学園の華たちが婚約者を奪いに来る

nanahi

文字の大きさ
16 / 30

16 贈り物

しおりを挟む
ルアージュはシャロンの館に馬車を急がせていた。
皆の前で告白したことで、ルアージュはシャロンとの距離が急激に縮まったと内心感じていた。

今日は休日。
シャロンに会う口実に、好物の果物をサプライズで届けようと思いついたのだ。
リボンを結んだ果物かごを手に颯爽とルアージュがシャロン宅の前に立った。




ちょうどその時、ウォルターがシャロンの元を訪れていた。

「おい、シャロン、最近お前おかしいぞ」

ウォルターに声をかけられても、ソファーのシャロンは窓の外を眺めたまま返事をしない。

「おいったら!聞いてんのか」

耳元で叫ばれ、ようやくシャロンは我にかえった。

「ああ、ごめん」

まったく、とウォルターはぼやきながらシャロンの横顔を見つめる。
シャロンはソフィアから自分を守ってくれたルアージュの一件から、ぼんやりすることが増えていた。

あの背中、どこで見たんだっけ?

疑問をそのままにしておくのが苦手なシャロンは、四六時中そのことを考えていた。

ウォルターは勘が鋭い。

もしかして、王太子との間で何かあったのか。
それも、シャロンの心に王太子が入り込むような何かが。

ウォルターを焦燥感が襲った。
シャロンは地図や学ぶことに夢中で、異性に興味を持ったことなど一度もなかった。
自分も含めて、というのはとても寂しいが。

そのシャロンがどうやら異性である王太子のことをずっと考えている。
ウォルターにはそう感じた。

「なあシャロン」
「ん?」

シャロンの生返事に構わず、ウォルターはシャロンの後ろに立った。

「覚えてるか?約束」
「約束?何だっけ?」

やっぱり覚えてないか。
まあ、小さかったからな。

ウィルターは少し落胆したが、思い出をたどるように言葉を続けた。

「俺の妻になるって」
「は?」

そう言って、ウォルターはソファーに座っているシャロンの後ろから両手を回した。

「ウォルター?苦しい。離して」

シャロンはいつもと様子が違うウォルターに初めて気がつき、とがめた。

「嫌。離さない」

ウォルターはシャロンの髪に顔を埋めたまま、さらにその手に力を込めた。


幼い頃の約束というのは一方的なものだった。
シャロンが自分よりも地図に夢中なのを知ったウォルターが、地図に嫉妬し、

「シャロン。俺の妻になったら、世界中の地図をお前に見せてやるぞ」

と言ったのだ。
シャロンは妻というものが何なのかよく理解できないまま、ただ無邪気に、

「妻っていうのになったら、本当に世界中の地図が読めるんだな!わかった!」

と返答したのだった。
シャロンはいまだに自分をただの友人としか見ていないだろう。

それでもいい。
今はこのまま一緒にいられるだけで。

シャロンがウォルターの手をほどこうと手をかけた時、ルアージュが2階のドアの前まで来てしまっていた。
ドアの隙間から、後ろからシャロンに手を回しているウォルターが見えた。

ドクン!!

ルアージュの心臓がきしんだ音をたてた。

シャロンの顔はよく見えなかった。
ふたりはルアージュが来たことに気づいていない。

「──っ!」

ルアージュはショックで数歩あとずさり、背中を向け逃げ出した。

「王太子殿下!」

紅茶の盆を2階に運ぼうとしていたマーサがルアージュを呼び止めた。

「これを渡しておいてくれ」

果物かごをマーサに渡し、ルアージュは逃げるように馬車へと戻った。




「え?ルアージュ様がこれを?」

しつこいウォルターを軽く殴りつけ、追い返した後、シャロンはマーサからルアージュが来ていたことを聞かされた。
ルアージュが届けてくれたという豪華な果物かごをシャロンは見つめる。

「そうですよ。黄桃に梨に葡萄。お嬢様のお好きな果物ばかりで。紅茶をお入れしたんですけれど、お急ぎのようですぐに帰られてしまったんです」
「そうだったのか。ちっとも気づかなかったな」

ルアージュ様は親切な方なんだな。
そういえば、ブローチ事件のときのお礼も言えてなかったっけ。

シャロンはルアージュに何かお礼をしようと考えた。

「贈り物か……ねえ、マーサ。異性にプレゼントするとしたら何がある?」
「そうですねえ。手縫いの刺繍のハンカチなんかは、令嬢がお相手に差し上げる定番と聞いていますよ」

マーサはピンと来て、微笑みながら真っ白なハンカチを何点か持ってきた。

「し、刺繍か……一体何を縫い付ければいいというのだ」

シャロンは刺繍など生まれてこの方したことがなかった。
目の前の布をただ凝視したまま固まっている。

「花でも紋様でも、なんでもお好きなものでいいのですよ」
「好きなものでいいのか。それなら」

シャロンははっと思いついて、マーサにもっと大きなハンカチを用意するよう頼んだ。



ルアージュは元気のないまま数日を過ごしていた。
シャロンの屋敷での出来事が頭の中をぐるぐる回って、ずっと気分が落ち込んでいた。
シャロンのクラスに顔をだす勇気もでなかった。

