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目が覚めると、見覚えのある天井があった。からだを起こして辺りを見渡すと、そこはやはり僕と彼氏のみのるが使っている寝室だった。
いつもと変わらない風景に、自分が意識を失う前の出来事はもしかしたら夢だったんじゃないかとさえ思ったが、少し痛む首が、恐らくスタンガンのようなものを押し当てられた部分であると気付いてあれは現実であると認めざるを得なかった。
あいつ、どういうつもりなんだ。
意識を失う前のみのるの言葉。あいつははっきりと、『お前は俺のだ』と言った。
深くため息をつきとりあえずあいつと話そうとベッドを抜け出して、違和感に気付く。
僕は、服を着ていなかった。
ここに帰ってきた時の服は勿論、下着さえも着用していない。みのるが脱がせたのだろうと容易に想像はできたが、脱がせた理由まではどんなに考えても分からない。
ひとまず服を着ようと寝室のクローゼットやタンスを漁ったが、本来そこにあるはずの僕の服はひとつもなかった。みのるの服もだ。
どういうことマジで。
仕方がないので、ベッドのシーツで自分のからだを包んで寝室を出る。
リビングに行くとそこにはみのるがいて、ソファで優雅にコーヒーを飲んでいた。
「あぁ、おはよう」
「……おはようじゃないよ。どういうつもり、みのる」
なにが、とでも言いたげな目にイラッとする。
「まず、なんでスタンガン持ってるの、それで僕を気絶させた理由は?」
「理人が別れるなんか言うから。使いたくはなかったけど、もしもの時の為に持っといて正解だったな」
本来それは恋人を気絶させるためのものじゃないだろう。護身用だバカタレ。もしもの時の為のもしもの状況が違いすぎる。
「あと服、僕の服がどこにもないんだけど」
「全部捨てちゃった」
「は!?全部!?お前まさかキテーちゃんのTシャツも全部捨てたんじゃないだろうな?」
「捨てたよ」
限定グッズだったのに!!
「てか気にする所そこなんだ?」
みのるがくすくすと笑う。
「なんで捨てたんだよ!」
「服があったら外に出られちゃうじゃん」
「いや出させろよ」
「出させないけど」
「は?」
「理人はずっとここにいるんだよ、俺と一緒にね」
何言ってんの?
「僕、お前と別れるって言った」
「俺は別れる気ないよ」
「なんで」
「理人が好きだから」
「なんだよ今更」
「今更じゃない。俺はずっとお前しか好きじゃなかった」
「僕はもう好きじゃない。だから他の奴と寝た。お前も同じだろ」
「…………」
みのるはすっと目を細め立ち上がり、僕に近づく。僕は無意識のうちに後ずさっていて、壁に背中がついた時みのるが僕の顔の横に手をついた。いわゆる壁ドンだがまったくときめける状況じゃない。
「ねぇ、昨日俺が一緒にいた女、誰か知ってる?」
「し、知るわけない」
「理人と同じ会社のやつだよ」
え、あんな子いたっけ?
「部署も違うし後輩だから知らないのも当然だよな。あいつな、お前のこと好きだったんだぜ?」
「は?」
「会社全体の飲み会で上司に無理やり酒飲まされそうになった時にお前に助けられてから好きだったんだと」
確かに会社全体の飲み会は結構あるし上司に飲まされそうになってた人に何度か助け舟を出したことはあったが……その中にあの子がいたということか?
やべー、全然覚えてない……ってか、なんでこいつはそんなこと知ってるんだ?会社も違うのに。そしてなんで俺のことが好きな子と浮気するに繋がるんだ?
