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すずちゃんのJK生活
第44話 楓のいない誕生日
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校舎に残っている人影は、すでにほとんどなかった。夕陽が斜めに差し込む廊下には、窓枠の影が細長く伸び、床の上で淡く揺れている。けれど、その中に、探している“彼女”の姿はなかった。
「体育館の裏にもいなかったです。職員室にも寄ってないみたいで……」
「購買も昇降口も見たけど、足取りらしきものすらない。メッセージも未読のまま……」
静まり返った放課後の空気の中、紅葉の低い声だけが響いた。彼の表情は冗談ひとつ挟めないほど硬く、スマホの画面を何度も更新しながら、眉をひそめる。
小鈴の手には、まだプレゼントを入れた紙袋がしっかりと握られていた。軽い包みのはずなのに、重くて、頼りなくて、今にも落ちてしまいそうな気がしていた。
「そろそろ、生徒の立ち入り禁止区域も確認するべきかも」
優凜が静かに言った。その言葉には決して誇張ではない、現実的な“危機”の匂いが含まれていた。声に含まれる緊張が、小鈴の胸を強く締めつける。
「まさか……何かに巻き込まれた、なんてことないですよね……?」
誰も、即座に返答することはなかった。けれど、その沈黙が示しているものは、言葉よりずっと明瞭だった。
*
「校門前は?」「中庭も見ました」「図書館も確認済み」
文芸部のグループチャットが、次々と報告で埋まっていく。すでに部員たちは手分けして、学園内をあらゆる方向から捜索していた。
それでも、楓の姿はどこにも見当たらない。チャットには既読がつかず、メッセージにも反応がない。
そんな中、小鈴はふと気がついた。
(あれ……黒酒くん、さっきから何も……)
いつもなら一番早く気づき、動いているはずの彼の名前が、なぜかチャットの中に見当たらない。
けれど、考えこむ暇もなかった。今は──
「楓ちゃん、どこ……」
再び、小鈴は校舎の外へと駆け出した。夕陽が窓に反射し、視界が眩しくゆがむ。
──20分後。学園の裏手、資料棟のさらに奥。生徒の立ち入りが制限された、半ば封鎖された区域。
「こっち……何か、ある気がする」
紅葉が立ち止まった。彼の視線は、普段の冷静さとは違う緊張を孕んでいる。ただの直感ではない。明確な“気配”があるのだ。
「この辺、以前の事件で使われた場所よね……何かまた?」
優凜が問いかける。その声もまた、かすかに震えていた。
「探索の能力があれば……って、あれ。黒酒くんは?」
小鈴の問いに、皆が一瞬沈黙した。
「……さっきまで一緒だったのに。どこかで逸れた?」
「それとも、別のルートを見てる……?」
不自然に姿を見せなくなった一郎の存在。しかし、今それを追及している余裕はなかった。
「とにかく、先に楓ちゃんを見つけよう」
紅葉の言葉に、全員が頷く。小鈴も包みを握り直し、一歩踏み出した。
そのとき──
「止まれ」
低く、鋭い声が空気を裂いた。
木立の間から、制服姿の人影が現れる。
乃斗都斗──彼の姿は、確かにそこにあった。しかし、その雰囲気は、どこか異様だった。
無言のまま、一歩、また一歩と前に出る。いつもの軽い調子も、口元の柔らかな笑みもない。そこにあるのは、ただ静かな、しかし冷たい意志。
「都斗くん!? 何して……今、私たち──楓ちゃんを──」
「退け」
冷たく、一言。
言葉より先に、彼の身体が動いた。風のような速さで。
次の瞬間、鋭い衝撃音が木々の間に響く。
「っ、武器!」
優凜の手に展開されたブレードが、夕陽に反射して青白く光る。だが、それは都斗の斬撃を受け止めきれるものではなかった。
「今の、殺気……本気で、来てる!?」
「待って、都斗くんっ! どうして!?」
紅葉先輩が叫ぶ。だが、都斗は何も答えなかった。
まるで……まったくの別人のようだった。
次の瞬間、地を滑るような身のこなしで、小鈴に向けて一直線に突撃してくる。
「……来る!」
「《貪食》!」
反射的に、光の球体が小鈴の目の前に展開される。その力は、彼女が入学時に得た異能。まだまだ不完全で未熟ながら、訓練の成果が少しずつ形になりつつあった。
「くっ……!」
その前に立ちはだかるように、紅葉が身を投げ出す。
「待て! 都斗、目を覚ませ!! 俺だ、紅葉だろ!」
返答はない。むしろ、都斗の動きはさらに鋭さを増した。
(違う──これは、都斗くんじゃない)
小鈴は確信した。この目の前の“都斗”には、あの優しさも、楓を想う静かな誠実さも感じられない。
「《貪食》、全展開!」
球体がさらに強く輝き、攻撃を吸収する準備が整う。小鈴の能力は本来、対象の力や情報を“喰らう”もの。直接的な攻撃には向かないが、受け止めるだけなら──
「くるっ……!」
都斗の刃が迫る。その軌道は鋭く、容赦のない斬撃。
だが、そこへ──
「下がって、小鈴ちゃん!」
優凜の声と共に、横から飛び込む影。
交差する攻撃音。火花。冷たい金属音。紅葉が、都斗の斬撃を寸前で逸らした。
「何やってんだよ……一緒に楓を守るんだろ、都斗!」
