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中編

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「ねぇねぇ、水城くんって彼女とかいるの?」

俺の隣に座っている他クラスの女子が、上目遣いでそう聞いてきた。
このタイプの質問をされるのは、果たして何度目だろうか。
昔っから幾度となく聞かれてきた内容に、俺はいつものように「いない」と一言答え水を飲む。
俺たちが今いるのはカラオケボックスで放課後に仲のいい何人かと来ていたのだが、なぜだか途中から他クラスの女子グループも合流して結構な大所帯となってしまった。
友人の橋本が十八番の曲を歌い周りもそれに注目して盛り上がっているので、俺と隣にいる女子を見てる人はいないようだ。

「えぇ、そうなの?水城くんかっこいいからなんか意外だなぁ」
「…………」
「じゃあ私、水城くんの彼女に立候補しちゃおうかな?水城くんのこと、前からいいなって思ってたんだぁ」

女子がそう言って、俺の腕に触れてこようとした。
俺はそれを振り払って立ち上がり、財布から金を取り出しテーブルに置いた。そしてカバンを持ち、丁度歌い終わった橋本に帰るとひとこと告げて部屋を出る。
後ろからあの女子の呼び止める声が聞こえたが、無視して店を出た。
ああやって言い寄ってくる人たちはみんな、俺の顔しか見ていない。
告白してきた奴と付き合ってみても、俺と付き合っていることを自慢したり優越感に浸りたいだけの人間が大半だ。俺は、アクセサリーじゃないというのに。

翌日、以前行われた中間テストの順位結果が配られた。俺の順位は一位。入学して以降、この数字だけは変わらない。
周りからはさすがだとかなんとかもてはやされるいつもの状況に少し疲れ、飲み物を買いに行こうと席を立った。
旧校舎に続く渡り廊下に、珍しい味の飲み物しか置いてない自動販売機がひとつ設置してある。古い自動販売機だから押した商品と違うものが出てきたりするが、それもまた一興。そういうのも嫌いじゃない。
それにここはあまり人が来ないから、ひとりになりたいときにはうってつけの場所なのだ。
自動販売機で、今回は無難にプリンジュースというものを買い、正しい商品が出てきたことにほっとしたような少しがっかりしたような気持になりながら渡り廊下の外壁に寄りかかり座る。
缶のプルトップを開けてジュースを飲みほっと一息ついたとき、男子二人くらいの話し声が近付いてきているのに気が付いた。

「藤咲、何買うの?」
「プリンジュース」
「また?あれげろ甘じゃん、飲めたもんじゃねーよ」
「えー、おいしいのに」

自販機の前までやってきた二人は、確か同じクラスの人たちだ。あまり目立つタイプではなく、所属しているグループも違うため会話したこともほとんどない。
それにしても、藤咲、だっけ。プリンジュースが好きだなんて珍しいやつだ。友人たちに飲ませたときは藤咲の横にいる奴と同じ反応で、俺の周りにはこのおいしさを分かち合える人などいないかと思っていたが、こんなところに同志がいたとは。
感心していると、ガコン、と音がして、自販機から缶を取り出したであろう藤咲が「あっ」と声を上げた。

「こぉ~いしそジュースだ」
「うわぁ、この自販機の悪いところが出たよ。だから俺、ここで買いたくねぇんだよなー」
「そう?何が出るかわからないのも、面白くて好きだな、俺は」
「!」

まさか、楽しんでいる所まで一緒だったとは。なんだか急に親近感がわいてきた。

「そーいや今回の中間、水城がまた学年一位だってさ。やっぱり天才は違うねー」

少し上がりかけていたテンションが、藤咲の横のやつの言葉によって一気に下がる。
言われなれている言葉だが、決して天才だからという理由だけであの順位がとれているわけではない。
……まぁ、わかってくれとも言わないけど。