「邪魔だったんだよ。もしそいつが理人に告白したら、お前、その子に気遣うだろ」
「そりゃそうだろ」
「それが嫌だ。お前の頭の中が俺以外の奴のことで埋まるのなんか許せるわけない。だから告白する前に俺に意識向かせた」
「だ、だからって……」
「ちなみにあの子だけじゃないぞ。理人は顔は普通だけど」
「おいっ」
「人に好かれるから変な虫ばっかりつく。お前が誰かに好かれる度、俺はそいつらみんなと寝た」
知りたくなかった事実を暴露されたんだが。
「本当はあの凛太とかいうやつも、寝るのは無理だからどうにかして消してやろうかと思ってたんだが……それは理人が悲しむからやめた」
消すって……。
ぞっとして、みのるの胸をどんっと突き飛ばす。
こいつ、頭おかしい。
「そんな目で見るなよ、傷つくなぁ」
傷ついてる様子なんか全くない、むしろ、楽しんでいるような顔だ。
「理人、付き合う前言ってたじゃん。束縛するのもされるのも嫌いだって。だから俺、結構がまんしてたんだけどさ……もう、いいよな?」
みのるは僕の目の前まで来ると、顎を掴みあげそのまま唇を重ねようとした。
が、僕はすんでのところで手のひらでみのるの口を塞いだ。
「よくない!」
「は?」
「お前が、僕の事が大好きだってことはよーくわかった。けどぜんっぜんよくない!」
みのるはむっと不機嫌そうに眉間に皺を寄せ、更にこちらにぐぐぐと寄ってくる。
「お前が僕を狂おしいほど好きでも、やっていい事と悪いことがある!浮気とか気絶させるとか服捨てるとかな!」
「やっぱ怒ってる?でも大丈夫、理人がずっとここにいれば俺はもう酷い事しないし浮気もしないよ。それに浮気なら理人もした。その浮気相手って誰?こんな時に限って時計持ってかねぇんだもん、居場所が分かんなくて誰かも特定できない」
「時計?」
時計って、みのるが僕の誕生日にくれた腕時計のこと?確かに、いつもは身につけてるけど、浮気現場を見て凛太の家に駆け込んだ時は必要最低限な財布とスマホくらいしか持ってかなかった。
なんでこのタイミングで時計なんだ。……まさか。
「あれに何か仕込んでたな!?」
「理人が何処でなにしてるか把握しとかないと不安でさ。本当はスマホにGPS入れたかったけど、バレそうだったし」
こいつ想像以上にバグってんな。
これで僕が浮気相手が誰かを言おうもんなら、すぐに殺しに行きそうな勢いだ。
頭に、凪の顔が思い浮かぶ。
「なぁ、誰と浮気したんだよ?」
「言わない!」
凪だけは絶対に巻き込めない。
ぷいっと顔を逸らすと、みのるは「ふーん」と呟き僕の目の前に小さな紙を差し出した。
「これ、そいつの連絡先?」
「あっ!」
それは、凪の家からの帰り際、彼から手渡されたメモだった。咄嗟にメモを掴もうとしたが、みのるはそれを僕の手の届かない頭上に掲げてしまった。
僕とみのるの身長差じゃ、ジャンプしても到底届かない。
「返してよみのる!」
「返すわけねーじゃん。てか渡しても、理人には連絡手段ないよ」
「あっ、そうだ僕のスマホ!どこにあるんだよ」
「さぁ、どこだろうね」
スマホ以前に、今は何時だ?
時間を確認しようとリビングの置き時計のある場所に視線を移すが、何故かそこに時計はなく、みのるがいつもしてる腕時計も今は見当たらない。
カーテンから漏れ出る光はまだ明るいから、昼間であることは分かるのだが……あれから、一体何日が経ってるんだ?
