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# 29ー友情ー
しおりを挟む「ほな、また仕事でな!」
「ああ。またな。お前も早く仕事に復帰しろよ、皆待ってるからなっ!」
二人の間で交わされるのは、何気ないが温かみのある会話だった。
雄介の同僚である淳は笑顔を残して病室を後にし、その足音が廊下に遠ざかっていく。
その静けさの中で、雄介はふと望の方へ視線を向けた。
どこか気になっていたのだろう。望がずっと病室の隅にいたことを。
「なぁ先生、今日はずっとここにおったみたいやったけど……仕事、あったんやろ?」
「え? あ、ああ、まぁ……まぁな。
ただ、その……和也――あ、いや、梅沢さんが、俺に“仕事しないでここに居ろ”って言うから、言われるがままに居ただけで……別に、用事があったわけじゃねぇんだけどな。
ってか、アイツのせいで今日は残業決定だっつーのっ!」
望は頭をがしがしと掻きながら、苛立ちを抑えきれずに言葉をこぼす。
怒りの矛先はもちろん雄介ではなく、あの和也に向かっていた。
「そうやったんかぁ。で、先生、この前の返事は?」
「あ、えーと……」
まさかこのタイミングで“あの話”を切り出されるとは思わず、望の身体が一瞬固まる。
視線は天井を彷徨い、無意識に後頭部へ手をやった――そのとき。
病室のドアが勢いよく開く。
「望! おい望! 仕事に戻らねぇと、夜中になっちまうぞっ!」
現れたのは、息を少し上げた和也だった。
そのタイミングの良さに、望は呆れ顔で肩をすくめる。
「はいはい……分かってますよ」
と軽く返し、雄介の方を向いて、
「では、また……」
そう誤魔化すように言って、望は和也とともに病室を後にした。
***
自分たちの事務室へ戻ると、さっきまでの笑い声が嘘のように静まり返っていた。
窓の外には夕暮れの光が沈みかけ、蛍光灯の白さがやけに冷たく感じられる。
「……で、俺は今日、仕事を放り出してまで桜井さんの病室に居なきゃならなかった理由って、なんなんだ?」
望はデスクの端に腰をかけ、じっと和也を睨む。
苛立ちと、わずかな不安が混ざった視線だった。
「あー、はいはい……それね……まぁまぁ、それは分かってるから」
和也は曖昧に笑いながらも、目の奥には冗談の色はない。
「ってか、それもそうなんだけどさ――“約束”、忘れてねぇよな?
これは、望が言う“桜井さん”の件に関してのことだしよ」
その言葉に、望の肩がわずかに動いた。
和也は『約束』と『桜井』の二つを、わざと強調して口にした。
――あの時の約束。
“桜井さんの事件に協力する代わりに、望の身体を抱かせてくれ”
和也がそう言った夜のことを、望は鮮明に思い出す。
ふざけ半分のようでいて、本気のような、あの不思議な空気。
まさか、今このタイミングでそれを持ち出されるとは。
望は深いため息を吐き、額に手を当てた。
「……ったく、どこまで本気で言ってんだか……」
ぼそりと呟いたあと、やがて小さく息を整え、
「ああ、大丈夫だ。分かってるから」
と、呆れと動揺を入り混ぜた声で返した。
その声の震えを、和也が気づかなかったはずがない。
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