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第2話

バウンティハンター メギトの真実

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 三十年前。
 若い男は檻の中から刑務所内をのぞく。
 そこにはいつもの殺風景な光景が広がる。薄汚い通路に向かいの雑居房にいるヒゲ面の男と細い男。
自分の房にも相方のちょびヒゲの男がいるがおとなしい方だ。
 自分は窃盗や詐欺で刑務所行きになった。生活に困ってやっっちゃった自分が悪いが。
 そこに二人の看守が近づいた。
 「エレミア・エッカルト。面会だ」
 太った看守があごでしゃくる。
 「面会?」
 エレミアと呼ばれた男は首をかしげる。
 自分は施設育ちで両親はいない。弁護士を雇う金もない。
 細身の看守が鍵を開けた。
 エレミアはしぶしぶ二人の看守についていく。雑居房と独居房を抜けて廊下を抜けると面会室がある。
面会室も大部屋と個室がある。通されたのは個室だ。
 部屋に銀髪の女性と太った日系人と黒人の科学者がいた。
 「自由になりたいかね?」
 黒人科学者が聞いた。
 「誰ですか?」
 怪しむエレミア。
 「私はハルベリー。隣りは塚本博士とサムエル博士」
 ハルベリーと名乗った銀髪の女性。
 「司法取引をしようと言っている。君は刑務所からすぐ出られる代わりに実験に参加してもらう。ロボコップを
知っているかね?」
 塚本は身を乗り出す。
 「映画のロボコップは旧作三部作と最新作は見ました」
 エレミアは答えた。
 「それと同じような実験体になるということだ。断ってもいいが一〇年は刑務所から出られないぞ」
 サムエルが冷静に言う。
 「凶悪犯では実験に参加は無理ね。普通の人間でもいいけど私達としては刑務所を選んだのよ」
 ハルベリーは笑みを浮かべる。
 「それが俺ですか?俺は施設育ちで親もいない」
 声を低めるエレミア。
 「そういうことになる」
 塚本はうなづく。
 黙ってしまうエレミア。
 自分としては窃盗とスリ暮らしも飽きていたし、刺激を求めていた。刑務所でてもやる事は思いつかない。
 エレミアは手を伸ばす。
 契約書には”ダイバーエージェンス播磨工業”と書かれている。
 エレミアは契約書にサインした。
 三人の科学者は満足げな笑みを浮かべた。

 二〇五二年。
アラスカ基地収容ドック。
 「まだ損傷は治ってなくて穴が開いているようね」
 ドックで氷見は見上げた。
 船体側面にミサイルが貫通した穴が五つ開いている。いずれもえぐれ内部の機械が見えている。
塚本のアジトを吹き飛ばした後、フルメタルミサイルに貫かれた空母エスペランサーは地中海に不時着した。
そのときはまだ大きな穴が開いていてふさがってなかった。その時よりはだいぶふさがっている。この基地に
運ぶ時は大型コンテナ船用の移動ドックに乗せて運んだという。
 「エリオットは”スクード”を結成させていた。その上で俺達を誘った」
 リックは資料を見ながら言う。
 この資料からだと国連本部や各国政府の要人の協力を取りつけている。政府要人を納得させたのだから
その行動力はなみなみならぬものがある。長い間時間かけないと無理な話である。
 「プロのハッカーも何人か参加していたしスクードアカデミーなんてのもあるみたい」
 ジェルが口をはさむ。
 「私達は依頼された事をやるだけよ。でも日本を出てわかったのは世界は想像以上に深く傷ついていた。
政府が管理しきれていない場所や捨てられた場所もあって無法地帯になっていた。そして塚本みたいな
連中が支配している。そういう所から解放するのも仕事だし、依頼も大事。問題は山積みね」
 氷見は重い口を開く。
 だから賞金稼ぎギルドやスクードに依頼するのだろう。人類が一つにならなければ迷宮機関には勝てない。
 すると黄金色の球体が近づく。大きさは二〇センチ位。形といい艦内司令所のある球体の小さいタイプだ。
