29 / 35
29 怒るお兄様
ああ。
まだ胸がどきどきしている。
茶会がお開きになり、ルイーゼを見送った後、フェルナンドはひとり胸を高鳴らせていた。
「綺麗だったな……ルイーゼ」
たくましく鍛えられ、長身で堂々とした体躯のフェルナンドだったが、今ばかりは密かに頬を染めていた。
上品なアイスブルーのドレスがルイーゼの凛とした美しさをいっそう引き立てていた。しかし、不実な夫に悩まされているせいだろうか。少し面やつれした白い横顔は、フェルナンドの胸に『守ってやりたい』という強烈な衝動を掻き立てた。
ルイーゼの面影を反芻し、フェルナンドは熱を持った頬にそっと触れた。
「私は……まだ彼女のことが、好きなままなんだな」
再会によって燻っていた残り火が一気に燃え上がった。この情熱を一体どうすればいいのだろう。
彼女はもう、他人の妻だというのに。
今更ながら、フェルナンドは自分の中深くに住み続けていたルイーゼへの想いに、激しく戸惑っていた。
* * * * * * *
「ダミアン!ダミアンはいるかっ!!」
茶会の翌朝、ルイーゼの屋敷に怒声が響いた。
「ネ、ネイサン様!」
「いかがされたのです!?」
玄関から入ってきたのはルイーゼの実兄、ネイサンだった。突然の来訪に執事やメイドたちがおろおろと狼狽えながら彼を迎えた。
「お兄様!ご帰国されていましたの!?」
「ああ。昨日な」
メイドたちが騒ぐ声にルイーゼが執務室から飛び出してきた。ネイサンは隣国の大学教授として招聘されていたはずだったが、昨日一時帰国したばかりだった。
「これは義兄上、ようこそ。しかし、朝から何事です?まだ朝食前ですよ?」
「ダミアン──っ!」
あくびをしながらラフな格好で階段を降りてきたダミアンを、ネイサンは射殺さんばかりの眼光で睨みつけた。
「……君は子を授かれないのを妹のせいにし、衆人環視の中で貶めたそうだな?」
いつもは冷静で滅多に声を荒げることのないネイサンが、怒りで震えた低い声をダミアンに投げつけた。
「なぜそのことを──!?」
ルイーゼは驚いて兄を見つめた。ネイサンは王宮の茶会でダミアンが放った無礼な言動を耳の早い知人から既に聞き及んでいたのだ。
「そんなに怒らないでください。ルイーゼを侮辱したつもりはありませんよ。愛しているからこそ、事実を口にしたまでです」
「事実……だと──?」
ネイサンの眉間が険しく吊り上がった。彼から立ち上る怒りのオーラが一気に膨れ上がる。
「よくも抜け抜けと……!子どもができないのは、お前の──」
「お兄様、やめて!!!」
ネイサンが何かを言いかけたが、ルイーゼが慌てて兄の口を塞いだ。
「何をするんだ、こいつに言ってやらないと──」
「いいの!私は大丈夫だから!お願い、言わないで!!」
「ぐ──っ」
ルイーゼが必死になっていることに気付いたネイサンは、無理やり言葉を飲み込んだ。
「何をそんなに怒っているんです?わけがわからないな」
ダミアンがやれやれと言った顔で義兄を見やった。
「……っ」
ネイサンは怒りが収まらない様子だったが、首を横に振るルイーゼを見て、ついに口をつぐんだ。
その後、ルイーゼは兄を私室に招いた。
「ごめんなさい、お兄様。私のために来てくださったのに……」
「何を言っているんだ。当然のことだよ。お前は私にとって大事な妹なんだから」
ネイサンはルイーゼを優しく抱きしめた。
「父上も私もあいつには怒り心頭だ。モニカと浮気までしていたというじゃないか。まったく常識を疑うよ。お前も辛かっただろうに」
「お兄様……」
聡明で優しい兄の腕の中で、ルイーゼは一筋の涙を流した。
「あのことはまだ言わなくていいんだね?」
「ええ。ダミアンのご両親に不貞の事実をまだ話していないの。ご両親から叱られればさすがのダミアンも離縁に同意してくれると思うの」
「わかった。私はしばらく実家にいるから、必要になったらいつでも呼んでくれ」
「ありがとう、お兄様」
ルイーゼは子どもができないまま三年経った時、あることを兄に相談し、秘密裏に調べていた。でもそれは一生、ダミアンには言わないつもりだった。
まだ愛していたから。
さっき兄を止めたのは、まだ暴く時ではないと思ったからだ。
秘密はどうしても必要になった時の切り札にするわ。
その秘密が暴かれる日が確実に近づいていることを、ルイーゼはどこかで感じていた。
まだ胸がどきどきしている。
茶会がお開きになり、ルイーゼを見送った後、フェルナンドはひとり胸を高鳴らせていた。
