学園の華たちが婚約者を奪いに来る

nanahi

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ルアージュがソフィアを退け、シャロンを守って以来、学園でシャロンへの風当たりが明らかに変わった。
あんなにシャロンに意地悪をしていた華たちは不気味なほどなりをひそめている。

「ねえ、シャロン。今までごめんね。あなたのこと、助けなくて私……」

机に座っているシャロンに令嬢が謝罪に来た。

「実は前からシャロンに勉強教えてもらいたいなって思ってたの。でも勇気がなくて。私ってほんと情けなかったわ」
「いいよ。大丈夫だ。気にしてないから」

令嬢はあっさりしているシャロンにほっとしたように、ありがとうと言ったあと、ノートを差し出した。

「さっきの数学の授業で習った公式がよくわからないの。教えてもらってもいい?」

令嬢はシャロンの机にノートを広げて見せた。

「ああ、これか。これはね、一見ややこしそうに見えるかもしれないが、ここに数字を当てはめて、こう解いていくといいんだ」

すらすらとシャロンが数式を解いていく。
令嬢は「なるほど」と納得しながらそれを目で追う。

「じゃあ、この問題だと、どこに数字を当てはめたらいい?」

シャロンが令嬢に問題を出す。

「えっと……」

自信なさげに令嬢が鉛筆で数式に数字を書き込んだ。

「そう。それでいいんだ。この数式でのパターンはどれも同じなんだ」
「そうだったのね!ありがとう、よくわかったわ」

令嬢は理解できた喜びで笑顔でシャロンにお礼を言った。

「今までごめん。俺も教えてもらえる?物理なんだけど」
「私、サマラ語の完了系の構文がいまいちわかんなくて」
「これからは俺、シャロンの味方だから。地理の覚え方、今度教えてよ」

いつの間にかシャロンは他の令嬢や令息たちに囲まれていた。
みな口々にシャロンに教えをうている。

はじめは毛色の違うシャロンをみなは敬遠していたが、徐々にシャロンの資質やカリンという味方がいなくなりひとりになっても登校をやめなかった孤高の強さを認め始めていた。

シャロンが令嬢たちに誘われて一緒にランチをする光景も見られるようになった。

シャロンに親切にしてくれる令息も増え、図書館で高い位置にある本を取ろうと一生懸命背伸びをしているシャロンに「はい。どうぞ」と、代わりに本を取ってくれる人もいた。




嫌なことをされなくなったのは嬉しかったが、シャロンは最近いつも人に囲まれ、少し疲れていた。
ルアージュとは立ち話ができるようになったが、シャロンがすぐに誰かに話しかけられるので、なかなかゆっくりとふたりになることができないでいた。

今日はシャロンは図書館の地図エリアで一息ついていた。
地図好きのシャロンを気遣って、ここにはあまり生徒たちは足を運ばないように配慮してくれている。

しかし、一人例外がいた。

「シャロ~ン!」
「ヨーク。また君か」

アデン男爵令息のヨークだ。
地理のテストではシャロンに次いでいつも高得点の生徒だったので、シャロンは名前を覚えていた。

「あのさ、家の宝物庫にさ、埃を被った古地図があってね」
「古地図だと!?」

シャロンは速攻でくいついた。
地図には目がないのだ。

「両親に聞いたら、どうせうちでは誰も用がないから図書館に寄贈してもいいってさ!ほらこれだよ」
「わわわああ」

シャロンは目をらんらんと光らせ、ヨークから紐で巻かれた古地図を受け取った。
お礼を言おうと顔を上げた時、

「わーっ!ルアージュ何するんだよ~」

と叫びながら、地図エリアから押し出されていくヨークが目に入った。

「タイムオーバーだ。ここからは僕とシャロンの時間なんだ、悪いね」

押し出されたヨークが戻ろうとするも、ルアージュは棚を強引に動かして、地図エリアを封鎖してしまった。

「ルアージュ、様?」

シャロンは何だか子どもっぽいルアージュに困惑している。

「これでやっとふたりっきりになれた」

ルアージュがイタズラっぽく微笑んだ。

とくん。

あれ?
今、心臓が。

シャロンは自分の胸が一瞬打った理由がわからなかった。

ルアージュがシャロンの向かいに座って、

「一緒に地図見ててもいい?」

と聞いてきた。
こくん、とシャロンはうなずいて、ちらとルアージュの顔を見た。
ルアージュと目があって、シャロンは何だか急に恥ずかしくなって、ごまかすように急いで古地図を広げた。

地図を見ているシャロンをルアージュは笑みを浮かべて見守っている。
シャロンはルアージュに見つめられ、妙に居心地が悪いような、落ち着かないような気持ちになって、地図のことが全然頭に入ってこなかった。

今日の私、どうしたのだ?
ルアージュ様が目の前にいるだけなのに。

図書館が閉館するベルが鳴った。

「あ。もうこんな時間か」

片付けを始めたシャロンをルアージュも手伝ってくれた。

「一緒に帰ろう」

ルアージュがシャロンの手を握って歩き始めた。
ルアージュの手はとても温かい。

とくん。

まただ。
どうして心臓が鳴る?

それはときめきだったが、恋を知らないで生きてきたシャロンは、それをまだはっきりと自覚できないでいた。




ふたりのそんな仲睦まじい様子を暗い目で眺めている令嬢がいた。
伯爵令嬢セレストだ。

ふたりはもう公認の仲で他の華たちも手を出していない。
自分も諦めたつもりだった。

けれど、ルアージュが遠慮をしなくなったことで、シャロンと堂々と手を繋ぐ光景をまざまざと見せつけられると、高潔なはずのセレストの心に暗い炎がともるのだった。

セレストが鬱屈した気持ちを持て余し、図書館の二階にひとりいた時だった。
二階は吹き抜けになっており、一階が見下ろせる構造だった。

セレストはぼんやりと階下を眺めていた。
すると、ちょうどセレストの真下をシャロンが歩いてくるのが目に入った。

「……!」

セレストは突然、強烈なむかつきを覚えた。
セレストの手にはさっき何の気なしに手に取った分厚い辞書がある。

これをシャロンの上に落としたい衝動に駆られた。
恐ろしいことだと理性ではわかっている。
しかし、心は止められなかった。

セレストが辞書を手から落とそうとした時。

「セレスト、危ないよ。下にシャロンがいる」
「!」

その声で、セレストはっと我にかえった。
落とそうとした辞書をつかんだのはルアージュだった。

「今日の剣の稽古で疲れたのか?ちゃんと休むんだよ」

ルアージュは自分のことを微塵も疑っていない。
それが逆にセレストの心をえぐった。

ルアージュは辞書をセレストに渡すと、シャロンを呼び止め、階下に走って行ってしまった。

叶わぬ恋ならしたくなかったのに。

醜くなる自分の心を拒絶したいのにできないまま、セレストはひとり泣いた。




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