1 / 6
1 裏切り
しおりを挟む
私たちは湖の上にいた。
ギー、ギー。
大好きな婚約者ウィルが舟のオールを漕ぐ音がする。
「きゃ、けっこう揺れて怖いわ」
そう声を上げてウィルにしがみ付いたのは私ではなく、幼馴染のベティだ。
ベティとウィルは幼馴染らしいが、ウィルの両親はベティではなく私を婚約者として選んだ。
私の家は伯爵家でベティの家は男爵家だった。子爵家であるウィルの両親は息子がふたりの令嬢と仲がいいと知っていたが、最終的に家格が上の私に婚約を申し込んだのだ。
ウィルとの婚約を伝えるとベティは、「そう。おめでとう」と短く言って微笑んだ。
ベティもウィルのこと好きかもしれないって思っていたけど、そうでもなかったみたい。
ベティは騒ぎもせずウィルに取りすがることもなかったので、私はベティがウィルとの結婚を認めてくれていると思い込んでいた。
「アミアンは大丈夫?」
ウィルは揺れる舟に緊張気味にぎこちなく座っている私に声をかけた。
やっぱりウィルは優しい。
「ちょっと寒いけど大丈夫。ありがとう、ボートに誘ってくれて」
私は防寒用の毛織りのショールを手繰り寄せた。
さっきウィルが業者から買ってきてくれたバターが添えられたふかし芋で温まった体も、すぐに冷えてしまいそうだった。
今は冬で息を吐けば白いもやが出るくらいまだ寒かった。氷が張る前にボート遊びをしようとウィルが誘ってくれたのだ。ベティまで付いて来たのは予想外だったが。
婚約後も時々ベティと妙に近い距離で話している姿を見かけることがあるが、この時はまだ私は優しいウィルを信じていた。
舟は湖の真ん中まで来ていた。空は灰色でよどんでいた。濃い青の水は底が見えず私は思わず身震いした。
「誰もいないわね」
私が舟の周囲を見て呟くと、一瞬、しん、と静寂が訪れた。ここは屋敷から少し離れており、木立ちに囲まれ外部から切り離されたような場所だった。
「そうね。この辺がちょうどいいわね」
ベティの口が三日月のようにニタリと笑った。
何。
ベティ、怖い──
私は背筋がすっと冷えていく感覚がした。ただならぬ何かを感じ、私は舟のへりにしがみついた。
「ほら、ウィル今よ」
ベティがけしかけるようにウィルに合図した。
え?
ウィル、何をするの?
どうしてそんな怖い顔で私を見るの?
「悪く思わないでくれよ」
ウィルがずいと私に近づき腕を掴んだ。
「立つんだ」
すごい力で私の骨が軋んだ。こんな所で立ち上がったら、湖に落ちてしまう。
「痛い!ウィル離してっ」
私は懸命に抵抗した。だがウィルは手を離してくれなかった。ウィルの怖い顔を見れば私に何か良くないことをしようとしているとわかった。
「嘘よ……あなたは優しい人よ……私に悪いことなんてできっこないわ」
「──!」
涙目でそう言う私にウィルははっとしたように急にうろたえ、わずかに腕を握る力を弱めた。
「この意気地なし!!ウィル言ったわよね!?アミアンより私を愛してるって!怖気付いてないでさっさとやりなさいよ!!」
いきなりそう怒鳴りつけベティはウィルを押し除けるようにして私に迫った。
「やめてベティ!」
「あんたは邪魔なのよ!私からウィルを奪って!!」
そんな──
私はウィルのことは大好きだったけれど自分からウィルを望んだことはなかった。縁談を持ち込んできたのはウィルの両親のほうだった。
私とベティは立ち上がって揉み合いボートが左右に揺れた。
「しつこいわね!」
ベティはオールを掴み、私の頭を殴りつけた。
ゴッ。
「──っ」
私の脳に衝撃が走った。目の前の景色が灰色に歪んだ。
バッシャン!!