「顔だけじゃなく運動神経もいいって……天は水城に何物与えれば気が済むんだ」
「あはは、まぁ、顔はともかく、勉強はそんな一朝一夕にはいかないでしょ」
「!」

思わずぱっと顔を上げ、ちらりと自販機の方を覗き見る。

「毎回一位なんて、いくら天才でもとれないよ。水城は表に出さないだけで、裏ですごい努力してるんじゃないかな……たぶん。水城って、本当にすごい人なんだと思うよ」

藤咲はしそジュースを飲んで「濃っ」と舌を出した。
その後世間話を話しながら本校舎の方に戻っていくのを待ち、俺はその場で立ち上がった。
別に、努力していることを誰かにわかってほしかったわけじゃないし、できることを褒められたかったわけでもなかった。けど、まともに話したこともない人に理解を示されたことが初めてで、俺はこの瞬間、藤咲という人間に興味を持ちそして、よく目で追うようになった。
クラスメイトの藤咲の印象は「平凡」「普通の男子」というような感じで、俺も例にもれずそんな印象を抱いていた。実際それは間違っていなくて、普通の男子高校生という肩書がよく似合うような、いたって普通の生徒だった。
けれど、それだけではないことを、藤咲を見ているうちに気が付いた。
まず彼は、よく気が付き、気を遣える。クラスメイトの女子が重いものを持っていたら代わりに運んであげていたし、手がふさがってドアを開けらず困っている人がいたら開けてあげ、ごみ捨て当番が仕事を忘れていたら誰に何を言われたわけじゃないのに自分でごみを捨てに行く。
そんなことをしているからよく先生に雑用を頼まれて放課後居残っている事が多々あり、損をするタイプだなと思った。
それから彼は聞き上手であることも知った。
どんな内容の話も耳を傾けて相槌をうち、悩み相談であれば一緒に悩んで、嬉しい話であれば一緒に喜ぶ。そのわりには、自分の話はあまりしない。藤咲の話は、一体だれが聞いてあげているのだろう。
やっぱり、損をするタイプだと思った。
そして最後に、彼は案外女子から人気があるということ。
決して目立たないが、優しく気も遣えて話も聞いてくれる。俺の周りにいるような派手目な女子というよりかは、大人しめな女子たちから絶大な支持を受けていた。それを知ったときは、彼女たちは見る目があるなと感心したものである。
さて、藤咲の観察を始めて今日でひと月半ほどがっただろうか。英語の授業で当てられあわあわしながらも頑張って英文を読み上げている藤咲の姿を反芻しながら下校していると、後ろから大声で誰かに呼び止められた。
遠くから呼ばれたりすることはしょっちゅうで、女子だったら大半無視しているが、今の声は男のものだった。知らないやつだったら無視しようと思いちらりと後ろを振り向くと、今しがた姿を思い出していた藤咲がこちらに走ってきているのが見えた。

「はぁ、水城……!よかった、追いついた……」

俺の前まで駆けてきた藤咲は膝に手をつき肩で息をし、少し呼吸が落ち着いたところでぱっと顔を上げた。
藤咲とは、同じクラスではあるが普段はほとんど絡みがないので、滅多なことがない限り話すこともないし近くにいることもない。いつも俺が、彼をこっそり盗み見ているだけだ。
だから、今、目の前で藤咲が俺と真正面から目を合わせているこの状況がなんだか夢のようで、俺は柄にもなく非常に動揺していた。

「……なにか用?」

平静を装うためとはいえ、必要以上に冷たい声が出たような気がする。
けれど藤咲は気にした様子もなく、手に持っていたなにかを俺に差し出してきた。

「うん、これ。教室に落としていったみたいだから。ないと困ると思って」

それは俺の交通系ICカードが入ったパスケースだった。
教室を出るとき丁度家族から連絡が来て、カバンからスマホを取り出す際パスケースについているキーホルダーに引っ掛け落としてしまったのを気づかず学校を出てきてしまったのだろう。そして落としたのに気付いた藤咲が、届けに来てくれた。

