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# 4ー記憶ー
しおりを挟むそうして、望は雄介からのメールに動揺を隠せない様子で顔を伏せ、モップを手にするのだった。
「だってさぁ、望のそんな顔、久しぶりに見る顔だぜ。今の望はいつも見せないような表情してんだからな」
「うるせぇーって、言ってんだろうが……!」
望は苛立ちを隠せず、和也の頭を軽く叩く。その行為はもはや日常の一部で、和也の方も慣れたもので、痛がる素振りも見せない――はずだった。
しかし今回は違った。
「痛ってぇー!」
和也の声が部屋中に響く。
叩かれた頭を押さえながら、涙目で望を睨む。
「何も本気で叩くことはねぇだろうが……! あー! 超マジに今のは痛かったんですけどー!」
どうやら今回は、望が思った以上に力を込めて叩いてしまったようだ。
望の心がどこか落ち着かず、苛立ちと焦りが入り混じっていたせいだろう。
和也は涙目になりながらも、今の拍子に落としてしまった箒を拾い上げた。
「お前がしつこいからだろっ! お、お前……?」
望は言い返そうとしたその瞬間、白衣の内ポケットに入れていた携帯が再び震え出す。
その着信に、望の胸が小さく跳ねた。
携帯を開くと、そこには雄介からの新しいメッセージが届いていた。
『せやったら、よかったわぁ。ほな、どないする?』
望は一瞬ハテナマークを頭に浮かべ、少しだけ首を傾げる。
『とりあえず、俺がお前のとこに迎えに行くよ。後はそうだな……会ってから決めるのはどうだ?』
そう返信すると、まるで待っていたかのようにすぐに返事が届いた。
『あ、うん……せやな、分かった。ほな、待ってるし、早よしてな』
『ああ』
望は短く返すと、和也にも手を早めるよう促し、自分もモップを動かす手を加速させた。
心の中では、雄介に会うことへの期待と不安が入り混じっていた。
しばらくして和也が軽く息を吐きながら、望の方を見やる。
「なぁ、後は部屋の掃除だけだし、雄介が待ってるんだろ? それなら、少しでも早く行って会った方がいいんじゃねぇのか?」
「ん? え? あ、うん……」
和也の意外な言葉に望は一瞬手を止め、戸惑いの表情を浮かべる。
「本当にいいのか?」
「ああ」
「分かった、なら、ありがとうな。じゃあ、今度何か奢るよっ!」
「じゃあ、美味しい焼肉なぁー!」
「ああ、うん、それでいい」
望はそう言いながら持っていたモップを掃除用具入れに戻し、鞄を手に取ると、足早に部屋を出て行った。
その背中を見送った和也は、一人大きくため息を吐く。
「やっぱ、恋人がいるっていいよなぁ。早く俺も見つけねぇと……!」
ぽつりと呟いたその声は、静かな部屋に吸い込まれていった。
和也は再び箒を手に取り、残りの掃除を続ける。
一方その頃、望は駐車場へと向かい、自分の愛車へ乗り込む。
胸の鼓動を抑えようと深呼吸しながら、エンジンをかけた。
――雄介が待っている場所へ。
車は滑るように走り出し、目的地である春坂消防署へと向かっていく。
雄介が働くのは「春坂消防署」。
この地域は「春坂市」と呼ばれており、望が勤める病院の名前にも同じ地名が付けられている。
十分ほど車を走らせると、赤い車体が並ぶ消防署の建物が見えてきた。
その光景を目にした瞬間、望の胸はさらに高鳴るのだった。
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