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十七
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「すみません。正直僕には全然理解ができない、です……。世界を分断とかスケールが大きすぎて本当にできるのかとか思ってしまいました……。」
「理解しようとしてくれたことだけで十分だよ。」
柏那さんは特に気にすることなく言った。理解できないことが当然だと思っているのだと思う。嫌味ではなく。
「僕は、空間を操れるんだ。ここもそう。外から見えないように。許可した者しか入れないように。空間をいじってる。空間を作るには実在する土地が必要で、イメージとしてはその上にこの空間を新しく力で創造しているようなものかな。空間の規模が大きくなればなるほど必要な力も技術も増えるけど、上手く扱えれば小さな世界くらいなら作ることが可能なんだよ。」
と、言われても。くらいで収まるレベルではないことしか分からない。
「すごい、ですね……。」
言葉を探してようやく見つけたのはすごいの一単語。なにがすごいのかすらも分からないけれどすごいことに違いはないことだけは分かる。
干鰯谷くんも点と点の距離を操る力があると柊さんが言っていた。この人たちはみんなそういう不思議な力が使えるのだろうか。
「……ありがとう。」
これまでスラスラと話していた柏那さんは初めて少し間を空けてから、謙遜するでもなく自慢するでもなく流した。
「僕の力で作った空間は実在しないんだ。ここは生徒会室の裏にあるけど、実際に裏にあるのは体育館。この空間は体育館と重なっている。この空間はあるけど、ない。鬼の世界もそう。この世界と重なって鬼の世界がある。さっき鬼の世界と人間の世界は別にあると言ったけど、見えないものはないのと同じだから。あるのは人間の世界で鬼の世界はないんだ。ないことにしなければならないんだ。」
「ないことに……。」
あるのに、ない。この世界にいない鬼は存在しないのと同じ。鬼灯さんも、か。それはなんというか。分からないけど。それは、悲しいな、と思う。
それから柏那さんは「あぁそうだ」と思い出したかのように「鬼の世界のことを知っているのは、この学校で僕とここに君を連れてきた紗也子と透ちゃんと宗次郎の4人だけだから他の人には言わないでいてくれると助かるな」と言った。
言われなくても言わないつもりだったけど、僕は「分かりました」と頷く。柏那さんは人間のことを考えている。危険が及ばないようにと。分かる。分かっている。だけど。だけど……。言葉にできない複雑な思いが僕の身体を支配する。
「ありがとう」と今度はさらりと言った柏那さんはなにかに気付いたかのように左を見た。
僕もつられて視線を移す。
と、そこには壁から人が、柊さんが出てくる瞬間だった。
柊さんが通り抜ける際、ぐにゃりと歪んでいるように見えた壁は柊さんの全身が完全に現れると共にまた、元の何の変哲もない硬そうな壁に瞬時に戻った。
僕には鬼の世界の出口の歪みはどう頑張っても見えなかったけれど、もしかしたらこういう感じなのかもしれない。
そうして登場した柊さんと目が合った。
柊さんは数歩僕に近付き「体調は、大丈夫ですか」と問う。
「はい。おかげさまで大丈夫です。」
「そうですか。」
柊さんは息を吐いた。ほっとしたというように。
そして、「すみませんでした」と。
「もっと慎重にあなたにかかる負荷について考えるべきでした。私の危機管理がなっておらず、ご迷惑を。本当に申し訳ありません。」
柊さんは深々と頭を下げた。柏那さんもまた頭を下げている。
「あの、僕は大丈夫ですからっ……。2人とも、頭を上げて下さい……。」
僕はわたわたしてしまう。こういう時、どう言えばいいのだろう。
「柏那さんから歩くのも覚束無いほどだったと聞きました。私のせいです。本当にすみません。」
柊さんは僕の言葉とは反対に更に頭を下げる。柏那さんも「責任は僕にあります」と下げた頭もそのまま動かない。
この場にいる3人中2人が頭を下げている状況。どうしよう。とても気まずい……。
「なにやってんですか。」
柊さんでも柏那さんでも僕でもない、呆れたような声が登場した。
「……干鰯谷くん。」
彼はなぜか肩を上下に息を切らした様子で、先程柊さんが通り抜けてきた場所に立っていた。走ってきたのだろうか。いや、それよりもこの状況は僕がなんだかとても嫌な奴に見えるような……。
「これは、その、えーっと……。」
僕の助けてという気持ちが伝わったのか干鰯谷くんは息を整えてから「そいつ困ってますよ。謝罪も程々にしないと逆に迷惑になりますから、お2人とも顔を上げて下さい」と言ってくれた。
エスパーなのかな?