「みのる、今何日の何時?」
「なんで?知る必要ないだろ」
「なっ……あるよ、仕事とか、行かなきゃだろ」
「あぁそれなら問題ないよ、理人の会社にはしばらく休むって連絡しておいたし。有給全然使ってなかったから、いい機会なんじゃない?まぁいずれは辞めてもらうけどさ」
「は、お前、何を勝手に……」
こいつ、本格的に僕を外に出さないつもりだ。
出会ってからこれまで、こんな本性を隠している素振りなんかひとつもなかった。僕と同じように束縛とか嫉妬もしない奴だと思ってたのに。
みのるは手で弄んでいたメモをポケットにしまい、僕を見下ろしてにっこりと笑う。
「てか理人、随分エロいかっこうしてるね」
「したくてしてる訳じゃ……ちょっと!」
シーツの隙間から手が侵入してきて、僕の太ももを撫でる。
「やーめーろー!」
「いててて」
手の甲をつねりあげるが、みのるは何故か嬉しそうだ。
「最近お互い忙しくて全然触れ合えてなかったけど……相変わらず、理人の肌はすべすべだな」
「ちょっ……!」
首元に鼻をおしつけすんすん匂いを嗅がれる。突っぱねようと肩を押していた腕は掴まれ、みのるは空いている方の手で僕の背中を柔く撫でた。
ぞくぞくとした、くすぐったいような感覚に背中を反らせると、みのるはふっと笑い、僕の首に吸い付いた。
ピリッとした痛みの後顔が離れていく。
「……やっぱり、痕はなかなか消えないな。理人のからだ隅々まで洗ったけど、これだけは消えなかった」
みのるの指が僕の首や鎖骨辺りを撫でる。
これとは、みのるに浮気をしたとバレた原因、凪につけられたキスマークの事だろう。そんなの洗っただけですぐ消えるわけないじゃないか。
あ、でも消えてないってことは、そんなに時間はたってないってことかな。
「はぁ、本当にムカつく。なぁ、誰なんだよ、お前にこんなのつけた奴。今すぐ名前教えて。大丈夫、殺しはしないからさ。ちょっと話するだけだし。つーか理人もさ、俺怒ってんだよ?なに俺以外の男に触らせてんの?お前は浮気なんかしないって思ってたのに……なぁりひ——」
「いい加減にしろ!」
怒鳴り声をあげると、みのるは少し驚いたように俺を見た。
「お前自分の事棚に上げてんじゃねーぞ。浮気したのは悪かったがお前も浮気しただろ。理由なんかどうでもいい。僕はその事実がショックで許せないんだ」
僕は僕なりに、こいつのことが好きだった。
みのると出会ったのは大学時代で、同じ学部だけど全く接点はなくしばらく会話どころか目もあったことはなかった。でもたまたまバイト先が同じになって話すようになって、みのるの猛アタックの末付き合うことになった。
僕は、不誠実なのは嫌いだ。
最初は面白半分で告白してきたんだろうと思ったが、みのるが本気だとわかったから、僕も応えようと思ったんだ。みのるだったから、僕も好きになったんだ。
「僕たち、付き合っててもいい事ないよ」
「!」
いつかするだろうと思ってた浮気も、一度くらいなら許せると思ってた。でも、むりだった。
好きだったから、一度でも、許せなかった。
「別れよう、みのる」
みのるは一度大きく目を見開くと、数歩下がり俯いてしまった。
「僕は出て行くから、ここは好きに使うといいよ。お前の収入なら、ひとりででも家賃払えるだろ」
リビングのドアを開け、玄関に向かう。
今のみのるからは、離れた方がいい。ろくな話し合いなんかできそうにないし。まずは距離を置いてそれから、お互い落ち着いてからじっくり別れ話だ。
服はないけど、シーツでなんとか誤魔化して、確か近くに公衆電話があったからそこで凛太に電話をかけて迎えに来てもらおう。
しっかりシーツでからだを包んでから、玄関のドアノブに手をかけようとして、違和感に気付いた。
内鍵がついてる部分が、僕が知っている形状をしていない。それどころかなんか大きくなってて、数字が書かれたダイヤルがついている。
ドアノブをガチャガチャ動かしても、ドアが開く気配はない。
もしかしてあいつ、ダイヤルキー取り付けて僕が簡単に出られないようにした?