叫びは届かない。
都斗は、まるで命令に従うかのように、次の一撃の構えを取っていた。
──この異変の先に、楓ちゃんがいる。
そんな確信だけが、皆を突き動かしていた。
「体育館の裏にもいなかったです。職員室にも寄ってないみたいで……」
「購買も昇降口も見たけど、足取りらしきものすらない。メッセージも未読のまま……」
静まり返った放課後の空気の中、紅葉の低い声だけが響いた。彼の表情は冗談ひとつ挟めないほど硬く、スマホの画面を何度も更新しながら、眉をひそめる。
小鈴の手には、まだプレゼントを入れた紙袋がしっかりと握られていた。軽い包みのはずなのに、重くて、頼りなくて、今にも落ちてしまいそうな気がしていた。
「そろそろ、生徒の立ち入り禁止区域も確認するべきかも」
優凜が静かに言った。その言葉には決して誇張ではない、現実的な“危機”の匂いが含まれていた。声に含まれる緊張が、小鈴の胸を強く締めつける。
「まさか……何かに巻き込まれた、なんてことないですよね……?」
誰も、即座に返答することはなかった。けれど、その沈黙が示しているものは、言葉よりずっと明瞭だった。
*
「校門前は?」「中庭も見ました」「図書館も確認済み」
文芸部のグループチャットが、次々と報告で埋まっていく。すでに部員たちは手分けして、学園内をあらゆる方向から捜索していた。
それでも、楓の姿はどこにも見当たらない。チャットには既読がつかず、メッセージにも反応がない。
そんな中、小鈴はふと気がついた。
(あれ……黒酒くん、さっきから何も……)
いつもなら一番早く気づき、動いているはずの彼の名前が、なぜかチャットの中に見当たらない。
けれど、考えこむ暇もなかった。今は──
「楓ちゃん、どこ……」
再び、小鈴は校舎の外へと駆け出した。夕陽が窓に反射し、視界が眩しくゆがむ。
──20分後。学園の裏手、資料棟のさらに奥。生徒の立ち入りが制限された、半ば封鎖された区域。
「こっち……何か、ある気がする」
紅葉が立ち止まった。彼の視線は、普段の冷静さとは違う緊張を孕んでいる。ただの直感ではない。明確な“気配”があるのだ。
「この辺、以前の事件で使われた場所よね……何かまた?」
優凜が問いかける。その声もまた、かすかに震えていた。
「探索の能力があれば……って、あれ。黒酒くんは?」
小鈴の問いに、皆が一瞬沈黙した。
「……さっきまで一緒だったのに。どこかで逸れた?」
「それとも、別のルートを見てる……?」
不自然に姿を見せなくなった一郎の存在。しかし、今それを追及している余裕はなかった。
「とにかく、先に楓ちゃんを見つけよう」
紅葉の言葉に、全員が頷く。小鈴も包みを握り直し、一歩踏み出した。
そのとき──
「止まれ」
低く、鋭い声が空気を裂いた。
木立の間から、制服姿の人影が現れる。
乃斗都斗──彼の姿は、確かにそこにあった。しかし、その雰囲気は、どこか異様だった。
無言のまま、一歩、また一歩と前に出る。いつもの軽い調子も、口元の柔らかな笑みもない。そこにあるのは、ただ静かな、しかし冷たい意志。
「都斗くん!? 何して……今、私たち──楓ちゃんを──」
「退け」
冷たく、一言。
言葉より先に、彼の身体が動いた。風のような速さで。
次の瞬間、鋭い衝撃音が木々の間に響く。
「っ、武器!」
優凜の手に展開されたブレードが、夕陽に反射して青白く光る。だが、それは都斗の斬撃を受け止めきれるものではなかった。
「今の、殺気……本気で、来てる!?」
「待って、都斗くんっ! どうして!?」
紅葉先輩が叫ぶ。だが、都斗は何も答えなかった。
まるで……まったくの別人のようだった。
次の瞬間、地を滑るような身のこなしで、小鈴に向けて一直線に突撃してくる。
「……来る!」
「《貪食》!」
反射的に、光の球体が小鈴の目の前に展開される。その力は、彼女が入学時に得た異能。まだまだ不完全で未熟ながら、訓練の成果が少しずつ形になりつつあった。
「くっ……!」
その前に立ちはだかるように、紅葉が身を投げ出す。
「待て! 都斗、目を覚ませ!! 俺だ、紅葉だろ!」
返答はない。むしろ、都斗の動きはさらに鋭さを増した。
(違う──これは、都斗くんじゃない)
小鈴は確信した。この目の前の“都斗”には、あの優しさも、楓を想う静かな誠実さも感じられない。
「《貪食》、全展開!」
球体がさらに強く輝き、攻撃を吸収する準備が整う。小鈴の能力は本来、対象の力や情報を“喰らう”もの。直接的な攻撃には向かないが、受け止めるだけなら──
「くるっ……!」
都斗の刃が迫る。その軌道は鋭く、容赦のない斬撃。
だが、そこへ──
「下がって、小鈴ちゃん!」
優凜の声と共に、横から飛び込む影。
交差する攻撃音。火花。冷たい金属音。紅葉が、都斗の斬撃を寸前で逸らした。
「何やってんだよ……一緒に楓を守るんだろ、都斗!」
叫びは届かない。
都斗は、まるで命令に従うかのように、次の一撃の構えを取っていた。
──この異変の先に、楓ちゃんがいる。
そんな確信だけが、皆を突き動かしていた。
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