とにかく、干鰯谷くんの発言で、2人は「ごめんなさい」とまた謝りながらそろそろと顔を上げてくれた。よかった。ありがとう。干鰯谷くん。
「体調は?どう?」
「うん。大丈夫だよ。」
干鰯谷くんはそうと頷き、スマホを取り出す。
「これから少しでも不調を感じたり不安に思うことがあったらすぐ俺に言って。この2人だとすごく面倒臭いことになるから。これ、俺の連絡先。」
すごくの所を干鰯谷くんは力強く言った。柏那さんと柊さんはうぐっとダメージを受けている。
「ありがとう。」
僕は苦笑しながらスマホを出し連絡先を交換した。干鰯谷くんはテキパキと進行していく。
「はい、これでおしまい。透様も柏那さんもいいですね?特に透様。責任感があるのは良いことですが、走らないで下さい。着いていけません。」
干鰯谷くんが息を切らしていたのはそういうことだったのか。でも柊さんはなんともなさそうだったけど。
「ごめんね。宗次郎。今度は宗次郎を抱えて走ることにするから。」
「それはおやめ下さい。俺が透様を抱えて走ります。」
そうじゃない気がすると思う僕に柏那さんが「僕とも連絡先交換してくれるかな?」と。断る理由もないので、交換することになった。
この空間に入るには鍵が必要で、その鍵は毎日違うものになるからここに来る時には柏那さんに聞けば鍵を教えてくれると言うらしい。
例えば、今日の鍵は本で部屋にある鏡に映すと入り口が開き入れるというシステムみたいだ。
「宗次郎には難しいんじゃないかな。」
「昔と違って鍛えているので平気です。余裕です。透様一人くらいなら。」
柏那さんにこの空間の説明を聞いてる横で柊さんと干鰯谷くんは仲良く話している。
「でも宗次郎、私より速く走れないし。」
柊さんの言葉に今度は干鰯谷くんがダメージを受けている。そんなに速いのか、柊さん。そう言えば柊さんが鬼を倒した時、全く目で追えなかったな……。
「力を使えれば一瞬です。力を使えさえすれば……。」
「宗次郎」とこれまで僕と同じように2人の会話を聞くだけだった柏那さんが窘めるように言った。
干鰯谷くんは「分かっています」とだけ答える。
「透ちゃんも。あまり目立つようなことはしないで欲しいかな。」
「……はい。すみません。」
「うん。今度から気をつけようね。」
柏那さんは優しく言った。
「理解しようとしてくれたことだけで十分だよ。」
柏那さんは特に気にすることなく言った。理解できないことが当然だと思っているのだと思う。嫌味ではなく。
「僕は、空間を操れるんだ。ここもそう。外から見えないように。許可した者しか入れないように。空間をいじってる。空間を作るには実在する土地が必要で、イメージとしてはその上にこの空間を新しく力で創造しているようなものかな。空間の規模が大きくなればなるほど必要な力も技術も増えるけど、上手く扱えれば小さな世界くらいなら作ることが可能なんだよ。」
と、言われても。くらいで収まるレベルではないことしか分からない。
「すごい、ですね……。」
言葉を探してようやく見つけたのはすごいの一単語。なにがすごいのかすらも分からないけれどすごいことに違いはないことだけは分かる。
干鰯谷くんも点と点の距離を操る力があると柊さんが言っていた。この人たちはみんなそういう不思議な力が使えるのだろうか。
「……ありがとう。」
これまでスラスラと話していた柏那さんは初めて少し間を空けてから、謙遜するでもなく自慢するでもなく流した。
「僕の力で作った空間は実在しないんだ。ここは生徒会室の裏にあるけど、実際に裏にあるのは体育館。この空間は体育館と重なっている。この空間はあるけど、ない。鬼の世界もそう。この世界と重なって鬼の世界がある。さっき鬼の世界と人間の世界は別にあると言ったけど、見えないものはないのと同じだから。あるのは人間の世界で鬼の世界はないんだ。ないことにしなければならないんだ。」
「ないことに……。」
あるのに、ない。この世界にいない鬼は存在しないのと同じ。鬼灯さんも、か。それはなんというか。分からないけど。それは、悲しいな、と思う。
それから柏那さんは「あぁそうだ」と思い出したかのように「鬼の世界のことを知っているのは、この学校で僕とここに君を連れてきた紗也子と透ちゃんと宗次郎の4人だけだから他の人には言わないでいてくれると助かるな」と言った。
言われなくても言わないつもりだったけど、僕は「分かりました」と頷く。柏那さんは人間のことを考えている。危険が及ばないようにと。分かる。分かっている。だけど。だけど……。言葉にできない複雑な思いが僕の身体を支配する。