「あ、ありがとう」

パスケースを受け取ると、藤咲はふっと微笑んで「どういたしまして」と言った。

「それじゃあ、また明日ね」

こちらに手を振り来た道を戻っていった藤咲の背中を、俺は呼び止めることもできず見送った。
いつも、観察という名目で離れたところから見るだけだった。でもそれはたぶん、藤咲に話しかける口実とか勇気がなかったからだ。
ずっと話したかった。彼と真正面から、目を見て、友達に向けている笑顔を、俺にも向けてほしかった。
そう思っていたこと、今の笑顔で自覚した。
初めて俺の外側だけでなく内側を見ようとしてくれた人。気になって、目で追ううちに彼を知って、いつの間にか、好きになっていたのだ。
たぶん初恋で、相手は自分と同じ男だけど、不思議と違和感なくその気持ちがすとんと心の中に入ってきた。
なんだか一気にまわりの景色とかがきらきらして、翌日いつもの時間に登校してきた藤咲もいつもよりいっそう輝いて見えた。
そんな珍しくうきうきしている俺に橋本がなにかあったかと聞いてきたから、俺は正直に「藤咲を好きになった」と話した。
すると橋本は「今更自覚したのか?」と呆れ顔を浮かべた。どうやら橋本は俺の様子を見て、前々から藤咲に気があることを察していたらしい。
なんでわかったのか聞くと橋本は、「何年お前と友達やってると思ってんだよ」と笑った。
とまぁそんな感じで恋心を自覚したわけだが、かといって藤咲と絡みが増えたわけではなく、パスケースを届けてくれたお礼として藤咲がよく食べているお菓子をあげたくらいで特別なことは何も起こっていない。もはや起こす勇気もなく、自分が恋愛に対して臆病であることを知った。
そんな俺に焦れた橋本がさっさと告れとごり押ししてきて、けれど心の準備をするのにひと月くらい要し、結局告白できたのは高校二年の終わりごろだった。
時が経つごとに好きな気持ちは増すばかりで、そろそろ好きすぎていろんな想いが溢れそうだったから、告白は想いを吐き出すいい機会だったのかもしれない。
あわよくば付き合いたいという気持ちで告白し、心の底から驚いた顔をしていた藤咲から「俺も好き」という言葉が飛び出したとき、信じられなさ過ぎて何度も「本当に?」と聞き返してしまった。俺のそのバカみたいな問いに、藤咲は何度も笑って「うん」と答えてくれた。
うわー!かわいいー!好きー!と心の中で花火を打ち上げ大騒ぎをしている中俺たちは無事にお付き合いを始めた。
それからは幸せで楽しい日々だった。
好きな人が俺の目の前で楽しそうに笑って、知らなかったこともたくさん知れて、互いに「幸人」「柊太」と名前で呼び合い、好きと言えば照れながらも好きと返してくれて、手もつなげてキスもして。片想い期間も楽しかったが両想いで付き合えてる期間の方が圧倒的に楽しかった。
日々好きな気持ちは増していって、ずっと一緒にいたい、絶対幸せにする、なんて想いばかり大きくなって、俺も素直に、その想いを幸人に伝えていた。
でも付き合い始めて半年くらいがたったころ、幸人に避けられ始め、共に過ごす時間が一気に減った。
理由は受験勉強に専念したいからとのことだったが、絶対にそれだけではない。聞き出そうともしたが、答えてくれる気配もなかったので問いただすことはしなかった。
ただ受験勉強を頑張っているのは本当のことだったので、時々息抜きを口実にデートに誘った。その誘い全てに乗ってくれたし、デート中や話している間もいつも通りで、俺のことを好きでいてくれているのは伝わってきた。
だから余計に避けられる理由がわからなかった。嫌われているわけではないならなぜ、幸人は俺を避けるのだろう。

「田中さんたちが、藤咲くん呼び出してあんたに近づくなって言ったんだってー」

思い悩んでいた俺に、橋本と共に俺のもとにやってきた伊達春菜がそう言った。
伊達は同中で、高三で久しぶりに同じクラスになった、数少ない信頼している人だ。こいつは俺どころか、他校の彼氏や家族以外の人間に興味がない。お互いプライベートも詮索しないので、話していて楽な相手だ。

「……その田中さんたちはなんで幸人にそんなこと言うわけ」
「えーっと、水城くんとられて気に食わなかったから、って言ってたよ」
「なんだそれ……」

とられたって、最初からあいつらのじゃないのに。

「幸人はそれ、真に受けたってこと……?」
「さぁ?」
「……はあぁぁぁぁ……」

大きくため息をついて立ち上がり、俺はとぼとぼ歩きだす。
伊達が言ったことが本当だったとして、どうして俺に相談してくれなかったのだろう。
俺が頼りないから?相談するほど信頼に値する人物じゃなかった?
それか、実は俺のこと、そんなに好きじゃなかった……?
もしそうだったら辛すぎるんだけど。