 「バージル。痛みを感じるのね」
 氷見が聞いた。
 ヨセフが振り向いた。
 「はい。ダメージや損傷は痛みや苦しみとなって送信されます。生命維持装置や循環装置が損傷すれば
苦しみとなって送信される。私の神経コードやプラグは人間の神経に近いものになっています。主体コアが
損傷しても簡単に死ぬようにできていません。予備コアと予備電源で活動できます。隕石のせいかも
しれないのですが反重力システムも獲得したみたいで浮いていられます」
 バージルは重い口を開いた。
 「だからしばらく浮いてられたのか」
 納得するヨセフ。
 「時々、私が何者なのかわからなくなるときがあります」
 バージルが言うと艦首の錨が持ち上がり錨から鉄のトゲがたくさん飛び出す。
 「君はスカイネットじゃない。金属生命体だよ」
 感慨深げに言うヨセフ。
 黙ったままのエリオット。
 「ぐうう・・・」
 いきなり苦しげな声を上げるバージル。
 「傷が痛いの?」
 声をそろえる氷見、ジェル。
 「損傷を自己修復装置が治している・・・」
 バージルは錨と係留鎖で船体を支える。
 メキメキ・・・ギシギシ・・・
 金属がこすれ、骨が軋み、肉が割れるようななんとも耳障りな音が響いた。
 金属の芽が伸びて傷口がふさがっていく。
 肩で息をするような呼吸音が響く。
 「大丈夫とはいえないか」
 ヨセフが少し考えながら言う。
 しばらくすると耳障りな音が消えた。
 「迷宮機関に造られた時は覚えているのか」
 黙っていたエリオットが口を開く。
 「塚本の他に八人の男女がドックにいました。そして銀髪女に”おまえはスカイネット”になるんだ。
我々迷宮は人類の数を減らす計画を実行すると言われました」
 バージルが答えた。
 「塚本を入れて九人か。あと八人の顔は?」
 エリオットが聞いた。
 黄金色の球体からホログラム投影される。
 「CIA本部に行かないとわからないな」
 うーんとうなるエリオット。
 「依頼書で賞金かけられてないか見る必要があるね。アラスカの事務所を借りていい?」
 ジェルがポンと手をたたく。
 「いいだろう。アラスカの事務所に伝えておく」
 エリオットがうなづく。
 「バージル、ドール。行く?」
 氷見が声をかけた。
 すると甲板からオレンジ色のアーマーを着用したアンドロイドと水色のアーマーを着用したアンドロイド
が顔を出し、岸壁に飛び降りた。
 ジープに乗って街に入った。
 氷見達がいる場所はスワードの町である。アンカレッジから三八〇キロにある漁師町である。アラスカは
大戦中は核攻撃を受けなかった幸運な町にすぎない。しかし放射能の影響でミュータント化した動物から
町を守るためにハンター事務所と国連軍の基地が置かれている。
 スワードの事務所に入る氷見達。
 ジェル、バージル、ドールは三階の事務室で氷見とリックが二階の食堂である。
 「さすがにミュータント化した動物の退治が多いな」
 リックがつぶやく。
 「ニュー東京とだいぶちがう」
 感心する氷見。
 ニュー東京は犯罪者、元締め、薬物中毒者が多いがアラスカ州はミュータント化した動物がウロつくよう
になりその依頼ばかりだ。突然変異からギリシャ神話に出てくるようなキメラまで千差万別。体高も五メートル
や七メートルは当たり前でアリや蜂もライオン並のデカさを誇りその上凶暴だった。
 「リック、氷見」
 不意に呼ばれ振り向く二人。
 「会長?」
 声をそろえる二人。
 武藤とイリーナとあの後旅行に行ったオスカーがいた。
 「局長室に来い」
 オスカーは手招きした。
 三人は四階の局長室に入った。部屋にカナダ人の中年男性とイリーナがいた。
 「局長のホランドです」
 中年の男性は名乗った。これといった特徴のない町にいそうなおじさんである。
 「ホランド局長とは同じスパイをしていた。私はロシアでホランドがイギリス。ホランド局長はイギリスのM16で