「ありがとう」と今度はさらりと言った柏那さんはなにかに気付いたかのように左を見た。
僕もつられて視線を移す。
と、そこには壁から人が、柊さんが出てくる瞬間だった。
柊さんが通り抜ける際、ぐにゃりと歪んでいるように見えた壁は柊さんの全身が完全に現れると共にまた、元の何の変哲もない硬そうな壁に瞬時に戻った。
僕には鬼の世界の出口の歪みはどう頑張っても見えなかったけれど、もしかしたらこういう感じなのかもしれない。
そうして登場した柊さんと目が合った。
柊さんは数歩僕に近付き「体調は、大丈夫ですか」と問う。
「はい。おかげさまで大丈夫です。」
「そうですか。」
柊さんは息を吐いた。ほっとしたというように。
そして、「すみませんでした」と。
「もっと慎重にあなたにかかる負荷について考えるべきでした。私の危機管理がなっておらず、ご迷惑を。本当に申し訳ありません。」
柊さんは深々と頭を下げた。柏那さんもまた頭を下げている。
「あの、僕は大丈夫ですからっ……。2人とも、頭を上げて下さい……。」
僕はわたわたしてしまう。こういう時、どう言えばいいのだろう。
「柏那さんから歩くのも覚束無いほどだったと聞きました。私のせいです。本当にすみません。」
柊さんは僕の言葉とは反対に更に頭を下げる。柏那さんも「責任は僕にあります」と下げた頭もそのまま動かない。
この場にいる3人中2人が頭を下げている状況。どうしよう。とても気まずい……。
「なにやってんですか。」
柊さんでも柏那さんでも僕でもない、呆れたような声が登場した。
「……干鰯谷くん。」
彼はなぜか肩を上下に息を切らした様子で、先程柊さんが通り抜けてきた場所に立っていた。走ってきたのだろうか。いや、それよりもこの状況は僕がなんだかとても嫌な奴に見えるような……。
「これは、その、えーっと……。」
僕の助けてという気持ちが伝わったのか干鰯谷くんは息を整えてから「そいつ困ってますよ。謝罪も程々にしないと逆に迷惑になりますから、お2人とも顔を上げて下さい」と言ってくれた。
エスパーなのかな?
とにかく、干鰯谷くんの発言で、2人は「ごめんなさい」とまた謝りながらそろそろと顔を上げてくれた。よかった。ありがとう。干鰯谷くん。
「体調は?どう?」
「うん。大丈夫だよ。」
干鰯谷くんはそうと頷き、スマホを取り出す。
「これから少しでも不調を感じたり不安に思うことがあったらすぐ俺に言って。この2人だとすごく面倒臭いことになるから。これ、俺の連絡先。」
すごくの所を干鰯谷くんは力強く言った。柏那さんと柊さんはうぐっとダメージを受けている。
「ありがとう。」
僕は苦笑しながらスマホを出し連絡先を交換した。干鰯谷くんはテキパキと進行していく。
「はい、これでおしまい。透様も柏那さんもいいですね?特に透様。責任感があるのは良いことですが、走らないで下さい。着いていけません。」
干鰯谷くんが息を切らしていたのはそういうことだったのか。でも柊さんはなんともなさそうだったけど。
「ごめんね。宗次郎。今度は宗次郎を抱えて走ることにするから。」
「それはおやめ下さい。俺が透様を抱えて走ります。」
そうじゃない気がすると思う僕に柏那さんが「僕とも連絡先交換してくれるかな?」と。断る理由もないので、交換することになった。
この空間に入るには鍵が必要で、その鍵は毎日違うものになるからここに来る時には柏那さんに聞けば鍵を教えてくれると言うらしい。
例えば、今日の鍵は本で部屋にある鏡に映すと入り口が開き入れるというシステムみたいだ。
「宗次郎には難しいんじゃないかな。」
「昔と違って鍛えているので平気です。余裕です。透様一人くらいなら。」
柏那さんにこの空間の説明を聞いてる横で柊さんと干鰯谷くんは仲良く話している。
「でも宗次郎、私より速く走れないし。」
柊さんの言葉に今度は干鰯谷くんがダメージを受けている。そんなに速いのか、柊さん。そう言えば柊さんが鬼を倒した時、全く目で追えなかったな……。
「力を使えれば一瞬です。力を使えさえすれば……。」
「宗次郎」とこれまで僕と同じように2人の会話を聞くだけだった柏那さんが窘めるように言った。
干鰯谷くんは「分かっています」とだけ答える。
「透ちゃんも。あまり目立つようなことはしないで欲しいかな。」
「……はい。すみません。」
「うん。今度から気をつけようね。」
柏那さんは優しく言った。
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