たらりと、嫌な汗が背中を伝う。
普通、ここまでするだろうか。ただの恋人にここまで。それにダイヤルキーも、絶対昨日今日で用意したものじゃない。ずっと持ってて、もしもの時の為に、隠してた?僕を、逃がさない為に……。
「理人」
すぐ後ろで声がして、反射的にばっと振り向く。
目の前にはみのるがいて、なんの感情も感じ取れないような表情をしていた。
「お前、全然分かってないよ」
「な、にが……」
「言ったじゃん、お前は俺のだって」
みのるの手が伸びてきて、僕の頬を撫でる。
「逃げられると思うなよ」
——ほら、ろくな話し合いなんか、できっこない。
———
あの日から三日。
俺のスマホに、登録されていない番号から電話はかかってきていない。
大きなため息とともに頬杖をつき、うんともすんとも言わないスマホを眺める。
あの日、念願だった理人さんとデートをした。
彼氏に浮気されてへこんでるから今のうちに慰めて漬け込めと凛太さんからメッセージが来た時は、凛太さんが神かと思った。
理人さんの好きな物は凛太さんからサーチ済みで、夜も眠らずデートプランを考えてその日に臨んだ。理人さんも楽しんでくれて、最後には帰りたくないとしょげていたから、ダメもとで家にも誘ったら来てくれてそのまま、エッチもできた。
俺にとっては良いことずくめで、理人さんも、ちょっとは俺のこと気に入ってくれたと思ったんだけど……。
あのまま、彼氏と別れたのかな。もしかして仲直りして、そのままお付き合いを続行している……とか。
だったら、俺に勝ち目ないよなぁ。
再び大きなため息をついた。その時。
ピリリリと、スマホが着信音を響かせた。
スマホの画面には、登録されていない見覚えのない番号が映し出されている。
もしかして……。
はやる気持ちをおさえ、深呼吸してから通話ボタンをタップする。
「もしもし」
「あぁもしもし?」
電話口から聞こえてきたのは、聞き覚えのない男の声だった。
理人さんじゃない事にがっかりしたが、それなら一体誰だろうと思い直す。ここ直近で電話番号を渡したのは理人さんだけだ。
「凪って、君?」
「……そうですけど、どなたですか?」
「俺、理人の彼氏」
「!」
その言葉に息が止まった。
理人さんの彼氏から、なぜ俺に電話が?
「理人が世話になったみたいで。お礼を言いたくてさ」
「…………」
「あ、理人もお礼したいって。ほら理人、凪くんだよー」
「や、やめっ……」
理人さんの彼氏の声が遠ざかり、次に切羽詰まったような理人さんの声がした。
「ん、ぐ、ぁっ……」
「理人さん?」
「ほら理人、ちゃんと挨拶しないと」
「んぁあっ!」
「!」
一際大きな声がした。
いや、喘ぎ声と言う方が正しいだろう。
先日、間近で俺自身も直接聞いた声だ。
もっとも俺が聞いたのは、恥ずかしそうに、甘く控えめに喘ぐ声だったが。
今電話の向こうで、理人さんは彼氏とセックスしている。
彼氏に、俺と浮気したのがバレたんだ。
「は、ぁ、あん、あ、やだ、やだぁ」
「…っ……」
理人さんの悩ましげな声が聞こえる。
好きな人が、他の男に犯されているというのに、その声を聞くだけであの時の情事を思い出しからだが反応する。
「やだ、やだ、なぎ、きって、おねがい、おねがっ…あぁああっ、やぁあ!」
「おい理人、他の男の名前呼ぶなんて、よっぽどお仕置きされたいんだな。……じゃ、凪くんそういう事だから。もう二度と理人に近付くなよ」
「な、なぎ、なぎ、たすけ——」
ぶつりと、通話が途切れた。
「——っ、クソ!」
思わずそう叫ぶ。
完全に見せつけられた。悔しさとか悲しさとか、いろんな感情が綯い交ぜになる。
