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すずちゃんのJK生活
第33話 動き出す影
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朝の空気は澄みわたり、空は雲ひとつない快晴だった。グリフィンチ学園の校舎は、つい先日までの文化祭の熱気がまるで夢だったかのように、すっかり静けさを取り戻している。
いつもの教室。机に教科書を並べる音、廊下から聞こえる部活動の朝練帰りの声――そんな“日常”が、何事もなかったかのように流れていた。
「ねぇ小鈴ちゃん! 体育祭ってやっぱり秋開催だよね? 私、今年は全種目出たいんだよね~!」
登校してすぐ、隣の席の楓が弾けるような声で話しかけてくる。
「ぜ、全部!? ……それって種目ごとに違う練習あるし、スケジュールが大変じゃ……?」
「えへへっ、でも出られるうちにいっぱい走っておきたいじゃん?」
「やっぱり楓ちゃんは元気のかたまりだね……」
朝から飛ばしてくる楓に若干タジタジになりつつも、小鈴は自然と笑みを返した。このやり取りも、もう慣れた。すっかり、隣にいるのが当たり前の存在になっていた。
──けれど、小鈴の胸の奥には、昨日感じた微かなざわめきが残っている。
一郎が感じ取ったという“探れなかった気配”。あれがただの気のせいではなかったのではないかという予感が、心のどこかにくすぶっている。
今朝の裏文芸部のグループチャットでも、その件は話題に上っていた。
【裏文芸部】
小鈴:昨日の“感知遮断”、やっぱり気になりますね……。
一郎:何かの予兆かもしれない。しばらくは注意して観察しておこう。
優凜:何かあったらすぐ報告を。念のため、対策も考えておくわ。
スマホの画面を見つめながら、小鈴は鞄の中に小さなメモ帳を忍ばせた。ページには、異変の兆候や、《貪食》の制御に役立つスケッチがこまごまと記されている。
(何も起きなければ、それでいい。でも……)
その時、教室のドアが軽く開いて、都斗がひょこっと顔を出した。
「……楓、次の部活ミーティング、時間変更になった。昼にするってさ」
「えっ、もう!? 今日の昼!?」
「昨日、グループのLINEに流れてたよ。読んでないでしょ」
「うぐっ……すずちゃんが話しかけてくれたから……!」
「……言い訳にもなってないけど」
「ほら都斗、怖い顔しない!」
「いつも通りの顔だ」
都斗がそっけなく背を向けると、楓は小声で「無愛想担当~」と呟き、小鈴は思わず吹き出した。穏やかな朝のひととき。しかし、教室の隅で眼鏡の奥を細めていた一郎だけは、違う空気を感じ取っていた。
(……また、あの“気配”だ)
今日の早朝、東棟のあたりで、またしても一瞬だけ“探れない影”が現れた。
距離は資料棟ほど遠くはない。だがその存在はあまりに不安定で、まるでこちらの感知を意図的にかわしているかのようだった。
(あれは……人か、それとも──)
◇
放課後。
裏文芸部の面々は、通常よりも早めに集まっていた。文芸部の活動場所の奥――書庫と空き教室を改装した“秘密基地”のような裏文芸部拠点で、重たい空気が張り詰める。
「一郎、今朝の件、やっぱり報告しておいた方がいい?」
紅葉が低い声で訊ねた。
「まだ証拠が薄い。反応も断続的で、あえて“視らせない”意図すら感じる。相手がこちらを知っているなら……」
「先手を打たれかねない、ってわけね」
優凜が考えるように腕を組む。
「これって……また、前みたいな“敵”の予兆、なんですか?」
不安げに問う小鈴に、一郎は静かに頷いた。
「可能性はある。ただし今回は、“こちらからは姿が見えない”ってところが厄介だな」
「探索をかいくぐってるの?」
「もしくは、最初から範囲外に潜んでる。わざと断続的に姿を見せて、撹乱しているのかも」
室内の空気がじんわりと張り詰める中、紅葉が静かに切り出した。
「──とりあえず、東棟を重点的に観察しよう。明日から交代で校舎を見回る。もちろん、楓には絶対に知られないように」
「了解」
「わかりました」
「すずちゃん、無理はしないで。異能が関係しそうなら俺が飛ぶから」
都斗の言葉に、小鈴は小さく頷く。
「う、うん。ありがとう、先輩……」
一瞬、緊張が和らいだ空気の中、誰もが明日の“何か”を予感していた。
◇
──その夜。
グリフィンチ学園、東棟。
校舎の窓から差し込む街灯の光が、床にぼんやりと影を落としていた。
ふ、とその影が揺れる。
廊下の奥、誰もいないはずの場所に、曖昧な“人の形”が浮かび上がる。
その輪郭は歪み、時折、ゆらりと形を変える。
壁の時計が、静かに午後十一時を指したとき──
ガリ……ッ
床を引きずるような音が響いた。
