裏切ったのはあなたですよね?─湖に沈められ記憶を失った私は、大公女として返り咲き幸せを掴みます

nanahi

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1 裏切り

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私たちは湖の上にいた。

ギー、ギー。

大好きな婚約者ウィルが舟のオールを漕ぐ音がする。

「きゃ、けっこう揺れて怖いわ」

そう声を上げてウィルにしがみ付いたのは私ではなく、幼馴染のベティだ。

ベティとウィルは幼馴染らしいが、ウィルの両親はベティではなく私を婚約者として選んだ。

私の家は伯爵家でベティの家は男爵家だった。子爵家であるウィルの両親は息子がふたりの令嬢と仲がいいと知っていたが、最終的に家格が上の私に婚約を申し込んだのだ。

ウィルとの婚約を伝えるとベティは、「そう。おめでとう」と短く言って微笑んだ。

ベティもウィルのこと好きかもしれないって思っていたけど、そうでもなかったみたい。

ベティは騒ぎもせずウィルに取りすがることもなかったので、私はベティがウィルとの結婚を認めてくれていると思い込んでいた。

「アミアンは大丈夫?」

ウィルは揺れる舟に緊張気味にぎこちなく座っている私に声をかけた。

やっぱりウィルは優しい。

「ちょっと寒いけど大丈夫。ありがとう、ボートに誘ってくれて」

私は防寒用の毛織りのショールを手繰り寄せた。

さっきウィルが業者から買ってきてくれたバターが添えられたふかし芋で温まった体も、すぐに冷えてしまいそうだった。

今は冬で息を吐けば白いもやが出るくらいまだ寒かった。氷が張る前にボート遊びをしようとウィルが誘ってくれたのだ。ベティまで付いて来たのは予想外だったが。

婚約後も時々ベティと妙に近い距離で話している姿を見かけることがあるが、この時はまだ私は優しいウィルを信じていた。

舟は湖の真ん中まで来ていた。空は灰色でよどんでいた。濃い青の水は底が見えず私は思わず身震いした。

「誰もいないわね」

私が舟の周囲を見て呟くと、一瞬、しん、と静寂が訪れた。ここは屋敷から少し離れており、木立ちに囲まれ外部から切り離されたような場所だった。

「そうね。この辺がちょうどいいわね」

ベティの口が三日月のようにニタリと笑った。

何。
ベティ、怖い──

私は背筋がすっと冷えていく感覚がした。ただならぬ何かを感じ、私は舟のへりにしがみついた。

「ほら、ウィル今よ」

ベティがけしかけるようにウィルに合図した。

え?

ウィル、何をするの?
どうしてそんな怖い顔で私を見るの?

「悪く思わないでくれよ」

ウィルがずいと私に近づき腕を掴んだ。

「立つんだ」

すごい力で私の骨が軋んだ。こんな所で立ち上がったら、湖に落ちてしまう。

「痛い!ウィル離してっ」

私は懸命に抵抗した。だがウィルは手を離してくれなかった。ウィルの怖い顔を見れば私に何か良くないことをしようとしているとわかった。

「嘘よ……あなたは優しい人よ……私に悪いことなんてできっこないわ」
「──!」

涙目でそう言う私にウィルははっとしたように急にうろたえ、わずかに腕を握る力を弱めた。

「この意気地なし!!ウィル言ったわよね!?アミアンより私を愛してるって!怖気付いてないでさっさとやりなさいよ!!」

いきなりそう怒鳴りつけベティはウィルを押し除けるようにして私に迫った。

「やめてベティ!」
「あんたは邪魔なのよ!私からウィルを奪って!!」

そんな──

私はウィルのことは大好きだったけれど自分からウィルを望んだことはなかった。縁談を持ち込んできたのはウィルの両親のほうだった。

私とベティは立ち上がって揉み合いボートが左右に揺れた。

「しつこいわね!」

ベティはオールを掴み、私の頭を殴りつけた。

ゴッ。

「──っ」

私の脳に衝撃が走った。目の前の景色が灰色に歪んだ。

バッシャン!!

私はのけ反って湖に落ちた。

「助──ウィ──ごぼ」

必死に水をかいてもコートに水が染み込みどんどん体が重くなっていく。私はウィルに手を伸ばした。けれどウィルは青ざめ「ひ……」と声を漏らし後ずさっただけだった。

「逃げるわよ!」

ベティが叫びウィルが飛び跳ねるように慌ててオールを漕いだ。

「あいつが死ねば婚約も解消になるわ!あははっ」

ベティの笑い声が遠ざかっていく。

置いていかないで──

ボートがどんどん遠くに離れていく。手が空を彷徨い、顔が水に沈み始めた。

寒い──

私は視界が霞んでいき、とうとう意識を失った。



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