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すずちゃんのJK生活
第46話 無垢なる牙、そして忘却
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紅葉が壁に叩きつけられる音が、耳を刺した。
乾いた衝撃音と同時に、砂埃が舞い上がり、頬を撫でる。
その一瞬で、胸の奥がぎゅっと縮み、息が詰まる。
優凜さんの防具が砕ける鈍い音が、それに続いた。
金属の破片が床を転がる音がやけに響く。
視界の端で、彼女が肩を押さえながらよろめくのが見えた。
一郎くんの姿が見えないことさえ、今の私にとっては恐怖でしかなかった。
彼まで倒れているのか、それとも……。
頭の中で最悪の想像が浮かび、必死に振り払う。
そして、ただ一人。
鳥夜都斗――。
私たちの仲間だったはずの彼が、無表情で立っている。
その手には、冷たい光を帯びた武器が形を変えながら生まれ続けていた。
「ど……うして……」
声がかすれる。
喉が焼けつくように乾いて、言葉が出ない。
足が震える。
指先が、勝手に冷たくなっていく。
信じられない。
いや、信じたくなかった。
彼が――都斗くんが、こんなふうに、私たちに刃を向けるなんて。
その表情には、何もなかった。
怒りも迷いもない。
まるで精巧な人形。
感情というものがすべて削ぎ落とされたみたいで、背筋が凍る。
彼は無言のまま動いた。
その足音さえ聞き取れないほど、速い。
(──消えた!?)
次の瞬間、風圧。
紅葉の横を何かが掠め、鋭い衝撃が弾けた。
彼の身体が宙を舞い、二度目の鈍い音を立てて地面に転がる。
「紅葉!先輩!」
思わず叫ぶ。
けれど、返事はない。
ただ、口から血が零れるのが見えた。
「くっ、なんで……どうして、都斗……っ!」
優凜さんが叫び、重力を操る刃を飛ばす。
けれど、都斗は一歩も動かない。
代わりに――彼の周囲に光の紋様が展開された。
(……え、これ、《転移》!?)
優凜さんの刃が届く前に、都斗は空間ごと消え、次の瞬間には彼女の背後にいた。
「うそっ――」
その驚愕の声と同時に、肘が彼女の背を撃つ。
骨が軋む音が聞こえた気がした。
優凜さんの身体が弧を描き、床に叩きつけられる。
「……っ!」
言葉にならない悲鳴が喉に張り付いた。
どうして……どうしてこんなことに。
(勝てない……!)
分かってしまった。
今の彼は、人じゃない。
模倣された《貪食》、計算し尽くされた武器、そして転移の応用――。
私たちが使ってきたすべてを、彼はより鋭く、正確に組み合わせていた。
紅葉先輩が、血を吐きながら立ち上がる。
その姿に、胸が締めつけられる。
「やめて! 無理だよ、紅葉先輩!」
叫ぶ声は、届かない。
彼は足をふらつかせながら、都斗へ突進した。
「っ……!」
金属音。
腕と腕がぶつかる鈍い響き。
紅葉が必死に押し返す。
だが――
「がはっ……!」
膝が突き上げられた。
紅葉の腹部に、えぐるような衝撃。
その身体が、再び地面に沈む。
「はは……ほんと、容赦ないわね、あんた……っ」
優凜さんのかすれた声が耳に届く。
笑っている。でも、それは強がりだって分かる。
彼女の額から、赤い雫がぽたりと落ちた。
そして――私も。
足に力が入らない。
全身に痺れと痛みが広がって、息をするのも苦しい。
立っているのが、やっとだった。
都斗が、静かにこちらを見た。
その瞳に感情はない。
ただ、“命令”だけがある。
その手が、ゆっくりと持ち上がる。
掌の上に、黒い球体が浮かぶ。
模倣された《貪食》――。
「や……だ……」
声にならない声が漏れる。
もう、避けられない。
もう、終わる――。
そのとき。
すべてが、止まった。
空気が、凍る。
風も、音も、動きも――世界が静止したかのように。
都斗の攻撃も、宙に浮いた武器も、時間そのものが固まったようだった。
(……え?)
戸惑う視界の中で、足元に転移の紋が広がる。
紅葉の力だと気づいた瞬間、胸が詰まった。
「待って、まだ――」
叫んだとき、視界に都斗の顔があった。
間近で見たその瞳は、やっぱり無機質で――でも、ほんの一瞬だけ、揺れた気がした。
唇が、わずかに動く。
『……ごめん』
声にはならない。
でも、確かにそう言った。
光が、視界を飲み込んだ。
⸻
気がつけば、校舎の裏の花壇のそばにいた。
転移、させられたんだと理解した瞬間、足が勝手に動く。
「紅葉先輩! 優凜さん! 一郎くん……!?」
名前を叫びながら、学園を走り回る。
でも――誰もいなかった。
あの場所に戻っても、痕跡すらない。
血も、武器も、彼も――楓ちゃんさえ。
何も、なかった。
⸻
その日から、胸に違和感が残った。
大事な何かを、忘れてしまったみたいな、嫌な感覚。
文芸部の人数を一郎くんが指折り数えたとき、私は何も言えなかった。
「だいたいこんなもんだったよな」
紅葉と優凜さんが、そう言うのを聞きながら――心がざわついた。
(違う……誰かがいた)
でも、名前が出てこない。
顔も思い出せない。
ただ――誰かが、いつも楓ちゃんのそばにいて、無口で、笑わなくて……。
「……っ」
違う。
そんな人は最初からいなかった。
名簿にも、クラスにも、どこにも存在しない。
“☻☻☻☻”なんて、生徒は――最初から、いなかった。
⸻
夜のベッドで、スマホを握りしめながら、小さく呟く。
「……ごめんね」
その言葉が、誰に向けたものなのか。
もう、分からないまま。
乾いた衝撃音と同時に、砂埃が舞い上がり、頬を撫でる。
その一瞬で、胸の奥がぎゅっと縮み、息が詰まる。
優凜さんの防具が砕ける鈍い音が、それに続いた。
金属の破片が床を転がる音がやけに響く。
視界の端で、彼女が肩を押さえながらよろめくのが見えた。
一郎くんの姿が見えないことさえ、今の私にとっては恐怖でしかなかった。
彼まで倒れているのか、それとも……。
頭の中で最悪の想像が浮かび、必死に振り払う。
そして、ただ一人。
鳥夜都斗――。
私たちの仲間だったはずの彼が、無表情で立っている。
その手には、冷たい光を帯びた武器が形を変えながら生まれ続けていた。
「ど……うして……」
声がかすれる。
喉が焼けつくように乾いて、言葉が出ない。
足が震える。
指先が、勝手に冷たくなっていく。
信じられない。
いや、信じたくなかった。
彼が――都斗くんが、こんなふうに、私たちに刃を向けるなんて。
その表情には、何もなかった。
怒りも迷いもない。
まるで精巧な人形。
感情というものがすべて削ぎ落とされたみたいで、背筋が凍る。
彼は無言のまま動いた。
その足音さえ聞き取れないほど、速い。
(──消えた!?)
