そんなに義妹がいいのですね?さようなら、あなた。

nanahi

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29 怒るお兄様

ああ。
まだ胸がどきどきしている。

茶会がお開きになり、ルイーゼを見送った後、フェルナンドはひとり胸を高鳴らせていた。

「綺麗だったな……ルイーゼ」

たくましく鍛えられ、長身で堂々とした体躯のフェルナンドだったが、今ばかりは密かに頬を染めていた。

上品なアイスブルーのドレスがルイーゼの凛とした美しさをいっそう引き立てていた。しかし、不実な夫に悩まされているせいだろうか。少し面やつれした白い横顔は、フェルナンドの胸に『守ってやりたい』という強烈な衝動を掻き立てた。

ルイーゼの面影を反芻し、フェルナンドは熱を持った頬にそっと触れた。

「私は……まだ彼女のことが、好きなままなんだな」

再会によってくすぶっていた残り火が一気に燃え上がった。この情熱を一体どうすればいいのだろう。

彼女はもう、他人の妻だというのに。

今更ながら、フェルナンドは自分の中深くに住み続けていたルイーゼへの想いに、激しく戸惑っていた。


* * * * * * * 


「ダミアン!ダミアンはいるかっ!!」

茶会の翌朝、ルイーゼの屋敷に怒声が響いた。

「ネ、ネイサン様!」
「いかがされたのです!?」

玄関から入ってきたのはルイーゼの実兄、ネイサンだった。突然の来訪に執事やメイドたちがおろおろと狼狽えながら彼を迎えた。

「お兄様!ご帰国されていましたの!?」
「ああ。昨日な」

メイドたちが騒ぐ声にルイーゼが執務室から飛び出してきた。ネイサンは隣国の大学教授として招聘されていたはずだったが、昨日一時帰国したばかりだった。

「これは義兄上、ようこそ。しかし、朝から何事です?まだ朝食前ですよ?」
「ダミアン──っ!」

あくびをしながらラフな格好で階段を降りてきたダミアンを、ネイサンは射殺いころさんばかりの眼光で睨みつけた。

「……君は子を授かれないのを妹のせいにし、衆人環視の中で貶めたそうだな?」

いつもは冷静で滅多に声を荒げることのないネイサンが、怒りで震えた低い声をダミアンに投げつけた。

「なぜそのことを──!?」

ルイーゼは驚いて兄を見つめた。ネイサンは王宮の茶会でダミアンが放った無礼な言動を耳の早い知人から既に聞き及んでいたのだ。

「そんなに怒らないでください。ルイーゼを侮辱したつもりはありませんよ。愛しているからこそ、事実を口にしたまでです」
「事実……だと──?」

ネイサンの眉間が険しく吊り上がった。彼から立ち上る怒りのオーラが一気に膨れ上がる。

「よくも抜け抜けと……!子どもができないのは、お前の──」
「お兄様、やめて!!!」

ネイサンが何かを言いかけたが、ルイーゼが慌てて兄の口を塞いだ。

「何をするんだ、こいつに言ってやらないと──」
「いいの!私は大丈夫だから!お願い、言わないで!!」
「ぐ──っ」

ルイーゼが必死になっていることに気付いたネイサンは、無理やり言葉を飲み込んだ。

「何をそんなに怒っているんです?わけがわからないな」

ダミアンがやれやれと言った顔で義兄を見やった。

「……っ」

ネイサンは怒りが収まらない様子だったが、首を横に振るルイーゼを見て、ついに口をつぐんだ。



その後、ルイーゼは兄を私室に招いた。

「ごめんなさい、お兄様。私のために来てくださったのに……」
「何を言っているんだ。当然のことだよ。お前は私にとって大事な妹なんだから」

ネイサンはルイーゼを優しく抱きしめた。

「父上も私もあいつには怒り心頭だ。モニカと浮気までしていたというじゃないか。まったく常識を疑うよ。お前も辛かっただろうに」
「お兄様……」

聡明で優しい兄の腕の中で、ルイーゼは一筋の涙を流した。

「あのことはまだ言わなくていいんだね?」
「ええ。ダミアンのご両親に不貞の事実をまだ話していないの。ご両親から叱られればさすがのダミアンも離縁に同意してくれると思うの」
「わかった。私はしばらく実家にいるから、必要になったらいつでも呼んでくれ」
「ありがとう、お兄様」

ルイーゼは子どもができないまま三年経った時、あることを兄に相談し、秘密裏に調べていた。でもそれは一生、ダミアンには言わないつもりだった。

まだ愛していたから。

さっき兄を止めたのは、まだ暴く時ではないと思ったからだ。

秘密はどうしても必要になった時の切り札にするわ。

その秘密が暴かれる日が確実に近づいていることを、ルイーゼはどこかで感じていた。


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