やっぱり、仲直りしたんだ。
「…………」
あの一晩だけ、いい思いができたと前向きに考えるべきなんだろうけど、要は失恋だ。立ち直るのはなかなか難しい。しかも、初めて本気で好きになった人な上、ちょっと仲良くなれただけにダメージが大きい。
「りひとさん……」
ぽつりと呟いた声は、好きな人と一度だけ繋がった部屋に、虚しく響いた。
いつもと変わらない風景に、自分が意識を失う前の出来事はもしかしたら夢だったんじゃないかとさえ思ったが、少し痛む首が、恐らくスタンガンのようなものを押し当てられた部分であると気付いてあれは現実であると認めざるを得なかった。
あいつ、どういうつもりなんだ。
意識を失う前のみのるの言葉。あいつははっきりと、『お前は俺のだ』と言った。
深くため息をつきとりあえずあいつと話そうとベッドを抜け出して、違和感に気付く。
僕は、服を着ていなかった。
ここに帰ってきた時の服は勿論、下着さえも着用していない。みのるが脱がせたのだろうと容易に想像はできたが、脱がせた理由まではどんなに考えても分からない。
ひとまず服を着ようと寝室のクローゼットやタンスを漁ったが、本来そこにあるはずの僕の服はひとつもなかった。みのるの服もだ。
どういうことマジで。
仕方がないので、ベッドのシーツで自分のからだを包んで寝室を出る。
リビングに行くとそこにはみのるがいて、ソファで優雅にコーヒーを飲んでいた。
「あぁ、おはよう」
「……おはようじゃないよ。どういうつもり、みのる」
なにが、とでも言いたげな目にイラッとする。
「まず、なんでスタンガン持ってるの、それで僕を気絶させた理由は?」
「理人が別れるなんか言うから。使いたくはなかったけど、もしもの時の為に持っといて正解だったな」
本来それは恋人を気絶させるためのものじゃないだろう。護身用だバカタレ。もしもの時の為のもしもの状況が違いすぎる。
「あと服、僕の服がどこにもないんだけど」
「全部捨てちゃった」
「は!?全部!?お前まさかキテーちゃんのTシャツも全部捨てたんじゃないだろうな?」
「捨てたよ」
限定グッズだったのに!!
「てか気にする所そこなんだ?」
みのるがくすくすと笑う。
「なんで捨てたんだよ!」
「服があったら外に出られちゃうじゃん」
「いや出させろよ」
「出させないけど」
「は?」
「理人はずっとここにいるんだよ、俺と一緒にね」
何言ってんの?
「僕、お前と別れるって言った」
「俺は別れる気ないよ」
「なんで」
「理人が好きだから」
「なんだよ今更」
「今更じゃない。俺はずっとお前しか好きじゃなかった」
「僕はもう好きじゃない。だから他の奴と寝た。お前も同じだろ」
「…………」
みのるはすっと目を細め立ち上がり、僕に近づく。僕は無意識のうちに後ずさっていて、壁に背中がついた時みのるが僕の顔の横に手をついた。いわゆる壁ドンだがまったくときめける状況じゃない。
「ねぇ、昨日俺が一緒にいた女、誰か知ってる?」
「し、知るわけない」
「理人と同じ会社のやつだよ」
え、あんな子いたっけ?
「部署も違うし後輩だから知らないのも当然だよな。あいつな、お前のこと好きだったんだぜ?」
「は?」
「会社全体の飲み会で上司に無理やり酒飲まされそうになった時にお前に助けられてから好きだったんだと」
確かに会社全体の飲み会は結構あるし上司に飲まされそうになってた人に何度か助け舟を出したことはあったが……その中にあの子がいたということか?
やべー、全然覚えてない……ってか、なんでこいつはそんなこと知ってるんだ?会社も違うのに。そしてなんで俺のことが好きな子と浮気するに繋がるんだ?
