学園の華たちが婚約者を奪いに来る

nanahi

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12 子爵令嬢イレーネ

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「例のものは用意できた?」

子爵令嬢イレーネが上質なソファーにその身を優雅に横たえたまま、メイドに問う。
資産家のイレーネの館は家具やカーテン、装飾品など、どれをとっても最高級品が取り揃えられている。

「はい。お嬢様。最高の腕の者に作らせました。ご確認くださいませ」

メイドはビロードの小箱をイレーネの目の前で静かに開いてみせた。

「上出来よ。これなら見分けがつかないわ。見てなさい、シャロン」

そう言うと、イレーネはひとりほくそ笑んだ。




シャロンが登校すると、机の上にビロードの小箱が置かれていた。

「何だ、これ?」

シャロンが小箱を手に取ると、後ろからイレーネが、

「やめて、シャロン!」

と叫んだ。

シャロンはびっくりして、小箱を取り落とした。
小箱は床に落ちて蓋が開き、ルビーのブローチが転がり出た。
イレーネが青ざめて床のブローチを手に取る。

「大変……壊れてしまったわ」
「え」

イレーネはシャロンをねめあげ、

「これは貴重なブーリヤン産のロイヤルルビーなのよ?どうしてくれるの!?」

イレーネは一部の装飾が破損したブローチをシャロンに突きつけた。

「何でイレーネ、怒ってるの?」
「シャロンがイレーネのブローチを壊したって」

騒ぎに隣のクラスからも生徒たちが集まってきた。

「何かあったのか」

ちょうどそのとき、ルアージュが通りかかって、シャロンとイレーネのそばに来た。

「ルアージュ様、ひどいんですのよ?シャロンが私のブローチを壊したんですの」
「私の机に誰かが箱を置いていたんだ。それをよくわからず手に取ってしまって。わざとじゃないんだ。けど、私が悪かった。弁償するよ」

シャロンの言葉にイレーネは、「はっ」と失笑する。

「あなたに払えるの?領地も持たない名誉称号の伯爵家のくせに」

イレーネの言う通り、シャロンの父は名誉称号としての伯爵であって、陛下から領地は拝領してはいなかった。
王家から毎月褒賞をもらう形となっており、その額も少なくはないが、富豪のイレーネからしたら、端金に見えるだろう。

「僕が払おう。婚約者のことは僕が責任を取る」
「まあ!ルアージュ様のお手を煩わせることなんてできませんわ!大丈夫です、シャロンが何とかするはずですわ。だって学年トップの成績なんですもの」

強烈な皮肉をイレーネが繰り出す。

「しかし!」
「ルアージュ様からは何があってもお受け取りできません」

イレーネはあくまでもルアージュの申し出を拒絶する。

私がバカだったな。
おそらく私はイレーネにはめられたんだ。

シャロンはそうわかっていても、何もできずに唇を噛んだ。

ルアージュ様にも実家にも迷惑をかけてしまう。
もっと注意深く過ごさなければいけなかったのに。

情けなくて、シャロンがうつむいたとき、

「シャロン!」

と自分を呼ぶ声がした。

「え──カリン!?」

目の前にカリンがいた。

「どうして?分校に行ったんじゃ」
「急な転校だったから、細かい手続きがまだ残っていて来たの。びっくりした?」

カリンはそう言って微笑んだ。
カリンの顔を見ただけでシャロンは勇気づけられる思いがした。

「シャロン、大丈夫?」

カリンの後ろから現れたライカが声をかけてくれた。

「ライカ先輩も来てたんだ」

カリンと一緒に分校へ転校していた2歳年上の姉のライカは、アウレリウス学園でミス学園を毎年取るほどの美女だった。

「相変わらず美しいな~」
「ライカ先輩の顔を拝めなくて、俺寂しかったよ」

令息たちも沸き立つ。

「それで聞いてたんだけど、イレーネ、そのブローチちょっと見せてもらえる?」
「なあに?あなたが弁償するとでもいうの?小さい領地で余裕ないでしょう?」

何かにつけイレーネは財力の差を強調する。

何人かけつけようが、シャロンの力にはなれないわよ。

財力で力を測るのが常のイレーネは、内心、大多数のクラスメイトたちをバカにしていた。
自分より上位貴族のセレストもリュシエンヌも、財力でいえば余裕で勝っているとイレーネは思っていた。

