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後編①

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翌日。
あの後、父と母の前で突然泣き出した僕に、ふたりは特に理由は聞かず泣き止むまで傍にいてくれた。そして、すぐには答えは出さなくていいということで、今、葉月さんとの婚約を結ぶ話は保留としてくれている。
とはいえ、どうするべきかなんて答えは僕の中にひとつしかない。家族には申し訳ないけど、今回、葉月さんと婚約することはできない。
まぁでも、結婚相手なんていっぱいいる。父にはまた取引先になっている人と見合いを組んでもらって、よっぽど悪い相手じゃないかぎり婚約を結べばいい。そうしたら家のためにもなるし、他の人とすごしていれば彼を、思い出すこともないだろう。
バイトが終わって帰ったら父に伝えようと決意をかためながら、店の裏で短い休憩をはさんでいた時、同じくバイトの高校生の女の子が慌てた様子で裏に駆け込んできた。

「竜宮さん!ちょーイケメンで背高いスーツの男の人が来て、竜宮さんいないかって聞いてきたんですけど!」
「え?」
「あんなイケメンの知り合いいたんですか!?いいなぁ、紹介してくださいよぉ」

イケメンで背高いスーツの男の人。たぶん葉月さんだ。でもなんで……いつもくる時間よりずいぶんと早い。

「いま、店にいるの?」
「はい。呼んできますって、慌ててこっち来ちゃいました」
「……ごめん、いないって言っておいてくれる?」
「え、なんでですか?」
「いいから。体調悪くて帰ったでもなんでもいいから」

なんでですか!?としつこく聞いてくる彼女の背中を押して裏から追い出す。大きくため息をついて椅子にどかっと座りこみ、目の前の机に突っ伏した。
失恋してそんなに時間がたっていない今、彼に会ってしまったらきっと、またみっともなく泣いてしまうだろう。うまく笑える自信もない。それから、いらないことも言ってしまいそうだし。
それからしばらくしてバイトの女の子が戻ってきたかと思ったら、僕の肩を掴んでがくがくと揺らした。

「ちょっと竜宮さんあの人とどういう関係なんですか!?詳しく聞かせてください!」
「ちょ、ま、落ち着いて」

なんとか解放してもらってただの親の仕事関係の人と説明したが当然納得してくれず、これ以上問いただされても面倒だし、仕方がないのでお見合い相手だと言えばきゃーきゃー騒ぎ始めた。丁度彼女と交代の時間になったのでそれを放って表に出る。
今の時間、まだショートケーキは残っている。僕が休憩に入ったときからショートケーキがひとつ減っているからおそらく葉月さんが買っていったのだろう。いい印象を与えたいだけならば、買っていかなくたってわかりはしないのに。
それから無心で働いてバイトを終えて店をあとにした。
帰り道、友人からメッセージがきたからそれを確認したとき、葉月さんからもメッセージが届いていることに気が付いた。メッセージは俺の体調を心配する内容で、これも点数稼ぎのためなのかな、なんて思ったら素直に喜べなくて返信はせずそのままスマホをポケットにしまい込んだ。
家に帰りつくと既に父と兄も帰宅しており、四人で食事を開始した。他愛ない話をしていたが、突然母が僕に「大丈夫?」と声をかけてきた。多分、いつもより口数が少ないのと、昨日突然泣き出した僕を心配してだろう。咄嗟に問題ないことを言おうとしたが、言葉を飲み込む。

「父さん。あの、さ」
「ん?どうした」
「……東雲さんとの婚約の件、断ってほしい」

僕がそう言うと、目の前の父と母は少し驚いたように目を見開き、隣にいた兄も「えっ」と声を上げた。

「……そうか。わかった、伝えておく」
「ありがとう。……ごめん」
「何を謝る必要がある。朝人の気持ちが一番大事だと言っていただろう。朝人が決めたことに、俺たちがどうこう言う権利なんかないよ」

そう言って微笑んだ父に、母もそうねと同意した。兄だけ、少し微妙な顔をしていただけれど。
食事を終えたのち風呂に入り、自室に戻ってベッドに腰掛ける。その時何かが手に当たりそちらに視線を向けると、葉月さんと水族館に行ったときに貰ったシャチの巨大ぬいぐるみがあった。
触り心地のいいそれを撫でてベッドに倒れこむ。ぬいぐるみをぎゅうと抱きしめて、頭によぎるあの人の笑顔を追い出すように頭を振って目を瞑った。
もう、彼と関わることはなくなる。これでよかったんだ。
そう言い聞かせていないとまた勝手に、涙が出そうだった。
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