私はのけ反って湖に落ちた。
「助──ウィ──ごぼ」
必死に水をかいてもコートに水が染み込みどんどん体が重くなっていく。私はウィルに手を伸ばした。けれどウィルは青ざめ「ひ……」と声を漏らし後ずさっただけだった。
「逃げるわよ!」
ベティが叫びウィルが飛び跳ねるように慌ててオールを漕いだ。
「あいつが死ねば婚約も解消になるわ!あははっ」
ベティの笑い声が遠ざかっていく。
置いていかないで──
ボートがどんどん遠くに離れていく。手が空を彷徨い、顔が水に沈み始めた。
寒い──
私は視界が霞んでいき、とうとう意識を失った。
ギー、ギー。
大好きな婚約者ウィルが舟のオールを漕ぐ音がする。
「きゃ、けっこう揺れて怖いわ」
そう声を上げてウィルにしがみ付いたのは私ではなく、幼馴染のベティだ。
ベティとウィルは幼馴染らしいが、ウィルの両親はベティではなく私を婚約者として選んだ。
私の家は伯爵家でベティの家は男爵家だった。子爵家であるウィルの両親は息子がふたりの令嬢と仲がいいと知っていたが、最終的に家格が上の私に婚約を申し込んだのだ。
ウィルとの婚約を伝えるとベティは、「そう。おめでとう」と短く言って微笑んだ。
ベティもウィルのこと好きかもしれないって思っていたけど、そうでもなかったみたい。
ベティは騒ぎもせずウィルに取りすがることもなかったので、私はベティがウィルとの結婚を認めてくれていると思い込んでいた。
「アミアンは大丈夫?」
ウィルは揺れる舟に緊張気味にぎこちなく座っている私に声をかけた。
やっぱりウィルは優しい。
「ちょっと寒いけど大丈夫。ありがとう、ボートに誘ってくれて」
私は防寒用の毛織りのショールを手繰り寄せた。
さっきウィルが業者から買ってきてくれたバターが添えられたふかし芋で温まった体も、すぐに冷えてしまいそうだった。
今は冬で息を吐けば白いもやが出るくらいまだ寒かった。氷が張る前にボート遊びをしようとウィルが誘ってくれたのだ。ベティまで付いて来たのは予想外だったが。
婚約後も時々ベティと妙に近い距離で話している姿を見かけることがあるが、この時はまだ私は優しいウィルを信じていた。
舟は湖の真ん中まで来ていた。空は灰色でよどんでいた。濃い青の水は底が見えず私は思わず身震いした。
「誰もいないわね」
私が舟の周囲を見て呟くと、一瞬、しん、と静寂が訪れた。ここは屋敷から少し離れており、木立ちに囲まれ外部から切り離されたような場所だった。
「そうね。この辺がちょうどいいわね」
ベティの口が三日月のようにニタリと笑った。
何。
ベティ、怖い──
私は背筋がすっと冷えていく感覚がした。ただならぬ何かを感じ、私は舟のへりにしがみついた。
「ほら、ウィル今よ」
ベティがけしかけるようにウィルに合図した。
え?
ウィル、何をするの?
どうしてそんな怖い顔で私を見るの?
「悪く思わないでくれよ」
ウィルがずいと私に近づき腕を掴んだ。
「立つんだ」
すごい力で私の骨が軋んだ。こんな所で立ち上がったら、湖に落ちてしまう。
「痛い!ウィル離してっ」
私は懸命に抵抗した。だがウィルは手を離してくれなかった。ウィルの怖い顔を見れば私に何か良くないことをしようとしているとわかった。
「嘘よ……あなたは優しい人よ……私に悪いことなんてできっこないわ」
「──!」
涙目でそう言う私にウィルははっとしたように急にうろたえ、わずかに腕を握る力を弱めた。
「この意気地なし!!ウィル言ったわよね!?アミアンより私を愛してるって!怖気付いてないでさっさとやりなさいよ!!」
いきなりそう怒鳴りつけベティはウィルを押し除けるようにして私に迫った。
「やめてベティ!」
「あんたは邪魔なのよ!私からウィルを奪って!!」
そんな──
私はウィルのことは大好きだったけれど自分からウィルを望んだことはなかった。縁談を持ち込んできたのはウィルの両親のほうだった。
私とベティは立ち上がって揉み合いボートが左右に揺れた。
「しつこいわね!」
ベティはオールを掴み、私の頭を殴りつけた。
ゴッ。
「──っ」
私の脳に衝撃が走った。目の前の景色が灰色に歪んだ。
バッシャン!!