「イゼル殿下、これです」

カリンは後ろから来た美形の男性にブローチを渡した。

「殿下だって……どちらの王子様かしら?」
「イケメンねえ」

令嬢たちがざわつく。

イゼル殿下と呼ばれた男性は、上質な濃紺の礼服に輝くダイヤモンドのブローチをつけていた。

「へえ。これを弁償しろって言ってるんだね?それでいくらなのかな?すぐに払ってあげてもいいんだけど……これよく出来てるけど偽物だね」
「えっ!」

場が騒然とする。

「どこのどなたか知りませんけど、いい加減なこと言わないでくださる!?」

イレーネが目を釣り上げてイゼルを睨んだ。

「あなたに本物と偽物の違いが判別できるのですか?カリンの友人だからって、シャロンを庇っているだけでは?」

このブローチは腕ききの職人に大金を払って精巧に作らせた偽物だった。
イレーネの両親も偽物だと見抜けなかったほどよくできていた。

「カリンは私の義妹になるんだ。大切な義妹の親友が困っているのに見過ごせないだろう?」

そう言ってイゼルは隣に佇んでいたライカの腰をそっと引き寄せた。ライカは美しいバラのように微笑む。

「ねえ、イゼル殿下って確かメディオ王国の王太子じゃなかった?」
「えっ!すごい!ライカ先輩、王太子妃になるの!?」

先日、たまたま分校を表敬訪問していたメディオ王国のイゼル王太子がライカに一目惚れし、メディオ王家からライカへの婚約申し入れが最近されたばかりだった。

みなが羨望の眼差しでふたりを見る。

「我が王国は宝石鉱山をたくさん抱えていてね。王国の者はみな目利きなんだよ。このルビーが本物だと信じていたのなら気の毒だが、修理したところでこれの価値は二束三文にしかならないだろうね」

イゼルが微笑みを浮かべながら、お灸を据えるようにイレーネに反論した。

「そういえば、メディオ王国って宝石の売買が王国の収入の大半を占めているのよね」
「つまり、宝石のプロフェッショナルってことでしょ?イゼル殿下が間違えるはずないわ」

周囲のささやきに、イレーネの顔が引きつった。

「イレーネったら、偽物に賠償金を吹っかけようとしてたの?」
「いくらシャロンが憎いからってちょっとやりすぎじゃない?」
「お金があるからふんぞり返ってるけど、やっていいことと悪いことの区別もつかないのね」
「元はと言えば、イレーネが後ろから大声でシャロンをおどかしたから、シャロンが箱を落としちゃったわけだし」

シャロンと立場が逆転したイレーネは、助けを求めようと、ソフィアとリュシエンヌの方を見た。
だが、二人はイレーネから冷たく目を逸らした。

見捨てられた──

イレーネは真っ青になって教室から逃げ出した。




「先ほどはありがとうございました。僕では偽物と見破れなくて。恥ずかしいです」

ルアージュはシャロンの窮地を救ってくれたイゼル殿下に礼を言った。

「いや。あれはよく出来ていたよ。大抵の者は見破れないだろう。もしかしたら、シャロンを陥れようとわざと作らせたものかもしれないね」
「……僕の力不足でシャロンを辛いめに合わせてしまっているんです」

肩を落とすルアージュを慰めるようにイゼル殿下が言葉を重ねた。

「ルアージュ殿下、君も大変そうだね。令嬢たちが君を放っておかないのもわかるが、シャロンのことは気をつけてやったほうがいいだろう」
「……」

僕はいつもシャロンの力になれない。

ルアージュは不甲斐ない自分を責めながら、イゼルの忠告にただ小さくうなずいた。




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