「邪魔だったんだよ。もしそいつが理人に告白したら、お前、その子に気遣うだろ」
「そりゃそうだろ」
「それが嫌だ。お前の頭の中が俺以外の奴のことで埋まるのなんか許せるわけない。だから告白する前に俺に意識向かせた」
「だ、だからって……」
「ちなみにあの子だけじゃないぞ。理人は顔は普通だけど」
「おいっ」
「人に好かれるから変な虫ばっかりつく。お前が誰かに好かれる度、俺はそいつらみんなと寝た」
知りたくなかった事実を暴露されたんだが。
「本当はあの凛太とかいうやつも、寝るのは無理だからどうにかして消してやろうかと思ってたんだが……それは理人が悲しむからやめた」
消すって……。
ぞっとして、みのるの胸をどんっと突き飛ばす。
こいつ、頭おかしい。
「そんな目で見るなよ、傷つくなぁ」
傷ついてる様子なんか全くない、むしろ、楽しんでいるような顔だ。
「理人、付き合う前言ってたじゃん。束縛するのもされるのも嫌いだって。だから俺、結構がまんしてたんだけどさ……もう、いいよな?」
みのるは僕の目の前まで来ると、顎を掴みあげそのまま唇を重ねようとした。
が、僕はすんでのところで手のひらでみのるの口を塞いだ。
「よくない!」
「は?」
「お前が、僕の事が大好きだってことはよーくわかった。けどぜんっぜんよくない!」
みのるはむっと不機嫌そうに眉間に皺を寄せ、更にこちらにぐぐぐと寄ってくる。
「お前が僕を狂おしいほど好きでも、やっていい事と悪いことがある!浮気とか気絶させるとか服捨てるとかな!」
「やっぱ怒ってる?でも大丈夫、理人がずっとここにいれば俺はもう酷い事しないし浮気もしないよ。それに浮気なら理人もした。その浮気相手って誰?こんな時に限って時計持ってかねぇんだもん、居場所が分かんなくて誰かも特定できない」
「時計?」
時計って、みのるが僕の誕生日にくれた腕時計のこと?確かに、いつもは身につけてるけど、浮気現場を見て凛太の家に駆け込んだ時は必要最低限な財布とスマホくらいしか持ってかなかった。
なんでこのタイミングで時計なんだ。……まさか。
「あれに何か仕込んでたな!?」
「理人が何処でなにしてるか把握しとかないと不安でさ。本当はスマホにGPS入れたかったけど、バレそうだったし」
こいつ想像以上にバグってんな。
これで僕が浮気相手が誰かを言おうもんなら、すぐに殺しに行きそうな勢いだ。
頭に、凪の顔が思い浮かぶ。
「なぁ、誰と浮気したんだよ?」
「言わない!」
凪だけは絶対に巻き込めない。
ぷいっと顔を逸らすと、みのるは「ふーん」と呟き僕の目の前に小さな紙を差し出した。
「これ、そいつの連絡先?」
「あっ!」
それは、凪の家からの帰り際、彼から手渡されたメモだった。咄嗟にメモを掴もうとしたが、みのるはそれを僕の手の届かない頭上に掲げてしまった。
僕とみのるの身長差じゃ、ジャンプしても到底届かない。
「返してよみのる!」
「返すわけねーじゃん。てか渡しても、理人には連絡手段ないよ」
「あっ、そうだ僕のスマホ!どこにあるんだよ」
「さぁ、どこだろうね」
スマホ以前に、今は何時だ?
時間を確認しようとリビングの置き時計のある場所に視線を移すが、何故かそこに時計はなく、みのるがいつもしてる腕時計も今は見当たらない。
カーテンから漏れ出る光はまだ明るいから、昼間であることは分かるのだが……あれから、一体何日が経ってるんだ?