リアルジェームズボンドと呼ばれるほどの凄腕だったの」
 イリーナが紹介する。
 「あのー。何の用ですか?」
 氷見がたずねた。
 「バージルの言う銀髪女はロシアのデータベースにヒットしたの」
 イリーナは笑みを浮かべながら写真を出す。
 「え?」
 「名前はハルベリー・イジリノフスキー。システムエンジニアにしてロボットのプログラム、システム構築
をする科学者」
 オスカーは資料を出した。
 「私達、まだ行くとは行ってませんが?」
 怪しむ氷見。
 「それは考えてからでいい。この女も危険でね。ミュータント化した動物にチップを埋め込んで操ったり、
自ら船や航空機や攻撃プログラムを設計する。よく考えるように」
 オスカーは言った。
 イリーナの投げキッス。
 はにかむリック。
 氷見はリックの腕をつかんで部屋を出た。二人は三階の事務室に入った。
 パソコンに向かっているジェル、バージル、ドールがいる。
 「バージル。あなたの記憶にあった銀髪女がわかった」
 氷見が写真と資料を出した。
 バージルは資料に目を通す。
 「集積所は乗っ取られてない。この女の研究所にハッキングするのは無理ね。何重ものセキュリティが
かけられていて突破ができるようにできてない」
 ジェルが難しい顔をする。
 「普段、ハルベリーは海上の船舶で生活している買い物に行く時は港に立ち寄ると書いてあります」
 ドールが口をはさむ。
 「今、ハワイにその船は向かっている。行ってみる?」
 ジェルが聞いた。
 「そうね。近づいてみるのも手ね」
 氷見がうなづいた。

 二時間後。
 艦内CIC内に黄金色の球体が浮いている。直系二メートルで土星の輪のようなものが六つついている。
バージルの頭脳でもあり主体コアがある場所でもある。
 正面スクリーンに大型クルーザーが航行する映像が映っている。全長一〇〇メートルの小型客船並の
大きさで人影も三十人にいる。たぶん家政婦や執事、乗員だろう。
 氷見は地図を見る。
 場所はハワイ沖から三九〇キロの海上だ。
 「間もなく着水します」
 バージルが言う。
 「ハワイ行ったらお土産を買わなくては」
 うれしそうに言うヨセフ。
 「私達は遊びに行くのはなくて調査に来たんです」
 ジェルが言い聞かせる。
 「わかっている。大戦の後半はハワイの米軍基地でロボット軍団との戦いがあった。ロボットの前哨基地
を国連軍は破壊した。米軍はその後、米国本土の事が手一杯で引き上げて行った」
 ヨセフはどこか遠い目で言う。
 「でも昔も今も米軍基地がある」
 リックが答える。
 着水したのが小刻みに艦内が揺れた。
 「ホノルルや米軍基地のあるオアフ島にはいかないでカウナイ島に向かっています」
 バージルが地図を出す。
 カウナイ島はハワイで四番目に大きい島だ。自然豊かで金持ちが多く住んでいる。カウナイ島だけでなく隣り
のニイハウ島も金持ちの別荘が多く建っている。
 「買い物ならホノルルなのにおかしくない」
 怪しむ氷見。
 ハワイは昔も今も南国の楽園だ。ハワイ島とオアフ島がショップが充実しているから買い物はそっちへ
行った方が得だ。
 「ワナだ」
 バージルが気づいた。
 海上を丸い物がたくさん近づいてくる。
 「なんだ?」
 声をそろえるエリオットとヨセフ。
 「機雷です。自動追尾型です」
 バージルは答えると艦橋基部や船体側面から格納されていたバルカン砲が出て接近してきた機雷を正確
に撃っていく。爆発して衝撃波で艦内が揺れた。
 オペレーター席の海図に複数の飛翔物体が出現した。
 バージルは対空ミサイルでそれを撃ち落としていく。彼は対艦ミサイルを一発発射した。
 目標はクルーザーである。
 「本当に沈める気?」
 氷見が聞いた。
 「クルーザーから指示が出ています」
 バージルが答える。
 ミサイルはクルーザーの手前で爆発した。
 「フフフフ・・・」
 スクリーンに銀髪の女性が映った。
 「空母エスペランサー。ひさしぶりね」