「はあ」

ひとつ大きなため息を吐き、ルアージュが馬車に乗り込もうとしたとき、

「ルアージュ様」

と呼び止める声がした。
ルアージュはその声の主にばっと振り返る。

「シャ、シャロン!?」

心の準備ができていないルアージュの心臓は跳ね上がった。
シャロンはルアージュの心のうちに気づかないまま、

「少しだけお時間よろしいですか?できれば馬車の中で」
「えっ」

ルアージュの告白以来、公認の中になったふたりのはずだが、シャロンは生徒たちの目にさらされるのが恥ずかしかった。

馬車の中でならゆっくり話せる。

そう思ってルアージュに提案したのだが、当の本人はドギマギしながらシャロンの手を取り、馬車に乗り込んだ。

「は、話とは」

手を膝の上で握り、妙に硬い語り口になってしまうルアージュ。
いつものルアージュなら、今日は風に乗って薔薇のいい香りがするね、などと気の利いたセリフのひとつも言えるところだが、今は違った。

シャロンから呼び止めてくれたのは初めてだった。
感動で目の前のシャロンがまぶしくて、ルアージュは目もまともに合わせることができない。

「手短に話しますね」
「長くても構わない」
「え?」

とっさのルアージュの返しを理解できず、シャロンが聞き返す。

「ああ、いや何でもないっ」

調子が狂う。
ルアージュは自分がどこかにいってしまったようなふわふわした気持ちでいた。

「これ、プレゼントです」

すっとシャロンがルアージュの目の前に手を差し出した。
ルアージュは返事をするのも忘れ、シャロンの手に乗せられているものを見つめた。

ハンカチだ。しかも刺繍がされている。

「もしかしてこれ──」
「下手で恥ずかしいのですが、手縫いの刺繍をしてみました。ブローチ事件の時のお礼もまだ言えていませんでしたし。遅くなりましたが、助けてくださりありがとうございました」

ルアージュの胸は一気に薔薇の花びらが開いたような幸福感で満ち溢れた。
そっとシャロンの手からハンカチを受け取り、

「あり、がとう。とてもうれしい……」

と呟いた。
ルアージュのほおが嬉しさで赤く染まった。
刺繍の柄をうっとりと眺めていたルアージュだったが、ふとその柄に疑問が浮かんできた。

「この刺繍は、一体なんの?」

花でもなく、紋様でもない。
幾何学模様に似たこれは何だ??

ルアージュがハンカチを広げてみると、大ぶりのハンカチ一面に地図が刺繍されていた。

「お気に入りの古地図を縫い止めてみました。レアな古代の地下水道なんです♡」

自信作なのだろう。
ちょっと照れくさそうにシャロンがはにかんだ。

刺繍の地図は青い糸で施されている。
随所に茶色の糸で記号や古代文字までが緻密に再現され、非常に美しく仕上げられていた。
シャロンの手を見ると、指先がところどころ赤くなっている。
きっと慣れない作業で何度も指に針を刺してしまったのだろう。

なんて個性的で、緻密で、けなげ贈り物だろう。

ルアージュは嬉しさのあまり、涙ぐみそうになった。
ウォルターとのことは気になるが、今はもうどうでもよかった。

「ありがとう。一生の宝物にするよ」

そう言って、シャロンの手に自分の手をそっと重ねた。




ルアージュは今日の馬車での出来事がいつまでも忘れられなかった。
思い出すたびに幸福感に包まれる。

「シャロン」

その日一日ずっと眺めていた地図のハンカチを、ルアージュはそっとポケットにしまった。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

令嬢の皮を被ったヘビースモーカー、侍女に化けて敵情視察。〜猫を拾ってタバコを吸っていただけなのに、なぜか次期伯爵に愛の告白をされました〜 

御厨そら
恋愛
「婚約破棄されたのよ!」 最悪に仲の悪い姉・ルイーザが泣き崩れる姿を見て、妹のフィオレは歓喜した。 自室にダイブして爆笑し、お祝いに父の書斎からくすねた一級品の葉巻をくゆらす——。 ​そんなフィオレに、父が下した命令は「姉を振った男、ライネーリ伯爵邸への潜入調査」だった。 黒髪おカッパのカツラにメガネ、そばかすメイクで別人『侍女モニカ』に変装し、いざ敵地へ! ​……のはずが。 厨房の男と隠れてタバコを吸い、子猫のルーを拾って可愛がり、義眼の同僚と秘密を共有し、気づけば屋敷の面々と仲良くなっていく。 さらには、姉を振ったはずの次期伯爵ジェラルドが、なぜか偽姿のフィオレを執拗に追いかけてきて……? ​「君に行ってほしくないんだ。結婚してくれ、フィオレ」 ​ちょっと待って。私、変装してるよね? そもそもアンタ、お姉ちゃんの元婚約者でしょ!? そして潜入先の書斎で見つけた、**『次女フィオレは10年前に死亡している』**という不可解な報告書の謎。 ​一つの体を共有する姉妹の、あまりに歪で、あやしい「ヒ・ミ・ツ」の物語。

一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました

由香
恋愛
没落貴族の娘・柳月鈴は、宮廷で医官見習いとして働いていた。 ある夜、皇帝即位の宴で酒に酔い、幼なじみだった皇帝・李景珩と再会する。 遠い存在になったはずの彼。 けれど、その夜をきっかけに月鈴の運命は大きく動き出す。 冷酷と恐れられる皇帝が、なぜか彼女だけには甘すぎて――。

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

婚約破棄寸前、私に何をお望みですか?