「みのる、今何日の何時?」
「なんで?知る必要ないだろ」
「なっ……あるよ、仕事とか、行かなきゃだろ」
「あぁそれなら問題ないよ、理人の会社にはしばらく休むって連絡しておいたし。有給全然使ってなかったから、いい機会なんじゃない?まぁいずれは辞めてもらうけどさ」
「は、お前、何を勝手に……」
こいつ、本格的に僕を外に出さないつもりだ。
出会ってからこれまで、こんな本性を隠している素振りなんかひとつもなかった。僕と同じように束縛とか嫉妬もしない奴だと思ってたのに。
みのるは手で弄んでいたメモをポケットにしまい、僕を見下ろしてにっこりと笑う。
「てか理人、随分エロいかっこうしてるね」
「したくてしてる訳じゃ……ちょっと!」
シーツの隙間から手が侵入してきて、僕の太ももを撫でる。
「やーめーろー!」
「いててて」
手の甲をつねりあげるが、みのるは何故か嬉しそうだ。
「最近お互い忙しくて全然触れ合えてなかったけど……相変わらず、理人の肌はすべすべだな」
「ちょっ……!」
首元に鼻をおしつけすんすん匂いを嗅がれる。突っぱねようと肩を押していた腕は掴まれ、みのるは空いている方の手で僕の背中を柔く撫でた。
ぞくぞくとした、くすぐったいような感覚に背中を反らせると、みのるはふっと笑い、僕の首に吸い付いた。
ピリッとした痛みの後顔が離れていく。
「……やっぱり、痕はなかなか消えないな。理人のからだ隅々まで洗ったけど、これだけは消えなかった」
みのるの指が僕の首や鎖骨辺りを撫でる。
これとは、みのるに浮気をしたとバレた原因、凪につけられたキスマークの事だろう。そんなの洗っただけですぐ消えるわけないじゃないか。
あ、でも消えてないってことは、そんなに時間はたってないってことかな。
「はぁ、本当にムカつく。なぁ、誰なんだよ、お前にこんなのつけた奴。今すぐ名前教えて。大丈夫、殺しはしないからさ。ちょっと話するだけだし。つーか理人もさ、俺怒ってんだよ?なに俺以外の男に触らせてんの?お前は浮気なんかしないって思ってたのに……なぁりひ——」
「いい加減にしろ!」
怒鳴り声をあげると、みのるは少し驚いたように俺を見た。
「お前自分の事棚に上げてんじゃねーぞ。浮気したのは悪かったがお前も浮気しただろ。理由なんかどうでもいい。僕はその事実がショックで許せないんだ」
僕は僕なりに、こいつのことが好きだった。
みのると出会ったのは大学時代で、同じ学部だけど全く接点はなくしばらく会話どころか目もあったことはなかった。でもたまたまバイト先が同じになって話すようになって、みのるの猛アタックの末付き合うことになった。
僕は、不誠実なのは嫌いだ。
最初は面白半分で告白してきたんだろうと思ったが、みのるが本気だとわかったから、僕も応えようと思ったんだ。みのるだったから、僕も好きになったんだ。
「僕たち、付き合っててもいい事ないよ」
「!」
いつかするだろうと思ってた浮気も、一度くらいなら許せると思ってた。でも、むりだった。
好きだったから、一度でも、許せなかった。
「別れよう、みのる」
みのるは一度大きく目を見開くと、数歩下がり俯いてしまった。
「僕は出て行くから、ここは好きに使うといいよ。お前の収入なら、ひとりででも家賃払えるだろ」
リビングのドアを開け、玄関に向かう。
今のみのるからは、離れた方がいい。ろくな話し合いなんかできそうにないし。まずは距離を置いてそれから、お互い落ち着いてからじっくり別れ話だ。
服はないけど、シーツでなんとか誤魔化して、確か近くに公衆電話があったからそこで凛太に電話をかけて迎えに来てもらおう。
しっかりシーツでからだを包んでから、玄関のドアノブに手をかけようとして、違和感に気付いた。
内鍵がついてる部分が、僕が知っている形状をしていない。それどころかなんか大きくなってて、数字が書かれたダイヤルがついている。
ドアノブをガチャガチャ動かしても、ドアが開く気配はない。
もしかしてあいつ、ダイヤルキー取り付けて僕が簡単に出られないようにした?