一瞬の緊張。そして、すぐに音は止み、気配も消える。
だがそこには、確かに“存在”があった。
ただ静かに、息を潜めて。
──誰にも見つからぬように。誰かの裏をかくように。
いつもの教室。机に教科書を並べる音、廊下から聞こえる部活動の朝練帰りの声――そんな“日常”が、何事もなかったかのように流れていた。
「ねぇ小鈴ちゃん! 体育祭ってやっぱり秋開催だよね? 私、今年は全種目出たいんだよね~!」
登校してすぐ、隣の席の楓が弾けるような声で話しかけてくる。
「ぜ、全部!? ……それって種目ごとに違う練習あるし、スケジュールが大変じゃ……?」
「えへへっ、でも出られるうちにいっぱい走っておきたいじゃん?」
「やっぱり楓ちゃんは元気のかたまりだね……」
朝から飛ばしてくる楓に若干タジタジになりつつも、小鈴は自然と笑みを返した。このやり取りも、もう慣れた。すっかり、隣にいるのが当たり前の存在になっていた。
──けれど、小鈴の胸の奥には、昨日感じた微かなざわめきが残っている。
一郎が感じ取ったという“探れなかった気配”。あれがただの気のせいではなかったのではないかという予感が、心のどこかにくすぶっている。
今朝の裏文芸部のグループチャットでも、その件は話題に上っていた。
【裏文芸部】
小鈴:昨日の“感知遮断”、やっぱり気になりますね……。
一郎:何かの予兆かもしれない。しばらくは注意して観察しておこう。
優凜:何かあったらすぐ報告を。念のため、対策も考えておくわ。
スマホの画面を見つめながら、小鈴は鞄の中に小さなメモ帳を忍ばせた。ページには、異変の兆候や、《貪食》の制御に役立つスケッチがこまごまと記されている。
(何も起きなければ、それでいい。でも……)
その時、教室のドアが軽く開いて、都斗がひょこっと顔を出した。
「……楓、次の部活ミーティング、時間変更になった。昼にするってさ」
「えっ、もう!? 今日の昼!?」
「昨日、グループのLINEに流れてたよ。読んでないでしょ」
「うぐっ……すずちゃんが話しかけてくれたから……!」
「……言い訳にもなってないけど」
「ほら都斗、怖い顔しない!」
「いつも通りの顔だ」
都斗がそっけなく背を向けると、楓は小声で「無愛想担当~」と呟き、小鈴は思わず吹き出した。穏やかな朝のひととき。しかし、教室の隅で眼鏡の奥を細めていた一郎だけは、違う空気を感じ取っていた。
(……また、あの“気配”だ)
今日の早朝、東棟のあたりで、またしても一瞬だけ“探れない影”が現れた。
距離は資料棟ほど遠くはない。だがその存在はあまりに不安定で、まるでこちらの感知を意図的にかわしているかのようだった。
(あれは……人か、それとも──)
◇
放課後。
裏文芸部の面々は、通常よりも早めに集まっていた。文芸部の活動場所の奥――書庫と空き教室を改装した“秘密基地”のような裏文芸部拠点で、重たい空気が張り詰める。
「一郎、今朝の件、やっぱり報告しておいた方がいい?」
紅葉が低い声で訊ねた。
「まだ証拠が薄い。反応も断続的で、あえて“視らせない”意図すら感じる。相手がこちらを知っているなら……」
「先手を打たれかねない、ってわけね」
優凜が考えるように腕を組む。
「これって……また、前みたいな“敵”の予兆、なんですか?」
不安げに問う小鈴に、一郎は静かに頷いた。
「可能性はある。ただし今回は、“こちらからは姿が見えない”ってところが厄介だな」
「探索をかいくぐってるの?」
「もしくは、最初から範囲外に潜んでる。わざと断続的に姿を見せて、撹乱しているのかも」
室内の空気がじんわりと張り詰める中、紅葉が静かに切り出した。
「──とりあえず、東棟を重点的に観察しよう。明日から交代で校舎を見回る。もちろん、楓には絶対に知られないように」
「了解」
「わかりました」
「すずちゃん、無理はしないで。異能が関係しそうなら俺が飛ぶから」
都斗の言葉に、小鈴は小さく頷く。
「う、うん。ありがとう、先輩……」
一瞬、緊張が和らいだ空気の中、誰もが明日の“何か”を予感していた。
◇
──その夜。
グリフィンチ学園、東棟。
校舎の窓から差し込む街灯の光が、床にぼんやりと影を落としていた。
ふ、とその影が揺れる。
廊下の奥、誰もいないはずの場所に、曖昧な“人の形”が浮かび上がる。
その輪郭は歪み、時折、ゆらりと形を変える。
壁の時計が、静かに午後十一時を指したとき──
ガリ……ッ
床を引きずるような音が響いた。
一瞬の緊張。そして、すぐに音は止み、気配も消える。
だがそこには、確かに“存在”があった。
ただ静かに、息を潜めて。
──誰にも見つからぬように。誰かの裏をかくように。
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