みこと。
恋愛
男爵令嬢マチルダが現れてから、王子ベイジルとセシリアの仲はこじれるばかり。 婚約破棄も時間の問題かと危ぶまれる中、ある日王宮から、公爵家のセシリアに呼び出しがかかる。 なんとベイジルが王家の禁術を用い、過去の自分と精神を入れ替えたという。 (つまり今目の前にいる十八歳の王子の中身は、八歳の、私と仲が良かった頃の殿下?) ベイジルの真意とは。そしてセシリアとの関係はどうなる? ※他サイトにも掲載しています。

【完結】伯爵令嬢は婚約を終わりにしたい〜次期公爵の幸せのために婚約破棄されることを目指して悪女になったら、なぜか溺愛されてしまったようです〜

よどら文鳥
恋愛
 伯爵令嬢のミリアナは、次期公爵レインハルトと婚約関係である。  二人は特に問題もなく、順調に親睦を深めていった。  だがある日。  王女のシャーリャはミリアナに対して、「二人の婚約を解消してほしい、レインハルトは本当は私を愛しているの」と促した。  ミリアナは最初こそ信じなかったが王女が帰った後、レインハルトとの会話で王女のことを愛していることが判明した。  レインハルトの幸せをなによりも優先して考えているミリアナは、自分自身が嫌われて婚約破棄を宣告してもらえばいいという決断をする。  ミリアナはレインハルトの前では悪女になりきることを決意。  もともとミリアナは破天荒で活発な性格である。  そのため、悪女になりきるとはいっても、むしろあまり変わっていないことにもミリアナは気がついていない。  だが、悪女になって様々な作戦でレインハルトから嫌われるような行動をするが、なぜか全て感謝されてしまう。  それどころか、レインハルトからの愛情がどんどんと深くなっていき……? ※前回の作品同様、投稿前日に思いついて書いてみた作品なので、先のプロットや展開は未定です。今作も、完結までは書くつもりです。 ※第一話のキャラがざまぁされそうな感じはありますが、今回はざまぁがメインの作品ではありません。もしかしたら、このキャラも更生していい子になっちゃったりする可能性もあります。(このあたり、現時点ではどうするか展開考えていないです)

婚約破棄ですか、では死にますね【完結】

砂礫レキ
恋愛
自分を物語の主役だと思い込んでいる夢見がちな妹、アンジェラの社交界デビューの日。 私伯爵令嬢エレオノーラはなぜか婚約者のギースに絶縁宣言をされていた。 場所は舞踏会場、周囲が困惑する中芝居がかった喋りでギースはどんどん墓穴を掘っていく。 氷の女である私より花の妖精のようなアンジェラと永遠の愛を誓いたいと。 そして肝心のアンジェラはうっとりと得意げな顔をしていた。まるで王子に愛を誓われる姫君のように。 私が冷たいのではなく二人の脳みそが茹っているだけでは? 婚約破棄は承ります。但し、今夜の主役は奪わせて貰うわよアンジェラ。

嫌われ者の王弟殿下には、私がお似合いなのでしょう? 彼が王になったからといって今更離婚しろなんて言わないでください。

木山楽斗
恋愛
冷遇されていたフェルリナは、妹の策略によって嫌われ者の王弟殿下ロナードと結婚することになった。 色々と問題があると噂だったロナードとの婚約に不安を感じていたフェルリナだったが、彼は多少面倒臭がり屋ではあったが、悪い人ではなかっため、なんとか事なきを得た。 それから穏やかな生活を送っていた二人だったが、ある時ロナードの兄である国王が死去したという事実を知らされる。 王位を継承できるのは、ロナードだけであったため、彼はほぼなし崩し的に国王となり、フェルリナはその妻となることになったのだ。 しかし、フェルリナの妹はそれを快く思わなかった。 ロナードと婚約破棄しろ。そう主張する妹を、フェルリナはロナードの助けも借りつつ切り捨てるのだった。

入れ替わって知ったお互いの真実。殿下、元さやはありません! 公爵様がいますので

ミカン♬
恋愛
ブラウン侯爵家の令嬢アーシャと、彼女を「無能」と蔑み疎んじていた婚約者のエリック第二王子が、ある事故を境に人格が入れ替わってしまうことから物語は動き出します。 どうして入れ替わってしまったのか? それよりも互いに知ってしまった真実に、二人は翻弄されます。 ハッピーエンドです。 かる~い気持ちで、暇つぶしに読んでくださると嬉しいです。 8話で完結します。

処理中です...