たらりと、嫌な汗が背中を伝う。
普通、ここまでするだろうか。ただの恋人にここまで。それにダイヤルキーも、絶対昨日今日で用意したものじゃない。ずっと持ってて、もしもの時の為に、隠してた?僕を、逃がさない為に……。
「理人」
すぐ後ろで声がして、反射的にばっと振り向く。
目の前にはみのるがいて、なんの感情も感じ取れないような表情をしていた。
「お前、全然分かってないよ」
「な、にが……」
「言ったじゃん、お前は俺のだって」
みのるの手が伸びてきて、僕の頬を撫でる。
「逃げられると思うなよ」
——ほら、ろくな話し合いなんか、できっこない。
———
あの日から三日。
俺のスマホに、登録されていない番号から電話はかかってきていない。
大きなため息とともに頬杖をつき、うんともすんとも言わないスマホを眺める。
あの日、念願だった理人さんとデートをした。
彼氏に浮気されてへこんでるから今のうちに慰めて漬け込めと凛太さんからメッセージが来た時は、凛太さんが神かと思った。
理人さんの好きな物は凛太さんからサーチ済みで、夜も眠らずデートプランを考えてその日に臨んだ。理人さんも楽しんでくれて、最後には帰りたくないとしょげていたから、ダメもとで家にも誘ったら来てくれてそのまま、エッチもできた。
俺にとっては良いことずくめで、理人さんも、ちょっとは俺のこと気に入ってくれたと思ったんだけど……。
あのまま、彼氏と別れたのかな。もしかして仲直りして、そのままお付き合いを続行している……とか。
だったら、俺に勝ち目ないよなぁ。
再び大きなため息をついた。その時。
ピリリリと、スマホが着信音を響かせた。
スマホの画面には、登録されていない見覚えのない番号が映し出されている。
もしかして……。
はやる気持ちをおさえ、深呼吸してから通話ボタンをタップする。
「もしもし」
「あぁもしもし?」
電話口から聞こえてきたのは、聞き覚えのない男の声だった。
理人さんじゃない事にがっかりしたが、それなら一体誰だろうと思い直す。ここ直近で電話番号を渡したのは理人さんだけだ。
「凪って、君?」
「……そうですけど、どなたですか?」
「俺、理人の彼氏」
「!」
その言葉に息が止まった。
理人さんの彼氏から、なぜ俺に電話が?
「理人が世話になったみたいで。お礼を言いたくてさ」
「…………」
「あ、理人もお礼したいって。ほら理人、凪くんだよー」
「や、やめっ……」
理人さんの彼氏の声が遠ざかり、次に切羽詰まったような理人さんの声がした。
「ん、ぐ、ぁっ……」
「理人さん?」
「ほら理人、ちゃんと挨拶しないと」
「んぁあっ!」
「!」
一際大きな声がした。
いや、喘ぎ声と言う方が正しいだろう。
先日、間近で俺自身も直接聞いた声だ。
もっとも俺が聞いたのは、恥ずかしそうに、甘く控えめに喘ぐ声だったが。
今電話の向こうで、理人さんは彼氏とセックスしている。
彼氏に、俺と浮気したのがバレたんだ。
「は、ぁ、あん、あ、やだ、やだぁ」
「…っ……」
理人さんの悩ましげな声が聞こえる。
好きな人が、他の男に犯されているというのに、その声を聞くだけであの時の情事を思い出しからだが反応する。
「やだ、やだ、なぎ、きって、おねがい、おねがっ…あぁああっ、やぁあ!」
「おい理人、他の男の名前呼ぶなんて、よっぽどお仕置きされたいんだな。……じゃ、凪くんそういう事だから。もう二度と理人に近付くなよ」
「な、なぎ、なぎ、たすけ——」
ぶつりと、通話が途切れた。
「——っ、クソ!」
思わずそう叫ぶ。
完全に見せつけられた。悔しさとか悲しさとか、いろんな感情が綯い交ぜになる。
やっぱり、仲直りしたんだ。
「…………」
あの一晩だけ、いい思いができたと前向きに考えるべきなんだろうけど、要は失恋だ。立ち直るのはなかなか難しい。しかも、初めて本気で好きになった人な上、ちょっと仲良くなれただけにダメージが大きい。
「りひとさん……」
ぽつりと呟いた声は、好きな人と一度だけ繋がった部屋に、虚しく響いた。
応援ありがとうございます!
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