「綺麗だったな……ルイーゼ」
たくましく鍛えられ、長身で堂々とした体躯のフェルナンドだったが、今ばかりは密かに頬を染めていた。
上品なアイスブルーのドレスがルイーゼの凛とした美しさをいっそう引き立てていた。しかし、不実な夫に悩まされているせいだろうか。少し面やつれした白い横顔は、フェルナンドの胸に『守ってやりたい』という強烈な衝動を掻き立てた。
ルイーゼの面影を反芻し、フェルナンドは熱を持った頬にそっと触れた。
「私は……まだ彼女のことが、好きなままなんだな」
再会によって燻っていた残り火が一気に燃え上がった。この情熱を一体どうすればいいのだろう。
彼女はもう、他人の妻だというのに。
今更ながら、フェルナンドは自分の中深くに住み続けていたルイーゼへの想いに、激しく戸惑っていた。
* * * * * * *
「ダミアン!ダミアンはいるかっ!!」
茶会の翌朝、ルイーゼの屋敷に怒声が響いた。
「ネ、ネイサン様!」
「いかがされたのです!?」
玄関から入ってきたのはルイーゼの実兄、ネイサンだった。突然の来訪に執事やメイドたちがおろおろと狼狽えながら彼を迎えた。
「お兄様!ご帰国されていましたの!?」
「ああ。昨日な」
メイドたちが騒ぐ声にルイーゼが執務室から飛び出してきた。ネイサンは隣国の大学教授として招聘されていたはずだったが、昨日一時帰国したばかりだった。
「これは義兄上、ようこそ。しかし、朝から何事です?まだ朝食前ですよ?」
「ダミアン──っ!」
あくびをしながらラフな格好で階段を降りてきたダミアンを、ネイサンは射殺さんばかりの眼光で睨みつけた。
「……君は子を授かれないのを妹のせいにし、衆人環視の中で貶めたそうだな?」
いつもは冷静で滅多に声を荒げることのないネイサンが、怒りで震えた低い声をダミアンに投げつけた。
「なぜそのことを──!?」
ルイーゼは驚いて兄を見つめた。ネイサンは王宮の茶会でダミアンが放った無礼な言動を耳の早い知人から既に聞き及んでいたのだ。
「そんなに怒らないでください。ルイーゼを侮辱したつもりはありませんよ。愛しているからこそ、事実を口にしたまでです」
「事実……だと──?」
ネイサンの眉間が険しく吊り上がった。彼から立ち上る怒りのオーラが一気に膨れ上がる。
「よくも抜け抜けと……!子どもができないのは、お前の──」
「お兄様、やめて!!!」
ネイサンが何かを言いかけたが、ルイーゼが慌てて兄の口を塞いだ。
「何をするんだ、こいつに言ってやらないと──」
「いいの!私は大丈夫だから!お願い、言わないで!!」
「ぐ──っ」
ルイーゼが必死になっていることに気付いたネイサンは、無理やり言葉を飲み込んだ。
「何をそんなに怒っているんです?わけがわからないな」
ダミアンがやれやれと言った顔で義兄を見やった。
「……っ」
ネイサンは怒りが収まらない様子だったが、首を横に振るルイーゼを見て、ついに口をつぐんだ。
その後、ルイーゼは兄を私室に招いた。
「ごめんなさい、お兄様。私のために来てくださったのに……」
「何を言っているんだ。当然のことだよ。お前は私にとって大事な妹なんだから」
ネイサンはルイーゼを優しく抱きしめた。
「父上も私もあいつには怒り心頭だ。モニカと浮気までしていたというじゃないか。まったく常識を疑うよ。お前も辛かっただろうに」
「お兄様……」
聡明で優しい兄の腕の中で、ルイーゼは一筋の涙を流した。
「あのことはまだ言わなくていいんだね?」
「ええ。ダミアンのご両親に不貞の事実をまだ話していないの。ご両親から叱られればさすがのダミアンも離縁に同意してくれると思うの」
「わかった。私はしばらく実家にいるから、必要になったらいつでも呼んでくれ」
「ありがとう、お兄様」
ルイーゼは子どもができないまま三年経った時、あることを兄に相談し、秘密裏に調べていた。でもそれは一生、ダミアンには言わないつもりだった。
まだ愛していたから。
さっき兄を止めたのは、まだ暴く時ではないと思ったからだ。
秘密はどうしても必要になった時の切り札にするわ。
その秘密が暴かれる日が確実に近づいていることを、ルイーゼはどこかで感じていた。
あなたにおすすめの小説
あなたの破滅のはじまり
nanahi
恋愛
家同士の契約で結婚した私。夫は男爵令嬢を愛人にし、私の事は放ったらかし。でも我慢も今日まで。あなたとの婚姻契約は今日で終わるのですから。
え?離縁をやめる?今更何を慌てているのです?契約条件に目を通していなかったんですか?