次の瞬間、風圧。
紅葉の横を何かが掠め、鋭い衝撃が弾けた。
彼の身体が宙を舞い、二度目の鈍い音を立てて地面に転がる。
「紅葉!先輩!」
思わず叫ぶ。
けれど、返事はない。
ただ、口から血が零れるのが見えた。
「くっ、なんで……どうして、都斗……っ!」
優凜さんが叫び、重力を操る刃を飛ばす。
けれど、都斗は一歩も動かない。
代わりに――彼の周囲に光の紋様が展開された。
(……え、これ、《転移》!?)
優凜さんの刃が届く前に、都斗は空間ごと消え、次の瞬間には彼女の背後にいた。
「うそっ――」
その驚愕の声と同時に、肘が彼女の背を撃つ。
骨が軋む音が聞こえた気がした。
優凜さんの身体が弧を描き、床に叩きつけられる。
「……っ!」
言葉にならない悲鳴が喉に張り付いた。
どうして……どうしてこんなことに。
(勝てない……!)
分かってしまった。
今の彼は、人じゃない。
模倣された《貪食》、計算し尽くされた武器、そして転移の応用――。
私たちが使ってきたすべてを、彼はより鋭く、正確に組み合わせていた。
紅葉先輩が、血を吐きながら立ち上がる。
その姿に、胸が締めつけられる。
「やめて! 無理だよ、紅葉先輩!」
叫ぶ声は、届かない。
彼は足をふらつかせながら、都斗へ突進した。
「っ……!」
金属音。
腕と腕がぶつかる鈍い響き。
紅葉が必死に押し返す。
だが――
「がはっ……!」
膝が突き上げられた。
紅葉の腹部に、えぐるような衝撃。
その身体が、再び地面に沈む。
「はは……ほんと、容赦ないわね、あんた……っ」
優凜さんのかすれた声が耳に届く。
笑っている。でも、それは強がりだって分かる。
彼女の額から、赤い雫がぽたりと落ちた。
そして――私も。
足に力が入らない。
全身に痺れと痛みが広がって、息をするのも苦しい。
立っているのが、やっとだった。
都斗が、静かにこちらを見た。
その瞳に感情はない。
ただ、“命令”だけがある。
その手が、ゆっくりと持ち上がる。
掌の上に、黒い球体が浮かぶ。
模倣された《貪食》――。
「や……だ……」
声にならない声が漏れる。
もう、避けられない。
もう、終わる――。
そのとき。
すべてが、止まった。
空気が、凍る。
風も、音も、動きも――世界が静止したかのように。
都斗の攻撃も、宙に浮いた武器も、時間そのものが固まったようだった。
(……え?)
戸惑う視界の中で、足元に転移の紋が広がる。
紅葉の力だと気づいた瞬間、胸が詰まった。
「待って、まだ――」
叫んだとき、視界に都斗の顔があった。
間近で見たその瞳は、やっぱり無機質で――でも、ほんの一瞬だけ、揺れた気がした。
唇が、わずかに動く。
『……ごめん』
声にはならない。
でも、確かにそう言った。
光が、視界を飲み込んだ。
⸻
気がつけば、校舎の裏の花壇のそばにいた。
転移、させられたんだと理解した瞬間、足が勝手に動く。
「紅葉先輩! 優凜さん! 一郎くん……!?」
名前を叫びながら、学園を走り回る。
でも――誰もいなかった。
あの場所に戻っても、痕跡すらない。
血も、武器も、彼も――楓ちゃんさえ。
何も、なかった。
⸻
その日から、胸に違和感が残った。
大事な何かを、忘れてしまったみたいな、嫌な感覚。
文芸部の人数を一郎くんが指折り数えたとき、私は何も言えなかった。
「だいたいこんなもんだったよな」
紅葉と優凜さんが、そう言うのを聞きながら――心がざわついた。
(違う……誰かがいた)
でも、名前が出てこない。
顔も思い出せない。
ただ――誰かが、いつも楓ちゃんのそばにいて、無口で、笑わなくて……。
「……っ」
違う。
そんな人は最初からいなかった。
名簿にも、クラスにも、どこにも存在しない。
“☻☻☻☻”なんて、生徒は――最初から、いなかった。
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夜のベッドで、スマホを握りしめながら、小さく呟く。
「……ごめんね」
その言葉が、誰に向けたものなのか。
もう、分からないまま。
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