鬼と柊

はるた

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「お前は、そういうところがつまらんのだ。こいつにはっきり言ってやればどうだ?現実だとな。」

 知らない男の声が急に割り込んできた。

「えっ、鬼っ!?」

 それに現実って。

「鬼灯……。勝手に降りてこないでといつも言っているでしょう。」

 突然現れた鬼は柊さんには構わず、僕にぐぐぐと近寄ってくる。

「小僧、本当に振り返っていないんだな?」

「えっーと、……。」

 圧がすごい、な。

 僕は後ずさりしながら柊さんの方へ目だけで「どうすれば……」と助けを求める。

 どうやら知り合い?のようだけど。

「鬼灯。」 

 柊さんは刀を抜き、鬼の首へと一直線に振った。

 鬼はそれをひょいと軽くよけると、少しだけ僕との間に距離ができた。

「ただ聞いていただけだろう。何が悪い?」

「全て。」

「はぁ?この完璧な俺を見て何を言うか。」

 柊さんにばっさりと言い切られた鬼は不満げだ。

 柊さんは冷ややかな目を鬼へと向けている。

 夕焼けのような赤とオレンジのグラデーションがかかった角に、上に広がる空と同じ真っ赤な目。喋る時に見える肉食獣のように鋭い歯は確かに鬼だ。

 しかし、黒い着物をがばっと胸のあたりを開けてゆるりと着ている鬼は、昨日の鬼と比べれば身長は170ほどでさして高くもなく、筋肉質だがスラリとしていて、人間に近い容姿をしていた。

 多分角が無ければ人間とさして遜色はない、かも。

「驚かせてしまってすみません」と柊さんは頭を下げた。

 驚かせた本人、いや、本鬼と言うべきか、は素知らぬ顔で腕を組み堂々としている。

「これは鬼灯ほおずきと言って、鬼ですが、人を喰わない鬼なので安心して下さい。」

 柊さんはこれと隣に立つ鬼灯と言う鬼を指差した。

 そこで僕は、全ての鬼が人を食べるわけじゃないんだと知る。

 鬼は、柊さんの指をピンッと軽く弾いたついでに「鬼灯様、または王と呼べ」と自己紹介?をした。

 柊さんは弾かれた指をさすりながら「鬼灯の言うことは一切聞かなくていいので、お好きなように呼んでください」と淡々と付け足した。

「僕は、佐藤唯人と言います。よろしくお願いします。鬼灯、さん。」

 初対面でいきなり呼び捨てもどうかと思い、さんを付けた。

「小僧の名などどうでもいい。聞いてるのは振り返ったのかどうかだ。とっとと答えろ。」

「振り返らなかったと言っていたの、聞いてなかったの?」

 僕の代わりに柊さんが答える。

 そういえば鬼灯さんは急に現れたのにも関わらず、どうして会話の内容を知っているのだろう。

 急に現れたのは柊さんも同じだけれど。

「お前に聞いてない。おい、どうなんだ。」

 圧はあるけど、さっきよりは免疫がついていた。

「振り返ってはいないです。それよりも鬼灯さんはいなかったのに聞いていたってどういうことですか?」

「それより、だと?」

 鬼灯さんの眉がぴくりと動く。

 怒らせてしまったかもしれないと僕が思ったと同時に柊さんは「式神」と呟き、指を上から下にスイっと動かした。

 白い塊が上から降ってきた、と思ったらそのまま一直線に鬼灯さんを掴んで、連れ去っていく。

 後に残されたのは、ぽかんとした僕と無表情の柊さん。

「今、何が……?」

「私の式神です。昨日の小さな式神は迷い人の探索と守護用でしたが、今のは私が移動する際に使う式神です。いつも上に待機させています。このように。」

 柊さんはまたスイっと指を動かす。

 白い塊に見えたのは、昨日の式神を拡大した大きな鳥で、翼はやはり柊の葉のようにギザギザとしていた。

 その上には不機嫌そうに鬼灯さんが胡座を組んで座っている。

 「お前はっ……!」と鬼灯さんが文句を言う前に柊さんが指を動かし、また空へと戻されてしまった。
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