私はのけ反って湖に落ちた。
「助──ウィ──ごぼ」
必死に水をかいてもコートに水が染み込みどんどん体が重くなっていく。私はウィルに手を伸ばした。けれどウィルは青ざめ「ひ……」と声を漏らし後ずさっただけだった。
「逃げるわよ!」
ベティが叫びウィルが飛び跳ねるように慌ててオールを漕いだ。
「あいつが死ねば婚約も解消になるわ!あははっ」
ベティの笑い声が遠ざかっていく。
置いていかないで──
ボートがどんどん遠くに離れていく。手が空を彷徨い、顔が水に沈み始めた。
寒い──
私は視界が霞んでいき、とうとう意識を失った。
55
あなたにおすすめの小説
私のことを愛していなかった貴方へ
矢野りと
恋愛
婚約者の心には愛する女性がいた。
でも貴族の婚姻とは家と家を繋ぐのが目的だからそれも仕方がないことだと承知して婚姻を結んだ。私だって彼を愛して婚姻を結んだ訳ではないのだから。
でも穏やかな結婚生活が私と彼の間に愛を芽生えさせ、いつしか永遠の愛を誓うようになる。
だがそんな幸せな生活は突然終わりを告げてしまう。
夫のかつての想い人が現れてから私は彼の本心を知ってしまい…。
*設定はゆるいです。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
真実の愛の祝福
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
皇太子フェルナンドは自らの恋人を苛める婚約者ティアラリーゼに辟易していた。
だが彼と彼女は、女神より『真実の愛の祝福』を賜っていた。
それでも強硬に婚約解消を願った彼は……。
カクヨム、小説家になろうにも掲載。
筆者は体調不良なことも多く、コメントなどを受け取らない設定にしております。
どうぞよろしくお願いいたします。
行き場を失った恋の終わらせ方
当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」
自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。
避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。
しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……
恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。
※他のサイトにも重複投稿しています。
完結 愛される自信を失ったのは私の罪
音爽(ネソウ)
恋愛
顔も知らないまま婚約した二人。貴族では当たり前の出会いだった。
それでも互いを尊重して歩み寄るのである。幸いにも両人とも一目で気に入ってしまう。
ところが「従妹」称する少女が現れて「私が婚約するはずだった返せ」と宣戦布告してきた。
裏切りの先にあるもの
マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。
結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。
【完結】他の人が好きな人を好きになる姉に愛する夫を奪われてしまいました。
山葵
恋愛
私の愛する旦那様。私は貴方と結婚して幸せでした。
姉は「協力するよ!」と言いながら友達や私の好きな人に近づき「彼、私の事を好きだって!私も話しているうちに好きになっちゃったかも♡」と言うのです。
そんな姉が離縁され実家に戻ってきました。
【完結】少年の懺悔、少女の願い
干野ワニ
恋愛
伯爵家の嫡男に生まれたフェルナンには、ロズリーヌという幼い頃からの『親友』がいた。「気取ったご令嬢なんかと結婚するくらいならロズがいい」というフェルナンの希望で、二人は一年後に婚約することになったのだが……伯爵夫人となるべく王都での行儀見習いを終えた『親友』は、すっかり別人の『ご令嬢』となっていた。
そんな彼女に置いて行かれたと感じたフェルナンは、思わず「奔放な義妹の方が良い」などと言ってしまい――
なぜあの時、本当の気持ちを伝えておかなかったのか。
後悔しても、もう遅いのだ。
※本編が全7話で悲恋、後日談が全2話でハッピーエンド予定です。
※長編のスピンオフですが、単体で読めます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる