許したと思っていたのかしら?──学園に精霊のアイス屋さんを開いた伯爵令嬢

nanahi

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1 はじまりの婚約破棄

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「嘘泣きはやめてくれ、ジュリエット。」

床に倒れ込み目に涙を溜め見上げるわたくしに婚約者ロバート様が冷たい声を落としました。

「昨日ジュリエットがグリアを階段から突き落としたんだって。」
「え、嘘。酷っ。」

誰かの囁き声が聞こえて参りました。

ここは名門ローゼンタール学園。わたくしは廊下ですれ違いざまグリアに足を引っ掛けられ、無様に床に手を付き聴衆の目に晒されています。

「突き落としたのはわたくしではありません!わたくしはたまたまその場にいただけです!」
「目撃者がいないならいくらでも嘘をつけるよね。」

どんなに必死に弁明しても誰も耳を傾けてはくれません。ロバート様は冷たく見下ろしたまま婚約者のわたくしに手さえ差し伸べてはくれません。

「グリアになんてことを。平民だからって馬鹿にしてたのか?」
「婚約者を取られそうだからひがみじゃない?それにジュリエットはこれまでグリアにさんざん嫌がらせをしてたっていうじゃない。」

グリアの言葉を全て鵜呑みにして聴衆は好き勝手に憶測を言い合います。

手首に嘘の包帯を巻いた平民の娘グリアはロバート様に守られるように少し後ろでわたくしを見下ろしています。手で隠している口元をニヤつかせながら。

「あまりジュリエットを責めないであげて。私の見間違いだったのかもしれませんわ。ただ犯人がジュリエットによく似た令嬢だったというだけで。」
「それはジュリエットだろう。」
「グリアが間違うはずはないよ。」

周囲の生徒は次々とグリアを擁護していきます。誰が正しい、ではなく、グリアが正しい、という論理なのです。

「貴族の恥。」

誰かの言葉が氷の刃のようにわたくしの心を突き刺しました。わたくしは床から立ち上がれないまま涙を隠すようにうつむきました。




最初は些細なことが発端でした。校庭に落ちていた髪飾りをわたくしが拾い職員室に届けようとする前にグリアが周囲に”髪飾りを誰かに盗まれた”と吹聴したのです。わたくしの手にある髪飾りを見た途端グリアは「盗まれた髪飾りだわ!おかしいわね。どうしてジュリエットが持っているのかしら?」と大声をあげました。

その時からです。良好だった婚約者ロバート様との関係に歪みが生まれ始めたのは。

「グリアが可哀想。」

何かにつけて弱い乙女を演じるグリアに学園中が彼女の味方をし始めました。身に覚えのないことが全てわたくしのせいにされ日に日にわたくしは悪女に仕立て上げられていきました。

「グリアは嘘をついていますわ!」
「嘘をついているのは君の方じゃないのか?ジュリエット。」

ロバート様はついに何があってもわたくしの言葉を信じてくださらなくなってしまいました。

わたくしはだんだん学園にいるだけで息苦しさを感じるようになりました。常に周りから疑いの目を向けられ陰口を言われロバート様との仲は冷え込んでいきました。

そしてついにその日。グリアを階段から突き落としたという濡れ衣を着せられ確たる証拠もないままわたくしは退学させられることになりました。

唯一わたくしを信じてくれていた家族。父のハプナ伯爵は何度も学園長に抗議しました。しかしグリアの父は商いで成功した平民で学園に多額の寄付をしておりました。学園長はグリアを敵に回すことはできませんでした。

「色々思うことはあるだろうが、我がローゼンタール学園の名誉のためにも退学してほしい。もうこれ以上疑惑のある生徒を学園に置いておくことはできない。」

これが学園長にかけられた最後の言葉でした。

誰も助けてはくれませんでした。当家は貴族ですが、グリアの家ほど財力はありませんでした。わたくしは打ちのめされたまま学園を去ることになりました。


私が学園の門を出ようとした時グリアが声をかけてきました。

「お気の毒なジュリエットにお別れを言いに来たの。」

グリアは急にわたくしの耳元に顔を近づけ「二度と顔を見せるんじゃないよ。」と囁きました。

わたくしはぎょっとしてしまいました。令嬢の仮面をかぶったグリアの卑劣さを垣間見た気がしました。グリアは失意のわたくしにわざわざ追い打ちをかけに来たのです。

グリアは冷酷な笑みを見せた後、離れた場所で待っていたロバート様の隣に立ちました。

かつて優しくわたくしをエスコートしてくださったロバート様の男らしい手は今は違う女の腰に当てられています。

胸が引き裂かれる痛みでうずきました。ロバート様はこの時まだ婚約者だったわたくしに声をかけることもなく冷めた目で一瞥した後、グリアの腰を抱き立ち去りました。




その翌日。わたくしの有責による婚約破棄の通知がシュタット伯爵家から当家に届けられました。

どうして。

茫然自失のわたくしはジュエリーボックスの蓋を開け白く艶めくイヤリングをそっと手に取りました。これはロバート様が初めてわたくしに贈ってくださった真珠のイヤリングでした。

わたくしの両目から熱い涙が溢れてきます。

真珠は私の誕生石です。リーデルン王国では誕生石を好きな人からもらうと幸せになれるという言い伝えがございます。ロバート様はそれをご存知の上で真珠をわたくしにプレゼントしてくださったのです。

それなのに。

ロバート様、どうして──ッ!

「うう……」

イヤリングを包んだ両手に大粒の涙が次々と落ちていきました。ロバート様は初恋の人でした。

イヤリングを胸に抱いたまま泣き続け、気づくともう夜中で辺りはしんと静まり返っていました。ひとしきり泣いた後、わたくしは一つの決心をしました。

暗い部屋を抜け出し屋敷の庭にある”聖なる木”のそばに行きました。この木には古来より精霊が集うと言い伝えられており樹齢も3000年を超えていると言われていました。

わたくしはおもむろに木の根元を掘り始めました。そして深く掘ったその穴に真珠のイヤリングをそっと落としました。

さようなら。
さようなら、ロバート様。

時間はかかるかもしれない。
けれどわたくしはあなたを忘れます。

穴を埋め慟哭するわたくしの目にちらちらと光が見え始めました。聖なる木に精霊が集い始めたのです。

光は蛍のようにわたくしの周りを飛び交っています。その光は柔らかくあたたかくとても優しいものでした。

「ああ……精霊たちがわたくしを慰めてくれている……」

不思議とそう感じました。わたくしは物心ついた頃から精霊の気配を感じ取ることができました。

<泣かないで、ジュリエット。>
<好きなことをするといいよ。>
<僕たちも力を貸すよ。>

わたくしをいたわるように優しい囁きが頭に響いてきました。

そうだ。
アイス屋さんを開こう。

退学し学歴も貴族令嬢としても傷のついてしまったわたくしはいっそのこと好きな商いをしようと考えつきました。

「今からわたくしの新しい人生を歩むわ。」

そして一年後、もう二度と会うことはないと思っていたグリアとロバート様にわたくしは再び相まみえることになるのです──



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