「帰るのか?」
「うん……」
「藤咲とちゃんと話しろよ」
「うん……」
「私もかーえろっと」

ひとり悶々と考え言われてもいないことを想像してはショックを受けながら伊達と並んで校舎を出た次の日、なぜか俺と伊達が付き合っているとうわさが流れていた。昨日二人で歩いているのを目撃した誰かが言ってまわっていたらしい。
その噂のせいで幸人には余計に避けられ、「話がある」とメッセージを送っても忙しいからと濁され、受験日直前ということもありお互い忙しく、ろくに話もできないまま時間だけがすぎていき、いつの間にか卒業式を迎えていた。
式が終わった後、名前も学年も知らない人たちに囲まれながらも幸人に待っていてほしいとメッセージを送って、幸人の姿を探した。
けど、見つからなかった。
メッセージの返答もない、電話にも出ない。
家に行こうにも情けないことに、俺は幸人の家の場所がどこだか知らなかった。
次の日、橋本にも協力してもらって、幸人と仲の良かった佐藤の連絡先を知りすぐに家の住所を聞いて向かったが、もうすでに幸人は一人暮らしのため引っ越したあとだった。
いくらなんでも早すぎる。どうして俺に何も言わず行ってしまったんだ。
なにがなんだかわからなくて、ひたすらに連絡したけれど、どれも彼につながることはなかった。
引っ越し先の住所を聞いて、会いに行こうとも考えた。でもそこで、俺の臆病な所が顔を出した。
もし、幸人が本当に俺のことが嫌いになって、心の底から離れたいと願っての行動だとしたら。俺は彼に、会いに行くべきではないんじゃないか。
そう思ったらだんだん、足が前に進まなくなってしまった。
幸人にとって、俺は負担だったのかもしれない。しかも、俺が無遠慮に話しかけたりしていたから、俺の周りにいる奴らが幸人に心無い言葉をかけた。そりゃ、幸人も嫌になるよな。
橋本との待ち合わせのために駅前のベンチに座りため息をついたとき、誰かが俺の前に立った。
そのこと自体はよくあることで、またナンパかな、なんて思いながら顔を上げるとそこには、びしっとスーツを着た、もろ社会人ですという風貌の四十代くらいの品のいいおじさんが立っていた。

「きみ、今大学生?」
「……なんです、急に」

ナンパ、という雰囲気ではない。が、俺を品定めするように足先から頭のてっぺんまでじろじろ眺めてくる。
もしかしてやばい人?
と思ってその場から離れようと立ち上がったが、ちょっと待ってと止められる。

「なんですか」
「ごめんごめん。私ね、こういう者なんだ」

そう言って差し出してきたのは名刺で、反射的に受け取って名前を見る。するとそこには、芸能人とかにも疎い俺でも知っている有名な芸能事務所の名前と、代表取締役社長という肩書が書かれていた。
ぱっと目の前のおじさんを見上げると、その人はにこりと笑った。

「普段私がスカウトすることはほとんどないんだけど、きみのことを見つけた瞬間、逃してはならないって感じてね」
「…………」
「あれ、もしかして疑ってる?」
「そりゃ、怪しいですから」
「まぁそうだよね。その警戒心も大事だよ」

おじさんは俺の持っている名刺を一度回収しそこに胸ポケットから取り出したペンを走らせまた手渡してきた。

「これ、私の電話番号。興味が出てきたらかけてみて。事務所の電話番号も書いてあるから、そっちでもいいよ。私の名前を言えばいいから」

一度腕時計を確認し、「それじゃあ待ってるね」と手を振り颯爽と去っていったおじさんの背を見送り、再び名刺に視線を落とす。
今まで、スカウトをされたことは何度かあった。けれどどれも怪しげに見えたし、なにより興味がなかったので応えることはなかった。それは今回も、同じなはずなんだけど……。

「誰、今の」

いつの間にか隣に立っていた橋本が、俺の持っている名刺をのぞき込む。

「この事務所、超有名じゃん」
「うん……」
「ご丁寧に電話番号まで。でもかけないんだろ?」
「…………」
「柊太?」

もし。もし俺がテレビに出て有名になれたら、幸人はまた俺に、振り向いてくれるだろうか。俺のこと、少しは思い出してくれるだろうか。
それに、俺が有名になったら、誰に何も言わせないくらいの仕事をしたら、またいつか幸人のとなりに、立つことができるんじゃないか?
そうしたら今度こそ幸人を……。

