ったように声を荒げる。
しかし和也は、そんな望の反応にも慌てることなく、人差し指を口元に立てて「シーッ」と制する。
「ま、いいからいいから……」
その仕草に望は眉をひそめ、首を傾げた。
何をそんなに秘密めかしているのか。まるで自分だけが蚊帳の外に置かれているような気がして、胸の奥に苛立ちが募る。
「だから、なんで静かにしなきゃなんねぇんだよっ! それを、教えろって言ってんだよっ! それになぁ……今日はお前とくだらない話をしてる場合じゃなくてっ!」
声が病院の廊下に響いた。
望の苛立ちはもう限界だったのだろう。
そんな望を宥めるように、和也は一歩近づき、低い声で囁いた。
「あー、悪い悪い。……ちょっとでいいから、俺の話を聞いてくれねぇか?」
その声は、普段の和也らしくないほど小さかった。
病室の中にいる誰かに聞かれたくないのだろう。
和也はさらに顔を寄せ、極限まで抑えた声で話し始める。
「とりあえず仕事があるのは分かってる。でも、この話は望にも聞いてほしいんだ。
今日さ、桜井さんのところに見舞客が来てるだろ? その人たちの様子を見ていてほしいんだよな。俺はその間に、知り合いの刑事さんに電話してくるからさ」
「……って、別に声を小さくして話すようなことじゃねぇだろがっ!」
望はまだ納得できず、怒りを隠さない。
しかし、和也は真剣な表情で続けた。
「ところがどうやら、その桜井さんの事件に――関係が大ありかもしれないんだ。
詳しいことは後で話す。とにかく、望は桜井さんの病室で様子を見ててくれ。仕事は後でやるからさ」
そう言い残すと、和也は携帯を取り出し、足早に廊下の奥へと消えていった。
望はしばらくその背中を見送っていたが、やがて深くため息をつき、肩を落とした。
「……ったく、訳わかんねぇよ……」
ぼやきながらも、言われた通り雄介の病室へ戻る。
中に入ると、和也が話していた“見舞客”――雄介の同僚であり同期でもあるという坂本淳(さかもと・あつし)がいた。
雄介と坂本は、まるで時間が巻き戻ったかのように楽しそうに談笑している。
親友とはそういうものだ。
くだらない冗談でも心から笑い合える。
見ているだけで、二人の間にある絆の深さが伝わってくる。
望はそんな二人を見つめながら、ふと和也との関係を重ねていた。
いつも一緒に仕事をして、時に言い争い、でも最後は互いを信じ合ってきた――それが相棒というものだ。
だが、今の自分はこの輪の外に立っている。
自分がここにいる意味はあるのか。そんな思いが胸をかすめる。
雄介がちらりと望の方を見て、苦笑した。
その笑みには「気を遣うなよ」という優しさが滲んでいたが、望にはどこか居心地の悪さだけが残った。
時間だけが静かに過ぎていく。
腕時計に目を落とすと、もうすぐ面会終了の時刻だ。
和也はまだ戻ってこない。
やがて、病院内に穏やかなチャイムが響き渡った。
面会時間の終わりを告げる音が、どこか虚ろに望の胸へ染み込んでいった。
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