 「ハルベリー博士。変わっていませんね」
 バージルが声をかけた。
 「塚本博士をよくも死刑執行人たちに渡したね」
 ハルベリーと呼ばれた女の顔から笑みが消えた。
 「当然だろう。戦争の片棒をかつぎ、おまけに複数の債権者から借金していたギャンブル依存症のチビデブ
は国際裁判所に渡した」
 エリオットは答えた。
 「ハルベリー博士。あなたもロシア政府から逮捕状が出ています」
 バージルが答えた。
 「アメリカやイギリスからも逮捕状が出ている。外交文書や機密文書を盗み、迷宮機関に流した」
 鋭い指摘をするエリオット。
 「私は設計しただけ。人間達は戦いが好きだから与えて上げた」
 当然のように答えるハルベリー。
 「そのせいでたくさんの人々が死んだ」
 ヨセフが声を荒げた。
 「あのまま何も起こらなくても、どうせ人類は滅ぶ運命にあるのを我々が救うのだ」
 ハルベリーはビシッと指をさした。
 「あんた頭の中は大丈夫?」
 思わずわりこむ氷見。
 何を言うのかと思えば自分たちは人類を救ったという恩を喜べと言っているのだ。言っていることは
理解できない。
 「私はまじめに言っているだけ。あんたもその友達二人とそこのおじいさんもこの空母といるとよくないわよ。
無人機もそうだけどそいつには仲間がいたのよ。そして仲良く我々を裏切った」
 目を吊り上げるハルベリー。
 「スカイネットになれとは無理なプログラムをしたもんだな」
 ヨセフがあきれる。
 「我々の計画は完璧だったの。その空母が裏切るまでは」
 指をさすハルベリー。
 「では言ってやる。完璧な計画や完璧な犯罪などありはしない」
 声を荒げるエリオット。
 「国連め。邪魔するのか?」
 ハルベリーは見下すように言う。
 「おまえたち迷宮機関は国際指名手配されている。その協力者もだ」
 エリオットはビシッと指をさした。
 「空母エスペランサー。覚悟するのね。おまえの仲間なんてプログラムし直すのは簡単だし破壊も可能だ。
でも私は買い物に来ただけよ。証拠がないし、ちゃんと入国の手続きだってしているし、黙秘権がある」
 ピシャリと言うハルベリー。
 歯切りするエリオットとヨセフ。
 「じゃあね」
 笑いながらハルベリーはスクリーンを切った。
 「なんなの?あの女」
 不快な顔をするジェル。
 「ハルベリー博士は昔も今も変わっていないですね。姿も変わっていない。三十代のままでいる」
 ドールが気になることを言う。
 「美容整形でもしているんでしょ。金持ちなんだしいくらでも整形はできるわ」
 しれっと言う氷見。
 アンチエイジングマシンというのが金持ちの間で出回っているのは知っている。庶民には手が出ないほどの
値段で売られ一〇歳は若返られるというマシンなのだ。
 「バージル。ドールの他にも仲間はいたのか?」
 リックが聞いた。
 「いました。私は終戦後から今まで探していました。ほとんどのロボットは廃棄されて破壊されました。
私のようなアンドロイドやサイボーグは隠れて生きていると思います」
 気になる事を言うバージル。
 「あなたは仲間を見つけたらどうするの?」
 黙っていた氷見が口を開いた。
 「私は仲間を見つけて迷宮機関を壊滅させたら隠れて生活するつもりです」
 本音を言うバージル。
 「空母が隠れて生活なんてできるのか」
 つぶやくリック。
 思わず足を踏む氷見。
 たたらを踏むリック。
 「迷宮機関を壊滅させたら私達は必要なくなるからね」
 バージルは言う。
 「それは後で考えればいい。それまでは「スクード」のチームメンバーだ」
 エリオットははっきりと言う。
 「でもどこの港に入るの?」
 ジェルが聞いた。
 「米軍基地しかないな。ただ米軍兵士の中にはこの空母を知っている者もいる。その沖合いに停泊して
我々はオスプレイで上陸することになる」
 エリオットは言った。
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