「橋本、俺、やってみようかな」
「え!?」

戸惑う橋本の横で書いてある電話番号に電話をかけ、具体的な話を聞き、まずはモデルからということでじょじょに仕事も増え、どうやら才能があったらしい俺がついには俳優としてデビューしたのは、幸人と連絡が途絶えてから一年とたたない頃だった。

それから数年、ありがたいことに日々忙しく仕事をこなしている。たぶん、結構有名にはなれたと思う。
忙しくへとへとになって、嫌なことがあってへこんだりすることもあった。けれど、あれから一度も、幸人のことを忘れたことはない。幸人のために、これまで頑張ってきた。
橋本と、幸人の友達の佐藤の協力もあり、幸人が元気に生きていることと、高校を卒業してから恋人もいないことも把握している。それに、俺が俳優をやっていると知ってくれてもいるみたいだし。
少しは俺のこと、見直してくれたりしたかな。

「お前ほんと重いなぁ」

久々に顔を合わせた橋本が、ビールをあおりながらそう言った。

「それは……自覚はある」
「……ま、でも、そんだけ想われて、藤咲は幸せ者だな」

それは、どうだろう。
幸人にとって俺はたぶん大した人間ではないから、あの日から幸人のことが忘れられないとか言ったら、本気で引かれそう。
ネガティブな思考を吹き飛ばすようふるふる頭を振って橋本に向き直る。

「で、突然呼び出して、なんかあった?」

そう、今日は橋本に“いい話”があるからと呼び出されたのだ。たまたまオフ日でよかった。

「あぁそれな。はー、お前は俺と佐藤に死ぬほど感謝するべきだな」
「いつもしてるけど」
「いつも以上にだよ。今度の同窓会、藤咲も参加するって」
「……えっ!?」

同窓会に、幸人が来る?
今まで仕事で忙しいからと参加を断りまくっていた幸人が?

「今回佐藤がどうしてもきてほしいって頼みまくったら、折れて参加してくれることになった」
「ま、まじ……」
「で、お前の予定は?」

マネージャーが記入してくれているスケジュール帳を取り出し同窓会の日を確認すると、終日映画撮影と書かれていた。
今回の映画は主演で、かなり気合も入っているタイトルだ。監督もこだわりが強く撮影が長引くこともしょっちゅうある。最悪行けないかも……いや、幸人に会えるチャンスは、これが最後かもしれない。一目見るだけでもいい。会いたい。

「行く」
「……よし。じゃあそこで藤咲のことしっかり捕まえろよ」
「え?」
「なんだよ、え、って。これ逃したらもう会えないと思えよ」
「いや、捕まえるって……俺は別に、一目でも会えたらそれで……」
「はあぁぁ?お前バカか?」
「なっ……」

バカとは失敬な。これでも高校三年間テストの順位は一位だったんだぞ。途中から、幸人に褒められたくて頑張ってた節はあるけど……。

「柊太お前、藤咲にもう一回好きになってもらいたいがために芸能人になるくらい好きなんだろ?」
「好きだよ」
「じゃあもうタイミングは同窓会しかないだろ。今回逃したら、どうやって藤咲に会うんだ?佐藤でさえ、今住んでる場所知らねぇんだぞ」
「そ、れは……」

そうだ。何甘いことを考えていたんだ。
一目会えればそれでいいって……いいわけない。
これまで一体、何のために、誰のために頑張ってきたというんだ。

「機会は用意してやる。そっからはお前次第だ」
「……うん。ありがとう、橋本」

こうして、俺は同窓会にのぞんだ。
数年ぶりに会った幸人は以前より少し瘦せていて、でも変わらずかわいくて、同級生たちに囲まれながらもずっと幸人を盗み見ていた。
しばらくして橋本から幸人がトイレにたったと情報を得て、俺もあとを追った。
なぜかトイレでなく人気が少ない休憩所のソファで寛いでいて、はやる気持ちを抑えながらもゆっくりと幸人に近づく。
目を閉じてうんうん唸っている姿にきゅんとしながらも、俺は、彼の顔を覗き込んだ。
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