あなたを待っているのは破滅ですよ。
※Ep.2 追加しました。
マルグリッタの魔女の血を色濃く受け継ぐ娘ヴィヴィアン。そんなヴィヴィアンの元に隣の大陸の王ジェハスより婚姻の話が舞い込む。
子爵の五男アレクに淡い恋心を抱くも、行き違いから失恋したと思い込んでいるヴィヴィアン。アレクのことが忘れられずにいたヴィヴィアンは婚姻話を断るつもりだったが、王命により強制的に婚姻させられてしまう。
だが、ジェハス王はゴールダー家の巨万の富が目的だった。王妃として迎えられたヴィヴィアンだったが、お飾りの王妃として扱われて冷遇される。しかも、ジェハスには側妃がすでに5人もいた。
短編 政略結婚して十年、夫と妹に裏切られたので離縁します
ヨルノソラ
恋愛
政略結婚して十年。夫との愛はなく、妹の訪問が増えるたびに胸がざわついていた。ある日、夫と妹の不倫を示す手紙を見つけたセレナは、静かに離縁を決意する。すべてを手放してでも、自分の人生を取り戻すために――これは、裏切りから始まる“再生”の物語。
【完結】よりを戻したいですって? ごめんなさい、そんなつもりはありません
ノエル
恋愛
ある日、サイラス宛に同級生より手紙が届く。中には、婚約破棄の原因となった事件の驚くべき真相が書かれていた。
かつて侯爵令嬢アナスタシアは、誠実に婚約者サイラスを愛していた。だが、サイラスは男爵令嬢ユリアに心を移していた、
卒業パーティーの夜、ユリアに無実の罪を着せられてしまったアナスタシア。怒ったサイラスに婚約破棄されてしまう。
ユリアの主張を疑いもせず受け入れ、アナスタシアを糾弾したサイラス。
後で真実を知ったからと言って、今さら現れて「結婚しよう」と言われても、答えは一つ。
「 ごめんなさい、そんなつもりはありません」
アナスタシアは失った名誉も、未来も、自分の手で取り戻す。一方サイラスは……。
〖完結〗では、婚約解消いたしましょう。
藍川みいな
恋愛
三年婚約しているオリバー殿下は、最近別の女性とばかり一緒にいる。
学園で行われる年に一度のダンスパーティーにも、私ではなくセシリー様を誘っていた。まるで二人が婚約者同士のように思える。
そのダンスパーティーで、オリバー殿下は私を責め、婚約を考え直すと言い出した。
それなら、婚約を解消いたしましょう。
そしてすぐに、婚約者に立候補したいという人が現れて……!?
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話しです。
断罪された薔薇の話
倉真朔
恋愛
悪名高きロザリンドの断罪後、奇妙な病気にかかってしまった第二王子のルカ。そんなこと知るよしもなく、皇太子カイルと彼の婚約者のマーガレットはルカに元気になってもらおうと奮闘する。
ルカの切ない想いを誰が受け止めてくれるだろうか。
とても切ない物語です。
この作品は、カクヨム、小説家になろうにも掲載中。
愛想を尽かした女と尽かされた男
火野村志紀
恋愛
※全16話となります。
「そうですか。今まであなたに尽くしていた私は側妃扱いで、急に湧いて出てきた彼女が正妃だと? どうぞ、お好きになさって。その代わり私も好きにしますので」
【完結】王子は聖女と結婚するらしい。私が聖女であることは一生知らないままで
雪野原よる
恋愛
「聖女と結婚するんだ」──私の婚約者だった王子は、そう言って私を追い払った。でも、その「聖女」、私のことなのだけど。
※王国は滅びます。
(完結)私はあなた方を許しますわ(全5話程度)
青空一夏
恋愛
従姉妹に夢中な婚約者。婚約破棄をしようと思った矢先に、私の死を望む婚約者の声をきいてしまう。
だったら、婚約破棄はやめましょう。
ふふふ、裏切っていたあなた方まとめて許して差し上げますわ。どうぞお幸せに!
悲しく切ない世界。全5話程度。それぞれの視点から物語がすすむ方式。後味、悪いかもしれません。ハッピーエンドではありません!